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靴磨きの少年
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外は夕闇が掛かり、ちょうど西陽がブライス邸の壁をオレンジに染めた。
少々時間を置いたためか、靴磨きの少年とやらの姿は見当たらない。
「そこで待っていろ、マチルダ」
ロイは掃除メイドの話した通りの道順を辿った。
ほどなくして、ロイに首根っこを捕まれながら、宙空で足をバタバタさせる少年を連れて戻って来た。
「お、おいら。何も悪いことしちゃいないよ」
「わかっている。尋ねたいことがあるんだ」
少年はつぎだらけの服装で、ボロボロのハンチング帽を目深に被っている。この当時、貧しい子供達は親もなく住む場所もなく、重労働を強いられていた。そんな子供らは、生きていくために犯罪に足を踏み入れ、手を染めたら最後、抜け出せなくなる。
「離せ! 離せ! この腐った成金野郎! 」
「酷い言い草だな」
「離せ! この性悪貴族め! 」
片手でひょいと捕まれたのが余程腹が立ったのか、少年は口汚く罵り続ける。
あんまり暴れるものだから、ロイはうっかり手を離してしまった。
少年はその場にどすんと尻餅をつくや、痛そうに腰をさする。
マチルダは少年の前にしゃがむと、その顔を覗き込んだ。
土埃と泥塗れの汚れた顔は、十歳になるかならないかというくらいに幼い。
少年はいきなり目の前に現れた美女に、ごくりと唾を飲み込んだ。
「坊や、キャンディーは好き? 」
マチルダは怖がらせないように気をつけながら、姉の喋り方を真似て出来る限り可愛らしく尋ねてみる。
「あ、ああ」
少年は戸惑いつつ、頷く。
「わかったわ。待っていて」
マチルダは屋敷へと戻り、ほどなくして薄紙に包まれた小さな袋を持ってきた。
彼女が包みを開いた途端、少年の円らな目にきらきらと光が差す。
包みの中は、キャンディやチョコレートなどのお菓子だ。
「手が汚れてるでしょ。口を開けて」
マチルダはキャンディの包みを解くと、一粒、少年の口に放り込んでやった。
「おい。やり過ぎではないか? 私にすら、そんなことしないのに」
「子供相手に嫉妬しないで」
ロイが情けない声を出すから、マチルダはうんざりして言い返した。
「これをあなたに託したのは、どなた? 」
気を取り直し、マチルダは差出人不明の封筒を少年に見せた。
「お、女の人だよ」
すっかりマチルダに気を許した少年は、素直に返す。
「女? 若い? 」
マチルダの脳にイメルダの不適な笑みが過る。
「いや。四十くらいの、オイラの母さんみたいな歳だよ」
違った。幾ら何でも、まだ二十三歳のイメルダが、二十近く上に見られるわけがない。
「イメルダではないのね」
がっかりした気持ちを隠せない。
「どのような方? 服装は? 」
だが、もしかするとイメルダに繋がるかも知れない。
「浮浪者の女だよ。たぶん、薬物をしてる」
「何か話した? 」
「ああ。何かよく聞き取れなかったけど、ぶつぶつとずっと繰り返してた」
余程、薬物漬けなのだろうか。
「かろうじて、ブライス伯爵のマチルダ夫人て聞こえたから」
「そうなの」
その浮浪者の女が手紙を渡してくるとは、どういった了見だろうか。
そもそも、手紙の内容はロイが握り潰してしまって、マチルダまで届いていない。
「素敵な情報をありがとう。とても助かったわ」
もじもじと膝を擦り合わせる少年に気付き、マチルダは艶然と微笑んだ。
少々時間を置いたためか、靴磨きの少年とやらの姿は見当たらない。
「そこで待っていろ、マチルダ」
ロイは掃除メイドの話した通りの道順を辿った。
ほどなくして、ロイに首根っこを捕まれながら、宙空で足をバタバタさせる少年を連れて戻って来た。
「お、おいら。何も悪いことしちゃいないよ」
「わかっている。尋ねたいことがあるんだ」
少年はつぎだらけの服装で、ボロボロのハンチング帽を目深に被っている。この当時、貧しい子供達は親もなく住む場所もなく、重労働を強いられていた。そんな子供らは、生きていくために犯罪に足を踏み入れ、手を染めたら最後、抜け出せなくなる。
「離せ! 離せ! この腐った成金野郎! 」
「酷い言い草だな」
「離せ! この性悪貴族め! 」
片手でひょいと捕まれたのが余程腹が立ったのか、少年は口汚く罵り続ける。
あんまり暴れるものだから、ロイはうっかり手を離してしまった。
少年はその場にどすんと尻餅をつくや、痛そうに腰をさする。
マチルダは少年の前にしゃがむと、その顔を覗き込んだ。
土埃と泥塗れの汚れた顔は、十歳になるかならないかというくらいに幼い。
少年はいきなり目の前に現れた美女に、ごくりと唾を飲み込んだ。
「坊や、キャンディーは好き? 」
マチルダは怖がらせないように気をつけながら、姉の喋り方を真似て出来る限り可愛らしく尋ねてみる。
「あ、ああ」
少年は戸惑いつつ、頷く。
「わかったわ。待っていて」
マチルダは屋敷へと戻り、ほどなくして薄紙に包まれた小さな袋を持ってきた。
彼女が包みを開いた途端、少年の円らな目にきらきらと光が差す。
包みの中は、キャンディやチョコレートなどのお菓子だ。
「手が汚れてるでしょ。口を開けて」
マチルダはキャンディの包みを解くと、一粒、少年の口に放り込んでやった。
「おい。やり過ぎではないか? 私にすら、そんなことしないのに」
「子供相手に嫉妬しないで」
ロイが情けない声を出すから、マチルダはうんざりして言い返した。
「これをあなたに託したのは、どなた? 」
気を取り直し、マチルダは差出人不明の封筒を少年に見せた。
「お、女の人だよ」
すっかりマチルダに気を許した少年は、素直に返す。
「女? 若い? 」
マチルダの脳にイメルダの不適な笑みが過る。
「いや。四十くらいの、オイラの母さんみたいな歳だよ」
違った。幾ら何でも、まだ二十三歳のイメルダが、二十近く上に見られるわけがない。
「イメルダではないのね」
がっかりした気持ちを隠せない。
「どのような方? 服装は? 」
だが、もしかするとイメルダに繋がるかも知れない。
「浮浪者の女だよ。たぶん、薬物をしてる」
「何か話した? 」
「ああ。何かよく聞き取れなかったけど、ぶつぶつとずっと繰り返してた」
余程、薬物漬けなのだろうか。
「かろうじて、ブライス伯爵のマチルダ夫人て聞こえたから」
「そうなの」
その浮浪者の女が手紙を渡してくるとは、どういった了見だろうか。
そもそも、手紙の内容はロイが握り潰してしまって、マチルダまで届いていない。
「素敵な情報をありがとう。とても助かったわ」
もじもじと膝を擦り合わせる少年に気付き、マチルダは艶然と微笑んだ。
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