【完結】シンデレラの姉は眠れる森の騎士と偽装結婚する

氷 豹人

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新たな疑惑

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 王宮の謁見控室は、青で統一されている。
 濃青の絨毯が敷き詰められ、金の縁飾りのソファとテーブルが中央に配置されている。
 ソファに腰を下ろせば、全身が沈み込んだ。
 極上の造りのせいだけではない。
 ヒルダの体を支えていた信念が、ぷつりと途切れたためでもあった。
 エラとの再会から、ずっと、ヒルダはまともに喋れない。相槌すら返せない。
 エラの、この世の怨嗟を全て集約した様な眼差しが、脳内に焼き付く。
「感傷的になるのはまだ早いぞ、ヒルダ」
 金の細工が施された二枚扉に背中を預け、ルパートは遠巻きにヒルダを見やった。
「イザベラの言葉は、あながち間違えてはいない」
 ヒルダの顔から血の気が引いた。
「恨まれて当然と言うことですか?」
「違う!」
 即座にルパートが否定する。
 大股でヒルダに歩み寄ると、どかっとその隣に腰を下ろした。
 もう一人分の重みで、さらに深く沈むソファ。
「俺は、お前の努力を知っている」
 言いながら、ルパートはヒルダの左手を取り、己の頬に触れさせた。
 やや日焼けした、男らしい骨ばった頬から顎のラインを、手のひらで這わせる。
「この指の剣だこやマメが、証だ」
 続いて、ルパートはヒルダの指一本一本に軽くキスを落とした。
 匂いたつような色気。動作のたびに、青みがかった黒髪が、さらりと揺れる。まるで、動く絵画のような眼福。
 そして、最後に薬指の指輪を唇でなぞる。
 その官能的な仕草に、ヒルダの耳がたちまち赤く色づいた。
「決して、天からの授かりものだけではない」
 ルパートの瞳は今、ヒルダしか映さない。
 濃く青い、透き通る眼の中に己を見出し、ヒルダはうっとりと瞼を瞬く。
「だから俺はお前に惹かれたんだ」
「ルパート様」
 どちらともなく近づく唇。
 息遣いが重なる。
 そのとき、ゴホンッと一際大きく、わざとらしい咳が上がった。
「僕も居るんだけど」
 アルフレッドが淫靡な空気に割り込んだ。
 ハッと我に返った夫婦は、ソファの端と端に一足飛びに退く。
 冷静さを取り戻すべく、ルパートは小さな咳を繰り返している。
 ヒルダといえば、顔面を両手で隠しながら、ぷるぷると体を震わせるばかり。
 すっかりアルフレッドの存在が、頭の中から消し飛んでしまっていた。
 失態だ。
 誰にも見せたことのない秘密が知られて、ヒルダは露骨に動揺する。勿論、ルパートもだ。
 そんな二人を、アルフレッドは冷ややかに横目した。
「まったく。粗暴な男が、まさかこんな歯の浮く台詞を吐く日が来るとはね」
「喧しいぞ。アルフレッド」
 ルパートが忌々し気に舌打ちする。
「で、シンデレラの言葉が何だって?」
 一人掛けに座っていたアルフレッドは、面倒臭そうに足を組み替えた。
「奴は、命まで狙っていたわけではないだろう」
 もう、ルパートは落ち着き払っている。
「根拠は?」
 アルフレッドの目が光る。
「矢は二本あった」
 ルパートの言葉に、ヒルダは勢いよく立ち上がった。
 治りきっていない肩の傷がずきりと痛み、思わず顔をしかめる。
 二本。つまり、二方向から狙われていた。
 幾らカイルとの闘いに気を取られていたとしても。
 不覚をとった悔しさに、ヒルダは奥歯を噛み締める。
「一つは、確かに薔薇の茂みの中に落ちていた。おそらく壁に当たって落ちたのだろう」
「それが、あのビリーとか言う元狩人の矢ってこと?」
「ああ。そしてヒルダの肩を射抜いた矢が、これだ」
 テーブルに、矢が置かれる。
「待って」
 アルフレッドは組んだ足を解き、身を乗り出した。
「矢のに、狼の紋章」
 その矢には、小さな彫り物が施されている。
 狼が横を向いた顔がシルエットになっている。
 この国の貴族は、紋章に花を使う。
 マーヴル家では菫、デラクール家は睡蓮、王家は百合。シュプール家では薔薇だった。
 狼を使う家は、この国にいない。
「グランドマザー」
 どこの紋章か、アルフレッドが種明かしする。
「文献で目にしたことがある」
 名を言い当てたアルフレッドの唇は、微かに戦慄いていた。
 ヒルダは息を呑んだ。
 いつかの、ごろつきを思い出す。グランドマザーに命を狙われていると取り乱した男。
 今まで潜んでいた輩が、顔を出した瞬間だった。
 そして、今回、確実にその名を知らしめた。
「ああ。これは、奴等からの警告だ」
 ルパートは言い切る。
「国王の命を狙う奴等を捜すなという」
 握り込んだ拳でテーブルを叩きつける。
「これは俺への宣戦布告だ」
 表情こそ静まっていたが、ルパートの内心は怒り狂っていた。
「本気でヒルダの命を取ろうとするなら、毒の量を増やすはず」
 たかだか半日の意識混濁では済まさない。
「そして、右肩などではなく、心臓を狙う。確実に」
 淡々と語るルパートとは対照的に、アルフレッドは髪をがしがし掻き乱し、意味をなさない言葉で呻く。
「となると、この矢の持ち主は、相当の手練れだぞ」
 髪を乱したまま、アルフレッドはルパートに悲壮な視線を送る。
「ああ。あの元狩人の放つ矢と、同時に打っているんだからな」
「しかも、難しい角度で」
「ああ。あの元狩人のいた場所以外から狙うとはな」
 不意にヒルダは、傷を負う反対側に回されたルパートの腕に、力任せに引き寄せられる。弾みで斜めに胸板へと倒れ込んだ。
「護衛隊に、国王の警護の強化を」
 ルパートの目が一層険しくなる。
「宰相に諮るよ」 
 ヒルダより頭一つ半上で、皮肉っぽく鼻が鳴る。
「この国は、相変わらず王はお飾りだな」
 チラリと見上げると、予想外通りにルパートの眉間に皺が入っていた。
 命令一つ、臣下の承認が必要となる。
「ああ。首をすげ替えたところで、まつりごとを行う人間は変わらないのに」
 アルフレッドは皮肉に対して怒りを宿すことなく、むしろ同調するかのように頷くと、やれやれと肩を竦めてみせた。
「王位を継ぐ前に、もう弱音か?」 
「僕は本当は、王座になんて興味ないんだ」
 アルフレッドは、何もかも諦めたような、疲れきった顔を見せ、ふっと息を吐いた。
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