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白雪姫の元継母、断罪される

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 真っ赤だ。
 本来は無機質な鉄の靴が、真っ赤に光り、ところどころから白く細い煙が出ていた。
 爪先を入れただけで、皮膚が爛れてしまう。
「さあ、履きたまえ。アデライン」 
 国王マクシミリアン三世は、ほうれい線を深くし、酷薄に笑う。
 アデライン・ベルは、いやいやと首を横に振った。
 気の強そうな翠緑の瞳は切れ長に吊り上がり、黒縁の丸眼鏡でその色を極力目立たないようにしている。
 金糸に輝く髪は後ろで一つにお団子に纏め、一切の後れ毛さえ残さず整えている。
 灰色の首の詰まったドレスは飾り一つなく地味で、肌の露出もなく、まるで修道女のようだ。
 とてもじゃないが、国王の妃とは思えない、野暮ったさ。
 日が暮れると、着飾った貴族が作り笑いと噂話で夜通し過ごす城の大広間は、真昼間の今は静まり返り、ガランとして、大理石の床が寒々しさに一層の拍車をかけた。
 護衛の兵士三名と、義理の娘の僅かしか存在しない空間。
 響くのは、国王の声と、遅れてアデラインの溜め息のみ。
「今から、貴様の処刑だ」
「何故、私がこんな目に」
 二十年の人生を、今日、いきなり終了させられるなんて。
 アデライン……通称アデリーは、奥歯をきつく噛み締める。
「身に覚えがないと言いたいのか?」
「ええ。ございません」
 アデリーは気丈に胸を張った。


 銅の産出国として名高いラルジュ王国は、十五年前に先代国王が逝去し、代替わりした途端、暴虐の独裁国家と成り果てた。
 先代国王と時を同じくして妃が肺の患いにより亡くなると、異常なまでの一人娘への溺愛ぶりを見せる。
 白雪姫スノウ・ホワイトは、十七歳。
 その名の通り、雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒檀のような黒髪、同じく黒い瞳。亡くなった母と瓜二つの美貌は、年を重ねるごとにますます酷似していく。
 父王の威厳に守られたスノウ・ホワイトは、己の言葉一つで全てが動くことを熟知していた。
 アデリーは鉄の靴から視線をスノウ・ホワイトへと移す。
 彼女は、勝ち誇った笑みを浮かべ、アデリーを一心不乱に見つめている。
 焼け爛れた足で、悲鳴を上げながら、まるで螺子の切れた人形よろしく大広間を回転しながら踊ることを、今か今かと待ち侘びている。そんな目だ。
 狂っている。アデリーの背筋を冷たいものが走った。


 そもそもアデリーは、貴族でも何でもない。平民である。
 ただの子爵家の雇われメイドだ。
 国王の妃なんて、とんでもない。
 王宮に足を踏み入れることすら、恐れ多い立場なのに。
 では、何故アデリーが国王の妃であり、スノウ・ホワイトの継母の地位にいるかといえば……。
 ベル子爵家の令嬢の無茶振り以外の、何物でもない。
 全て、ベル子爵が元凶だ。
 その日、いつもと同じようにアデラインは令嬢の金髪に櫛を入れていた。
 化粧台の鏡越しに、令嬢が問いかける。
「アデライン。あなた、私と年が同じよね。確か」
「はい。今年で二十歳です」
「いちいち、年なんて言わなくていいわよ」
 不機嫌に令嬢は鼻を鳴らす。
 そろそろ結婚相手を決めなければならない年だが、この令嬢は気位ばかりが高く、男達から敬遠されていた。周りが浮いた話で盛り上がる中、かなり焦っているのは明らかだ。
 尤も、アデリーには関係ないことだが。
「金髪に翡翠色の瞳。背格好も似ている」
 ふんふん、と令嬢は爪先から頭のてっぺんまで、鏡の中を何度も視線を行き来させ、腕を組んだ。
「ちょうどいいのがいたわ」
 ニタリ、と何やらよからぬ笑み。髪を梳かしている最中だと言うのに、唐突に立ち上がるや、すぐさま身を翻し「お父様、お父様ー」などと甘ったれた声で部屋を出て行ってしまった。
 令嬢は、子爵を引っ張って戻って来た。
「アデライン。あんた、私の身代わりで嫁に行きなさい」
 前触れもなく令嬢は命令する。
「早速、養子縁組の手続きを。お父様、お願い」
「え? 」
「あんた、今日から私の妹だから」
「え?」
「だから、私の代わりに国王の妃になりなさい」
 脳の理解が追いつかない。
 たった数分で、アデラインは立場が平民から貴族の娘へと変化した。しかも、国王の妻。正確には、まだ届けを出していないため、あくまで予定ではあるが。
「あんたみたいな平民が、貴族で、国王の妃よ。少しは喜んだら?」
 高飛車な令嬢の言葉に、アデリーの脳はまだ追いつかない。
 ちんぷんかんぷんで首を傾げるに、令嬢はこの上なく大きな舌打ちを寄越した。
「うちに伝令があったのよ。娘を差し出せって」
 令嬢は芝居がかったように肩を竦める。
「あんな血塗られ国王の元へ、誰が行くもんですか」
 令嬢は深呼吸し、子爵に向き直る。
 大事な娘が助かる道が出来て、子爵は満足そうに口髭を引っ張った。
「継母が気に入らないからと、あの頭のおかしな娘の言葉を鵜呑みにした国王が、ことごとく新妻を断罪してるでしょ」
 スノウ・ホワイトの母が亡くなって以来、国王は世継ぎの男子を作ると言う義務で、何度も新しい妻を王宮に迎え入れては、長くて一年、短かくて半日で断罪を繰り返していた。
 いつしか血塗られ国王などと渾名されて。
「お陰で、うちみたいな下位貴族にまで話が回って来て」
 わかっていながら、アデリーを国王に差し出すのだ。
 人でなし。
 アデリーは唇を噛む。
 逃亡しても、無駄なことはわかっている。
 自尊心を傷つけられた国王は、地の果てまでも追いかけて来て、見せしめに首を刎ねるのだ。実例は数多ある。
 結局のところ、逃げられない。
「恨むなら、そんな容姿に産んだ母親を恨みなさい」


 こうした顛末により、アデリーは国王の妻となった。
 たった一日だけ。
 結婚承諾書も出来上がらないうちに、スノウ・ホワイトの「お母様に腰紐で首を締めらて、殺されかけた」と言う事実無根の訴えにより、鉄の靴だ。
「さあ、履きたまえ。アデライン」
 国王の顔に不気味な影が落ちた。





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