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海運会社の社長室
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警察にて調書をとり、その足でロイの会社へ。
ロイが経営する「ブライス海運」は、王都の一等地の、個人商店や事務所が並ぶ一角にある。
余裕で馬車同士が往来する広々と整備された道路に面したロイの会社は、同じ建築士の設計なのか、高級娼館ローレンスとどことなく似通っている。
白亜の三階建で、両脇には太い柱が支え、外階段を五段上がった先には真樺の両開きの頑丈で分厚い扉。扉には半裸の人魚と渦巻く波がデザインされた、見事な細工彫り。
鋳物製の看板には、ブライス海運の名前と、またもや人魚の彫刻彫り。
エントランスには、今まさに海に飛び込んだ人魚の絵が壁一面に飾られていた。伯爵邸で見た絵の倍近い大きなキャンバスだ。
仄暗い海面に飛沫が飛んで、美しい人魚を銀色の満月が淡く照らす。
眺めていると、そのまま絵の中に引き込まれてしまいそうな気にさえなってくる。
「人魚だ」
「人魚が絵から飛び出してきた」
二階の従業員室でロイから紹介された際、誰からともなくそのようなが呟きが漏れる。
黄金色の髪を腰元で揺らめかせ、琥珀の瞳が凛と前を見据えている。エントランスに飾られている人魚は、マチルダそのもの。
前触れのない夫人の訪問に、社員一同がぽうっと惚けてしまった。
「私の顔に何かついているのかしら? 」
身なりは整えているが、化粧にはさほど手を掛けていない。それがまずかったのだろうか。
あまりにも皆んなが凝視してきて、マチルダは躊躇うばかりで、己の頬を擦る。
よもや美しい貴婦人に男共が目を奪われているとは思わない。
その美貌ゆえ男らを気後れさせ、それに自覚なく、夜会では壁の花が定番だったマチルダには、男の下心などとは今まで無縁で過ごしてきた。
ロイを例外として。
恋に狂うロイは、軟弱な野郎どもとは違う。
だからこそ、海運という荒くれ者らと渡り合う会社の社長の椅子に腰掛けているのだ。
ロイはライバルにもならない部下らを肉食獣そのものの睨みで捩じ伏せると、妻の手を引き、ずかずかと社長室に一直線に向かった。
社長室は、伯爵邸のロイの寝室同様に、壁紙は濃紺の青海波の柄で、深い海底を連想させた。
ペルシャ絨毯は青系のコンパートメント紋様。
大きく取られた窓を背に配置されたマホガニー製の広々した執務机には、署名を待つ書類がこれでもかと積み重なっている。
壁一面の埋め込み式の書棚には、あらゆる国の言語の書物がぎゅうぎゅうと詰め込まれ、入りきらない分は床に何冊も積まれていた。
「積荷の重量制限が変わった。これ以上は別便だ。追加料金を徴収しろ。文句があるやつがいるなら、私に通せ」
執務椅子に腰掛けるなり、ロイの顔が社長にと変化する。
ロイはてきぱきと社員に指示を出しながら、真剣に書類に目を通す。
とてもじゃないが、朝、寝惚け眼でマチルダの乳首を吸っていた変態と同一人物とは思えない。
マチルダはまるでお芝居の一場面でも見ているかのような気分で、部屋の片隅に用意された椅子に座りながらぼんやりと夫の仕事ぶりを眺めていた。
ロイが経営する「ブライス海運」は、王都の一等地の、個人商店や事務所が並ぶ一角にある。
余裕で馬車同士が往来する広々と整備された道路に面したロイの会社は、同じ建築士の設計なのか、高級娼館ローレンスとどことなく似通っている。
白亜の三階建で、両脇には太い柱が支え、外階段を五段上がった先には真樺の両開きの頑丈で分厚い扉。扉には半裸の人魚と渦巻く波がデザインされた、見事な細工彫り。
鋳物製の看板には、ブライス海運の名前と、またもや人魚の彫刻彫り。
エントランスには、今まさに海に飛び込んだ人魚の絵が壁一面に飾られていた。伯爵邸で見た絵の倍近い大きなキャンバスだ。
仄暗い海面に飛沫が飛んで、美しい人魚を銀色の満月が淡く照らす。
眺めていると、そのまま絵の中に引き込まれてしまいそうな気にさえなってくる。
「人魚だ」
「人魚が絵から飛び出してきた」
二階の従業員室でロイから紹介された際、誰からともなくそのようなが呟きが漏れる。
黄金色の髪を腰元で揺らめかせ、琥珀の瞳が凛と前を見据えている。エントランスに飾られている人魚は、マチルダそのもの。
前触れのない夫人の訪問に、社員一同がぽうっと惚けてしまった。
「私の顔に何かついているのかしら? 」
身なりは整えているが、化粧にはさほど手を掛けていない。それがまずかったのだろうか。
あまりにも皆んなが凝視してきて、マチルダは躊躇うばかりで、己の頬を擦る。
よもや美しい貴婦人に男共が目を奪われているとは思わない。
その美貌ゆえ男らを気後れさせ、それに自覚なく、夜会では壁の花が定番だったマチルダには、男の下心などとは今まで無縁で過ごしてきた。
ロイを例外として。
恋に狂うロイは、軟弱な野郎どもとは違う。
だからこそ、海運という荒くれ者らと渡り合う会社の社長の椅子に腰掛けているのだ。
ロイはライバルにもならない部下らを肉食獣そのものの睨みで捩じ伏せると、妻の手を引き、ずかずかと社長室に一直線に向かった。
社長室は、伯爵邸のロイの寝室同様に、壁紙は濃紺の青海波の柄で、深い海底を連想させた。
ペルシャ絨毯は青系のコンパートメント紋様。
大きく取られた窓を背に配置されたマホガニー製の広々した執務机には、署名を待つ書類がこれでもかと積み重なっている。
壁一面の埋め込み式の書棚には、あらゆる国の言語の書物がぎゅうぎゅうと詰め込まれ、入りきらない分は床に何冊も積まれていた。
「積荷の重量制限が変わった。これ以上は別便だ。追加料金を徴収しろ。文句があるやつがいるなら、私に通せ」
執務椅子に腰掛けるなり、ロイの顔が社長にと変化する。
ロイはてきぱきと社員に指示を出しながら、真剣に書類に目を通す。
とてもじゃないが、朝、寝惚け眼でマチルダの乳首を吸っていた変態と同一人物とは思えない。
マチルダはまるでお芝居の一場面でも見ているかのような気分で、部屋の片隅に用意された椅子に座りながらぼんやりと夫の仕事ぶりを眺めていた。
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