【完結】シンデレラの姉は眠れる森の騎士と偽装結婚する

氷 豹人

文字の大きさ
17 / 42

魔法にかけられた夜道 

しおりを挟む
 満月はあらかた西へ傾いている。
 行きよりも幾分か影の差す馬車の中で、目の前で脚を組むルパートの顔は、より一層昏く、憂いを帯びていた。
 王太子とのヒルダに聞かせたくない会話からずっと、この調子だ。
 内容はわからないが、不機嫌を継続させるものに相違ない。
 前髪を鬱陶しそうに掻き上げる横顔は、まさに美を司る男神の彫像だ。すっと通った鼻筋が尚、魅せる。
 ついうっかり神の虜にされたヒルダは、不意に正面を向いた視線とまともにぶつかってしまった。
「今夜は有意義とは言えなかったな」
 低くよく通る声はいつになくトーンが落ち、批難めいている。
 初任務は大失敗だ。
 貴族の令嬢らの腹を探り、国王の命を狙う不埒者を燻り出す。
 そのために、偽装まで企てて婚姻を結んだのに。
 腹を探るつもりが、探られ、翻弄され、結局売られた喧嘩に打ち勝てなかった。
 扇で目元まで隠した令嬢の、得意げな顔が蘇る。
「敗因は」
 それは、決まっている。
 ヒルダは、わっと声を上げて泣きたくなったが、首が捥げそうなほど俯き、奥歯をぎりりと擦り潰して、どうにかこうにか耐えた。
「やはり、俺に一因がある」
「え?」
 まさかの答え。
 怪訝に顔を上げたヒルダ。
 ルパートは無表情のまま脚を組み替える。
 公爵家所有の馬車は、座席の天鵞絨ビロードの肌触りが格別で、貸し馬車とは段違いに広々としている。
 しかし、向かいに座る美丈夫の脚の長さのせいで、箱の中は随分と窮屈だ。
「ルパート様が一因とは?」
 てっきり罵られると覚悟していたのに。
 予想外の答えに、ヒルダは長い睫毛を瞬いた。
「反省すべき点に気づいた」
 言いながら、組んだ脚を直ぐに戻す。
 弾みで膝が触れ合い、どきりと心臓が跳ねた。
「は、反省?」
 強い酒がまだ喉奥に残っている。からからに渇き、ヒルダは無意識のうちに唇を舌で舐めていた。
 まるで誘うような仕草。
 ルパートの目元がぴくりと痙攣する。
 それを誤魔化すように、咳払いを一つ。
「俺達は夫婦にしては、あまりにもよそよそし過ぎる」
 唐突にルパートは腰を浮かせ、かと思えば、滑るようにヒルダの真横を陣取った。
 幾ら広いと言えど、隣に大男が並べば、隙間さえなく半身が密着してしまう。
「あの?狭いですが?」
 至極当然の間抜けな言い方。
 ルパートは、いらっと額に筋を浮かせたが、気を取り直すように、またしても咳をする。
「他者が見れば、新婚とは程遠い距離感があるだろう」
「そうですね」
「違和感しか与えない。そんな相手に、誰が腹を割る?」
「言われてみれば」
 一理ある。
 腹に何やら隠し持っている相手を信用出来る訳がない。自分なら、易々と情報を渡してなるものかと警戒する。
「そこで」
 ルパートは、一旦、言葉を区切る。
「ちょっ……何を!」
 ヒルダの声がひっくり返った。
 視界が一段高くなる。
 腰に手が回ったかと思えば、引き寄せられ、あっという間にルパートの太腿に軽々と体重が乗ってしまっていた。
「ジタバタするな。膝を蹴るんじゃない」
「私は小さい子供じゃありません!」
 横抱きにされた格好は、父親が幼い子供をあやすときと同じだ。
 またしても、子供扱い。
「こんな……こんな……あんまりだわ!」
 言葉ではなく、行為で侮辱されて、ヒルダは顔面を真っ赤にさせ、キイイイと奇声を上げんばかりにいきりたった。
「誰が子供扱いしているんだ」
「こんな格好をさせて、よくもそんなこと!」
「馬車が揺れたら、危ない。じっとしろ」
 言ったそばから、車輪が石を噛んで大きく跳ねた。体重の軽いヒルダは浮遊し、床に顎を打ちつける勢いですぐさま落下する。
 だが、痛みの代わりに、忌々しい舌打ちを喰らった。
「言ったそばから、これだ」
 腰を引かれて定位置に戻される。先程よりも力強く、ルパートの腕が腰に巻き付いた。
「どうせ私は子供ですよ」
 乾いた唇を尖らせ、ふんとそっぽ向く。
 すぐさま顎先を掴まれ、戻された。不意打ちで視線がぶつかる。濃紺の瞳の中に、己の取り乱した姿がくっきりと映っているのがわかるくらいの至近距離。鼻梁を葡萄酒の匂いがくすぐる。
 瞳の中のルパートの顔が傾く。
「あっ!」
 叫びは、ルパートの口内に封じられた。
 凛々しい唇が、ゆっくりとヒルダの輪郭をなぞっていく。最初は形を探るようにゆっくりだったが、一回りを終える頃には押しつけてくる力は強まっていた。
 彼は一旦離れると、ニタリと口角を吊った。
「こういうときは、目を閉じるものだろう」
 思いがけない展開に、思考が追いつかない。諭すような言い方に、素直に従う。
 瞼を閉じる間際、ルパートが満足そうに目を細めたのが見えた。
 再びの触れ合いは、性急に変化した。
 固い引き結びを舌先が割って、酒の染みついた口内を蹂躙する。その動きは、まるで個体の生き物のようだ。歯列を舐め、舌先を絡め取り、ヒルダの呻きさえ掬い取ろうとさらに進入していく。
 時折り離れ、角度を変えるや、貪欲に吸い上げる。
 こんなキスは、知らない。
 絵本の中のお姫様は、啄むキスで目を覚ました。
 エラの淫猥な体験談の中にも存在しない。
 全身のあらゆる神経が唇に集中する。
 ほんの少し歯が当たるだけで、頭の芯がジンと痺れた。
「……んっ」
 いい加減に息が苦しくなって、鼻から声が抜けたとき、ようやく呪縛から解放された。
 光る唾液が、ルパートの口端に名残惜しそうに糸を引く。
 彼は長い人差し指でそれを拭う。目の下が赤らんでいた。
「どうして?」と言いたいのに、早鐘を打つ心臓の音が邪魔をする。
 子供扱いではない、大人のキス。
 散々、子供には興味がないと繰り返していたというのに。
「何故、こんなことを?と言いたそうだな」
 ヒルダの浮かんでいた疑問を代弁する。
「正真正銘の夫婦だろう、俺達は」
「……あなたは、それをわかった上で、私に興味ないと……」
「だから、反省すべき点に気づいたと言っただろう」
 腫れぼったくなったヒルダの唇を、指先でなぞりながら、どこか浮ついた声で答える。
「これからは、本物の夫婦として接する」
「……任務のために?」
「余計な輩を寄せ付けないためにもな」
 言うなり、再び唇を重ねてくる。
 学習したので、今度は驚きはしなかった。
 生々しい舌の動き。
 この感覚は悪くない。
 むしろ、癖になりそう。
 ヒルダは柔らかい感触を堪能するため、瞼を閉じた。
 王都からルパートの別荘まで、まだまだ時間は掛かりそうだ。


しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる

湊一桜
恋愛
 王宮薬師のアンは、国王に毒を盛った罪を着せられて王宮を追放された。幼少期に両親を亡くして王宮に引き取られたアンは、頼れる兄弟や親戚もいなかった。  森を彷徨って数日、倒れている男性を見つける。男性は高熱と怪我で、意識が朦朧としていた。  オオカミの襲撃にも遭いながら、必死で男性を看病すること二日後、とうとう男性が目を覚ました。ジョーという名のこの男性はとても強く、軽々とオオカミを撃退した。そんなジョーの姿に、不覚にもときめいてしまうアン。  行くあてもないアンは、ジョーと彼の故郷オストワル辺境伯領を目指すことになった。  そして辿り着いたオストワル辺境伯領で待っていたのは、ジョーとの甘い甘い時間だった。 ※『小説家になろう』様、『ベリーズカフェ』様でも公開中です。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

七夜かなた
恋愛
仕事中に突然異世界に転移された、向先唯奈 29歳 どうやら聖女召喚に巻き込まれたらしい。 一緒に召喚されたのはお金持ち女子校の美少女、財前麗。当然誰もが彼女を聖女と認定する。 聖女じゃない方だと認定されたが、国として責任は取ると言われ、取り敢えず王族の家に居候して面倒見てもらうことになった。 居候先はアドルファス・レインズフォードの邸宅。 左顔面に大きな傷跡を持ち、片脚を少し引きずっている。 かつて優秀な騎士だった彼は魔獣討伐の折にその傷を負ったということだった。 今は現役を退き王立学園の教授を勤めているという。 彼の元で帰れる日が来ることを願い日々を過ごすことになった。 怪我のせいで今は女性から嫌厭されているが、元は女性との付き合いも派手な伊達男だったらしいアドルファスから恋人にならないかと迫られて ムーライトノベルでも先行掲載しています。 前半はあまりイチャイチャはありません。 イラストは青ちょびれさんに依頼しました 118話完結です。 ムーライトノベル、ベリーズカフェでも掲載しています。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

処理中です...