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第57話「後金遡夜①」
しおりを挟む五月二十二日(日)十時三十五分 真希老獪人間心理専門学校・トイレ
「試すって……出来るのか? ここで。」
「勿論。」
そう答えて、後金はスマホの白いカバーを開いた。
「俺の“性癖”は人にバレるほど旨味がなくなっていくから、あんまり見せたくないんだけど、こうやって連れションして友情を深め合ったわけだし、特別に披露しよう。どうする?」
両手でスマホを握り、俺に構えてみせる。
多少の不安はあるが、悪意など微塵も感じられない。
というより、こんなのはただの後付けした理由に過ぎず、もとより答えは決まっていた。
俺は手を拭き終わり、ハンカチをポケットにしまう。
「是非とも。」
「よし。」
俺の答えに、後金は不敵に笑った。
そして。
「じゃあ、お前の好きな食い物はなんだ?」
「え?」
後金の口から放たれた言葉の意外さに、少し身構えていた肩が下がる。
「好きな食い物だよ。あるだろ? 頻繁に食べちゃうようなやつ。ポテチとか。」
さも当然かのように後金は質問を補足する。
まったくわけがわからないが、答えない限り話が進みそうにないな。
「……俺の好きな食べ物はハンバーグだよ。特に目玉焼きが乗っかってるやつ。」
「ふぅん。なるほど。」
それだけ言って、後金はスマホを弄り始める。
こんなの訊いてどうするつもりなのか。
意図の全く読めない質問ほど怖いものはない。
直接問いただせばいいだけの話なのだが、無言でスマホを弄り続ける後金の異様な集中力に気圧され、口を開くことができなかった。
披露すると言っていたんだし、いやらしいことでも考えながら待ってるか。
俺は、この間見かけた、背負っているリュックにスカートが捲り上げられ、パンツが見えるか見えないかのラインをキープしたまま歩いていた女子高生のことを思い出す。
そうして、五分ほど経った。
後金は依然として無言のままスマホをいじくっていた。
……長い。
パンツが見えそうな女子高生に、「失礼ですが、下着見えそうですよ。」と声をかけたら、実はその子は痴女で、誘惑されたり脅されたりして逆レイプ気味に童貞を奪われるという妄想に耽っていたが(実際に見かけた時は、ビビッて声をかけられなかった)、とてもムラムラしてきてどうしようもなくなってきた。
すっごいオナニーがしたい。
しかし、後金の能力がまだ発動中(?)っぽいからこの場を離れられない。
そろそろ何してるか訊こうかな?
天井に向けていた視線を、後金に移す。
真剣な表情でスマホを弄り回す後金。
そのオーラに、出かかっていた声が押し戻される。
俺は再び口を噤む。
あともう少し待ってみるか。
そうして、十分ほど経った。
後金は依然として無言のままスマホをいじくっていた。
……長い。
どころの話じゃない。
能力を披露するといってから、後金は十五分ほどの時間をひたすらスマホいじりに充てていた。
俺は一体何を見せられているんだ。
こいつ、実はただスマホいじってるだけなんじゃないのか?
あぁ…もう、オナニーしたいよ。
さっきからムラムラ収まんねぇし。
ずっと勃起してるし。
これ、いつまで続くんだよ。
もういっそのこと、ここの個室で済ませちまうか?
後金が近くにいるとか、今さら関係ないよな?
仕方ないよな、ムラムラしてんだもん。
全集中でスマホを操作する後金を見る。
話しかけるなと言わんばかりのオーラが全身に突き刺さってくる。
だが、そんなんじゃあ俺の性欲は止められない。
いい加減我慢の限界だし、もういいや。
「なぁ、後金。俺、オナニ———」
「見つけた。」
俺の言葉を遮って、後金はスマホの画面から目を離した。
「ん? 今、何か言った?」
「いや、なんでも。」
即答。
「それよりも、なにを見つけたって?」
「ん。」
手を差し出す俺に、後金はスマホの画面を向けた。
そこには、ツイ●ターのホーム画面が映し出されている。
「これ、お前のアカウントか? アカウント名“センズリ小僧”? お前一体どんなセンスして……は?」
アカウント名を読み上げたところで、ようやくおかしなことに気付く。
「……これ、俺のアカウントじゃねぇか。」
しかも、この感じは……。
後金からスマホを奪い取り、画面を操作する。
トップ画、過去のツイート……。
このアカウント“センズリ小僧は紛れもなく俺のもののようだが、そうなるとおかしなことがいくつもある。
まず、俺のアカウントは鍵垢だ。
かなり仲の良い友達数人しか見ることはできない。
こいつにフォローされた覚えなんてないぞ。
それにもう一つ。
このアカウントは鍵垢なのに加えて、携帯番号での検索除外や、他アプリでのアカウント連携もしていない。
つまり限りなく見つけにくいアカウントのはずだ。
一体どうやって?
そして最後に。
なぜかこいつのスマホで俺の非公開リスト(AⅤ女優だらけ)を閲覧できてしまう。
これら不自然な点から導き出される答えは。
「これは正真正銘お前のアカウントだよ、神室。」
凝視していた画面が急に動いたかと思うと、後金が俺の手からスマホを奪い返していた。
「お前……俺のツイ●ターアカウントを乗っ取ったのか⁉」
「その通り。」
やや見上げた先の後金は、眼鏡が光を反射させて悪辣な笑顔を見せている。
「にしても、お前。アカウント名“センズリ小僧“って、一体どんなセンスしてんだよ。」
「な、う、うるせぇよ!」
見事なまでにブーメランが返ってきた。
恥ずかしい。
……じゃなくって!
「お前、俺のアカウントを乗っ取って何企んでやがる! っつーか能力見せるって話はどこいったんだよ⁉」
「何も企んでないって。」
後金は両手を前に突き出す。
「それに、能力なら今見せただろ?」
そして手に持つスマホの画面を指さす。
「……は?」
能力を見せたって、そんなもんいつ使ったんだよ?
お前がやったのはツイ●ターアカウントの乗っ取りだけじゃねぇかよ。
……まさか。
俺の表情を見て察したか、後金が俺を指さす。
「その通り。まぁ、事前説明もなしじゃあ、わかりにくい能力かもね。」
後金は片手をポケットに突っ込み、もう片手で俺に今一度スマホの画面を見せつけるようにする。
「限定型超感覚系。能力名『電脳目明し』。俺が持つ、ささやかな“性癖”だ。」
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