【完結】シンデレラの姉は眠れる森の騎士と偽装結婚する

氷 豹人

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シンデレラからの手紙

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 執務室で帳簿に数字を書き出していたルパートは、扉を軽く叩く音に顔を上げた。
「入れ」
 家令のロバートが、十数通の手紙の束を持って入ってくる。
「またか」
 不機嫌に鼻を鳴らし、ペンを置くと、椅子に凭れるように姿勢を崩す。
 面倒臭そうに一番上の手紙を取ると、おもむろに差し出し人を確認した。
「今度はリッツ子爵か。まったく、性懲りもなく」
 内容を確認すると、氷の眼差しの温度がさらに下がる。
「よくも、抜け抜けと人の妻を口説けたものだな」
 びりびりと便箋を二つに裂く。
「カール男爵から奥様へ、内密に花が届いておりますが」
「突き返せ。俺の名でな」
 夫であるルパートが上位貴族と知った上で、尚、姑息に手紙を送りつけてくる。
 机に広げられたのは、全てヒルダ宛の手紙だ。一枚一枚、差し出し人を確認し、不必要と判断したものは、容赦なく屑籠行きにする。
「アルフレッドの予想は当たったな。忌々しい」
 だから、言っただろう?得意満面な顔が浮かび、毒づかずにはいられない。
 ふと、束の中から一枚取り出す。
「これは、ヒルダに渡してやれ」
 淡い水色の、レース模様の封筒。いかにもヒルダが好みそうだ。
 差し出し人は、イザベラ、とある。
 妹のエラ、自称灰かぶりシンデレラだ。

「妹の身に何かあったのか?」
 ルパートに問いかけられ、はっと息を呑む。彼が書斎に入ってくる気配さえわからなかった。
 テーブルに肘をつき、ぼんやりと空を見つめたまま、悪戯に時間を過ごしてしまっていた。
 しかも、小作人らへ指示する大事な手紙の上に、水色のレース模様の便箋を広げてしまっている。
「も、申し訳ありません。仕事の最中に」
「急を要するものではないから、構わない」
 慌てて便箋を引き出しに仕舞い込もうとすると、阻まれた。
 ついにヒルダをの妻として受け入れたルパートから、己の作業の一部を任されるまでになった。
 ルパートからの領地の小作人らへの連絡・指示を手紙にしたためたり、貴族への挨拶状といった、まずは簡単な作業から始まる。
 書斎を自由に使え。
 ルパートは、わざわざヒルダの体に合わせた家具まで発注し、羊皮紙やらペンやら、極上のものを揃えてくれた。
 あらあら、坊っちゃまったら。いつになく、気の回ること。
 エレナがふくよかな頬を揺すりながら揶揄う。
 あたたかく迎え入れてくれたからこそ、与えられた仕事を疎かににしてしまった後ろめたさがある。
 まだ国王暗殺者を燻り出す任務も完了していないのに。
「それより、妹が手紙を送ってくるとは、余程のことだろう。何があった?」
「それが」
「言えないことか?」
「私に会いたいと」
 エラから届いた手紙には、城での恨み言がおよそ二十数枚にも及んでいた。礼儀作法の苦労から、貴族からの仕打ち、王太子からは適当にあしらわれ、侍従まで自分をこき下ろしてくると。仕舞いには、食べ物が不味いだの、日当たりが良くないだの、我儘三昧が書き連ねてあった。
「会いに行くのか?」
「王太子様も、是非おいでと仰っているそうで」
 申し訳なさそうな声を出しつつ、ヒルダは上目遣いにルパートに伺いを立てる。
 エラに会いに行く気満々だった。
「駄目だ」
 ルパートはぴしゃりとその伺いを跳ね退ける。
「グランドマザーが、どこに潜んでいるか分からん場所に、行かせられるか」
 その名が出て、ヒルダの肩が大きく揺れた。

 グランドマザーとは、民間の組織である。
 構成員、規模、本拠地等、詳細は一切不明。
 暗殺を請け負い、先の戦争では隣国に密かに雇われ、暗躍したとかしないとか。
 特務師団もいっときは排除に動いたが、なかなか尻尾を掴ませない上、警戒して近年は潜り込んだまま表には出てこなかった。

 それが、ここにきて、顔を覗かせたのだ。
「今が奴等を引き摺り出す機会です」
「駄目だ。まだ疑問は多い」
「ですが」
「シュプール夫人が賊を手引きしたとして。奴等は、一番若いお前を攫うつもりだった。何故、お前を狙ったんだ」
「それは、私も疑問ですが」
「そもそも、茶会のメンバーも納得いかない。通常なら、同じくらいの爵位のある者を招待するだろう。それが、商家の娘、家庭教師、叔父上の愛人と。裏があるに違いない」
「わからないこそ、こっちから飛び込むんです」
「駄目だ。危険だ」
 いつまで経っても、平行線。
「王太子様にお願いして、馬車を手配していただきました。十四時に到着します」
 手紙の最後の一文を読み上げたヒルダ。
 エラはこちらの都合お構いなしに、話を進めている。
 元々の性格もあるが、今はかなり追い詰められた状態だと、文面から推測出来る。
 たちまちルパートの目が斜めに吊り上がった。
「アルフレッドめ。勝手な真似を」
 凛々しい口元から、幾つかの罵りが漏れる。
 怒りの度合いは計り知れない。青い炎が薄気味悪く燃え上がる幻影を、確かに彼の後ろに見た。
「アルフレッドの馬車は帰らせろ」
「えっ」
「うちの馬車で行け。俺も共に行く」
「今日は公務は休みでは」
「不満か」
「い、いえ」
 ヒルダは口の中をもごもご動かす。反論しようにも、荒んだ目つきを前に、とうとう言葉は出て来なかった。

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