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第79話「真希老獪人間心理専門学校・食堂②」
しおりを挟む五月二十二日(日)十二時二十七分 真希老獪人間心理専門学校・食堂
とっくに失せた食欲と肥える一方の飢え。
この二つの折り合いをどうつけてやろうかと悩み続けている間も、先生は話を展開し続ける。
「他者…殊更、愛する者からの糞便を食することで栄養を分け与えてもらっているという観点からこの性癖を考える場合、その愛する者とは自身よりも上の立場にある存在として認識される者であり、かつ、その従属意識、主従関係は深く強く、はっきりと根付いている段階まできているだろうねー。」
恐らく自前であろう卵焼きを、口に運びながら続ける先生の精神的強度は計り知れないものがある。
「相手がいなければ自分も生きていけない。ここまでの強迫観念が刷り込まれているレベルに達している。もしもまだ刷り込みの途中だとしても、そこまでのステップまで進んでいるということは、それは既にほとんど完成された従属関係であると言える。」
食堂を切り盛りしている夫婦。
その二人の性癖を耳にし、一切料理に手をつけられなくなった俺とは対照的に、先生は一切躊躇うことなく弁当を頬張り続ける。
……というか、この人……。
「あの、すみません。先生は、この食堂の実態を知っているから、わざわざ弁当を持ってきたんですか?」
とても楽しそうに語る先生の話に水を差す形で質問する。
もしそうだとしたら、この得意気な顔に理不尽な憎しみを覚えそうだ。
しかし、当の先生は俺の質問にきょとんとした顔を浮かべる。
「え? あははー。いやいや、全然違うよー。僕に限ってそんな勿体無いことはしない。知っているからこそ、あえて弁当を持ち寄らない。それが僕さ。」
目を閉じ(元々細目だから分かりづらいが)、誇らし気に片手を広げる先生。
「それに、「この食堂の実態」だなんて、失礼極まりない発言だと思うよー。なにも、毎回料理に異物を混入させているわけではないんだ。さっきも言ったけれど、たまーに、混ぜてるだけさ。」
十分保健所が動く事態だと思うが。
先生は広げた片手をこちらに差し向けるようする。
「例えば……さっき君も見たと思うけれど、メニュー表にピザなんて載っていただろう?」
ああ…そういえばあったな。
あんな手間も時間もかかる手の込んだ料理を、学園の食堂で振舞うなんて、おかしいと思ったのを覚えている。
「ピザ…チーズ乗ってるよね?」
………。
先生が放った言葉の意味を、コンマ単位の時間で理解してしまう。
「トロっととろけるチーズにぶっかけようとも、十分誤魔化しの効く範囲内に収まる。そしてメニュー表には、他にもチーズカレーやチーズハンバーグなど、チーズのかかった料理が目立ったよねー。」
……さっき出来たばっかの楽しみがもう消えた。
いや、ほんと危ねぇ‼
「だから、君が今囲んでいる料理は基本的には大丈夫なのさ。安心してお食べ。残したら作ってくれた人に失礼だよ?」
「いえ……。」
ぶっかかっていないだけで、このハンバーグにうんこが混じっていない確証がほとんどないんだが⁉
好物が減ってしまいそうなんだが⁉
「ハンバーグもカレーも、もうここで食えねぇよ……ちくしょう。」
ん?
誰に言うでもなく一人呟いた時、そういえばと思い出す。
嵐山、カレーを注文してたよな?
さっきから声を聞かないが、気分悪くなって黙りこくっちゃったか?
少し心配になり、スカしたイケメンを横目で見る。
「………どうした?」
食堂に用意されていたティッシュペーパーで口元を拭く嵐山。
驚くことに、こいつはカレーライスを完食していた!
どんな神経してやがる。
「どうした、じゃねぇよ! お前、今の話聞いてよくそんな涼しい顔でカレーたいらげられるな!」
「なにがだ?」
露骨に五月蠅そうに、面倒くさそうに顔を背けてくる。
「なにがだ、じゃねぇ! カレーだってうんこだろうが!」
「カレーはうんこじゃねぇよ!」
瞬時に振り返ってくる嵐山。
めっちゃ睨んでくるじゃん、こいつ。
「あっははー。」
心底楽し気に先生は笑う。
「二人とも、本当に仲良いよねー。」
「どこがですかっ! あっ!」
俺と嵐山、全く同じタイミングでハモって気付いて目を逸らしてしまった。
「そういうところ~」
いやらしく口角を吊り上げて、先生が両手で指さしてくる。
ぐ……不覚。
「……というか、先生。そろそろ本題に入ってくださいよ。先生がここに来た時点で、用件がなんなのかはわかってるんですから。」
嵐山がすぐに話題を切り替えた。
用件?
そういや、さっきもそんなこと言ってたな。
「あ、そうだったそうだった。実は僕、二人に話があって来たんだよー。」
先生が、思い出したように人差し指を立てる。
二人ってことは……俺にも関係のある話ってことか?
「なんなんですか? 話って。」
「うん、それなんだけどね———」
先生は、一度開けた口を一旦閉じ、捕食活動を既に諦め、止まったままの俺の手を見る。
「あー…でも、神室君が食べ終わってからにしようか。長くなるかもだし、食事中に話す事でもないしねー。あ、神室君は気にせずゆっくり食べてくれて大丈夫だよー。」
さっきの話は食事中にする話だったのか。
それとも、今からする話はより一層の……。
あ、もう駄目だ。
「いえ、もう用件の方を聞かせてください。」
今の想像で残された僅かな食欲も消え失せた。
さっさと話を聞いてちょっと休もう。
そして次からは、別の方法で食べ物を用意しよう……。
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