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救急車のサイレンが遠ざかって行く。
大隊長が鎮火を発令したのは、出動指令から約二時間後のことだった。
残り火の確認等始末をつける他の隊員らの一線から外れ、ぐったりと赤車の車体に凭れた俺は、ぼんやりと周囲のざわめきを耳に空を眺めた。
日はすっかりと落ちて、幾つかの星が闇に点々としている。
結局、第四出場までかかった、第ニ方面では稀な大規模火災で、俺が消防士となって久々に遭遇するものだった。
「凄かったなあ」
火事場見物を終えた野次馬らが、炎がなくなったことで完全に興味が萎んでしまったかのごとく、散り散りとなっていく。彼らの撮影した動画が、翌朝にはニュースとなって各方面に知れ渡ることとなるのだ。
「お疲れさん」
隊長が紙コップを差し出してきた。まあ飲め、と目が語っている。
黙って受け取った俺は、それを一気に飲み干す。冷たい液体が焼けた喉を通り、その感覚に生きていると実感する。
「よく頑張ったな」
隊長の大きな手が俺の髪を掻き乱す。
よく頑張ったな。忘れもしないフレーズが蘇る。
記憶中枢に引っかかっている、その言葉。
チラリ、と過ぎる、金髪のサラサラした長い髪。
「甘いっすよ。隊長」
仁王立ちの橋本が、煤で小奇麗だった顔を汚し、額から垂れる汗を拭いもせず、忌々しそうに睨んできた。目は血走り、不気味なほど爛々と輝いている。
やれやれ、と隊長は首を竦めてその場を離れる。
「しっかりしろや!」
ごしごしと涙で濡れた顔が乱暴に擦られて、ひりつく痛みが走った。橋本が防火手袋をつけたままで俺の頬の汚れを拭ったのだ。
「痛いですって」
「まだ終わってへんからな」
道具の片付けに入っている日浦さんや鉄仮面と、加わった隊長の方をチラリと見据えた。黙々と、皆が作業を進めている。
「もたもたすんな!さっさとやれ!」
ぺしーん、と尻を打たれる。
「わかってますって!」
この、二重人格が。ふんと鼻を鳴らしてやった。
二十四時間の勤務を続けた二部の隊員達が、朝の大交替で一部に引き継ぎを終えたところで、ようやくその任が解かれる。
あー!この解放感!
ロッカールームで執務服から、鮮やかな青いTシャツと履き古したジーンズに着替え、薄手のスウェット生地のグレーのジャンパーを羽織る最中だった。
薄水色の麻の七分シャツに黒のジーンズ、大振りのボタンがついたチャコールグレーの薄手ニットのパーカー姿で、どこのファッションモデルですかの出で立ちとなった橋本が、ロッカーを閉めるや否や、斜め後方を振り返る。
「どうせ暇やろ。ちょっと付き合えや」
ロッカールームには俺と橋本の二人しかいない。誰に向けての言葉であるかは明らかだ。
「何ですか?」
警戒心剥き出しで眉を寄せる俺に、橋本は黒い合成皮革のボディバッグを肩に引っ掛け、ロッカールームの扉のノブを回す。
「ええから来い」
有無を言わせぬ一言だった。
大隊長が鎮火を発令したのは、出動指令から約二時間後のことだった。
残り火の確認等始末をつける他の隊員らの一線から外れ、ぐったりと赤車の車体に凭れた俺は、ぼんやりと周囲のざわめきを耳に空を眺めた。
日はすっかりと落ちて、幾つかの星が闇に点々としている。
結局、第四出場までかかった、第ニ方面では稀な大規模火災で、俺が消防士となって久々に遭遇するものだった。
「凄かったなあ」
火事場見物を終えた野次馬らが、炎がなくなったことで完全に興味が萎んでしまったかのごとく、散り散りとなっていく。彼らの撮影した動画が、翌朝にはニュースとなって各方面に知れ渡ることとなるのだ。
「お疲れさん」
隊長が紙コップを差し出してきた。まあ飲め、と目が語っている。
黙って受け取った俺は、それを一気に飲み干す。冷たい液体が焼けた喉を通り、その感覚に生きていると実感する。
「よく頑張ったな」
隊長の大きな手が俺の髪を掻き乱す。
よく頑張ったな。忘れもしないフレーズが蘇る。
記憶中枢に引っかかっている、その言葉。
チラリ、と過ぎる、金髪のサラサラした長い髪。
「甘いっすよ。隊長」
仁王立ちの橋本が、煤で小奇麗だった顔を汚し、額から垂れる汗を拭いもせず、忌々しそうに睨んできた。目は血走り、不気味なほど爛々と輝いている。
やれやれ、と隊長は首を竦めてその場を離れる。
「しっかりしろや!」
ごしごしと涙で濡れた顔が乱暴に擦られて、ひりつく痛みが走った。橋本が防火手袋をつけたままで俺の頬の汚れを拭ったのだ。
「痛いですって」
「まだ終わってへんからな」
道具の片付けに入っている日浦さんや鉄仮面と、加わった隊長の方をチラリと見据えた。黙々と、皆が作業を進めている。
「もたもたすんな!さっさとやれ!」
ぺしーん、と尻を打たれる。
「わかってますって!」
この、二重人格が。ふんと鼻を鳴らしてやった。
二十四時間の勤務を続けた二部の隊員達が、朝の大交替で一部に引き継ぎを終えたところで、ようやくその任が解かれる。
あー!この解放感!
ロッカールームで執務服から、鮮やかな青いTシャツと履き古したジーンズに着替え、薄手のスウェット生地のグレーのジャンパーを羽織る最中だった。
薄水色の麻の七分シャツに黒のジーンズ、大振りのボタンがついたチャコールグレーの薄手ニットのパーカー姿で、どこのファッションモデルですかの出で立ちとなった橋本が、ロッカーを閉めるや否や、斜め後方を振り返る。
「どうせ暇やろ。ちょっと付き合えや」
ロッカールームには俺と橋本の二人しかいない。誰に向けての言葉であるかは明らかだ。
「何ですか?」
警戒心剥き出しで眉を寄せる俺に、橋本は黒い合成皮革のボディバッグを肩に引っ掛け、ロッカールームの扉のノブを回す。
「ええから来い」
有無を言わせぬ一言だった。
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