終末の天使

柳川歩城

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入学

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 祈がクネトコの家に来てから、丁度一週間ほどたったある日、リビングにて、クネトコが祈の前に学校の制服を持ってくる。

祈「…クネトコさん。これは?」

クネトコ「日本の学校の制服。一応サイズは合ってる筈だけど、もし違ったら行けないし一回着てみて。」

祈「いつのまに…でも、ここってスイスですよね?」

クネトコ「…そうだけど……あ、ごめん先に説明しなきゃだったね。」

 祈に指摘され、ハッとした表情を浮かべたクネトコは、ここまでの経緯と、どのようにして学校に登校するのかの説明を始める。

クネトコ「まずはこの制服について何だけど、やっぱり今の時代は学校に行っておく方がいいって判断してね。服のサイズは洗濯してる時に見て知ってたから、こっちで用意してたんだよ。」

 そう言ってクネトコは持っていた制服を祈に渡す。

祈「…綺麗……」

 元々行っていた学校の物とは違う制服だったが、とてもいい生地を使っているようで、見た目だけでその違いがすぐに分かった。

祈「クネトコさん…本当にありがとうございます…。」

クネトコ「全然いいよ~。当たり前の事だし。多分無いとは思うけど服のサイズが合わないとかあったら駄目だから、一回着てみてくれる?」

祈「はい…!」

 そう言って、祈は制服の試着のために自室に向かう。しばらくすると、制服を身につけた祈が階段を下りてきた。

クネトコ「お、いいね。似合ってるじゃん!」

祈「あ…ありがとうございます。」

 祈は少し頬を赤く染める。

クネトコ「?…大丈夫?熱があるのかな?」

祈「あ…いや…大丈夫です…」

クネトコ「なら良いけど…それじゃあ、どうやって学校に登校するかの説明を始めようか。」

祈「…はい。」

クネトコ「初めてこの家に来た時、何とか言うか、いつの間にか移動してたでしょ?」

祈「そうですね。」

クネトコ「あれ一応瞬間移動みたいな感じだから、それを使って日本に飛んで登校って感じかな。」

祈「なるほど…あれ?てことは…毎朝クネトコさんにくっつくことになるって事ですか…?」

クネトコ「ん?…まぁ、そうなる…かな?」

祈「………」

 祈の顔がみるみる赤く染まって行く。

クネトコ「え…ちょ…だ、大丈夫!?そんなに嫌だった?」

祈「いや…ちが…その……」

クネトコ「学校に行くのは祈自身だから、もし嫌ならあんまり無理しなくても良いんだよ?それにあの魔法は手を握るだけでも使えるし…」

祈「いや…その……」

 これ以上無いほど真っ赤に染まった顔をして、祈はクネトコに頭を下げる。

祈「お…お願い……します。」

クネトコ「わ、分かった…もし嫌なら無理はしなくて良いからね?」

祈「はい…頑張ります…」

 そう言って祈は駆け足で自室に戻り、ベッドに飛び乗って、枕に顔をうずくめる。

祈「(毎朝、クネトコさんと手を繋いで登校…)」

 祈の頭から湯気が出ているように見えた。



 赤面したまま悶絶していた祈は、しばらくして落ち着きを取り戻し、自分の元々通っていた学校について思い出す。

祈「(学校か…前は勉強ばっかりで、誰とも話したこと無かったな…)」

 家を出て、学校につき、机に向かって、授業を受けて、家に帰り、母と共に机に向かう。
 1日の時間のほとんどを勉強に使い、一瞬に満たない時間でさえも変化することの無かった日常を、少女は思い出していた。

祈「(友達…出来るかな…)」

 言葉に言い表せない不安感が、祈の心を支配する。あの日常の中で、自分にはなかった自由を持っていたあの子達は、ひどく輝いて見えていて、同じ場所にいるはずなのに、少女はその子達を自分とは遠く離れているように感じていた。

祈「(登校日は明日…嫌われないようにしなくちゃ…)」

 少女はその日の夜。不安に抱かれて眠りについた。





祈「準備…終わりました…」

 翼を出して待っていたクネトコに、祈は自身の準備が終わった事を告げる。

クネトコ「水筒はいれた?」

祈「はい。」

クネトコ「ハンカチは持った?」

祈「はい。」

クネトコ「忘れ物は何もない?」

祈「はい。」

クネトコ「よし!それじゃあ行こっか。」

 そう言って天使は自身の手を少女に差し出す。

祈「…お願いします……」

 そう言って少女は天使の手を握る。

 とたんに周囲の風景はぼやけ、気付いた時には見慣れぬ住宅街にいた。

クネトコ「あそこが祈の通う学校だよ。中に入ったら一旦職員室に行って。そうしたら先生に教室に案内してもらえる筈だから。」

 真っ赤になった顔を手で覆い隠しながら、祈はクネトコが指を指した方を見る。そこは、祈りの知らない学校。少女の新たな学びの場所だった。

祈「分かりました。それじゃあ、行ってきます。」

 そう言って祈が学校へと向かおうとした時、ハッとした顔をしてクネトコが祈を呼び止める。

クネトコ「あ!ちょっと待って!」

祈「?…なんですか?」

クネトコ「危ない危ない。危うく言い忘れるところだった。」

 そう言うと、クネトコは笑いながら祈に用件を伝える。

クネトコ「今日は祈の入学記念日だから、帰って来たらご褒美があるからね。それじゃあ、下校の時間までにはここにいるから、帰るときはもう一度ここに来てね。」

 用件を全て伝え終えた後、クネトコは自身の翼を羽ばたかせて、どこかに飛んでいった。

祈「(ご褒美って…いったい……楽しみ。)」

 帰った後のご褒美に胸を高鳴らせながら、祈は学校の正門をくぐり、運動場の前を横切って玄関を通る。そうして職員室の前に来た祈は、扉を三回叩いた。

美咲(みさき)「はぁい。誰ですか?」

 ガララっと扉が開かれ、祈の目の前に一人の女性教師が現れる。

祈「あの…私…中姫祈って言います…今日入学する人なんですけど…」

美咲「あぁ、話しは保護者さんから聴いていますよ。祈さん。私は田中美咲(たなかみさき)と言います。あなたのクラスの担任ですよ。これから一年間、よろしくお願いします。」

 目の前の担任は祈に優しく微笑みかける。祈は一旦、自分が悪く思われてなさそうなことに安堵した。

美咲「それじゃあ早速向かいましょうか!これからの、あなたのクラスへと。」

 そう言って、美咲は歩き始める。祈はそれに置いていかれまいと早足でついていった。



 クラスの前に着くと、まず美咲が教室に入り、今日の事について教室の生徒達に話し始める。

美咲「皆おはよう!早速だけど、このクラスに今日、転校生が来ます!皆、仲良くしてあげて下さい!」

 その衝撃的な発表に、クラスからははざわざわと話し声が聞こえてくる。
どんな子だろう? イケメンかな? 可愛い子かな? 頭が良い子かな?

美咲「それじゃあ、入って来てください!」

 そんな元気の良い声に促され、祈は教室に入って黒板の前へと立つ。とたんに、クラス全体の視線が祈に注がれる。

美咲「それじゃあ、祈さん。自己紹介お願いします。」

祈「あの…私…その…」

 生まれて初めてこれ程までに多くの視線を受けたことの無かった祈は、緊張から上手く喋れず口ごもる。

祈「中姫祈って…言います…良かったら…仲良くしてくれると…嬉しいです…」

 自己紹介が終わることには、教室は静まりかえっていた。祈は恥ずかしさのあまりその場から逃げ出したくなったが、何とかそれを堪えている。

美咲「祈さん。ありがとうございます。あなたの席はあそこですよ。」

 担任は席の場所を指差すが、同じような場所に空席が二つあっていまいち分かりづらい。

 祈がおろおろしていると、空席の隣に座っていた一人の少女が、ここだよ~と言う感じで手を振って場所を教えてくれる。祈はその子に促されるまま、その子の隣へと座った。

真奈「中姫祈ちゃん…だっけ?私は田中真奈(たなかまな)気軽に真奈って呼んで。これからよろしくね!」

祈「よ…よろしく。真奈…」

真奈「これから祈ちゃんって呼んでいい?」

祈「…分かった…真奈…」

真奈「やった!転校生の友達第一号だ!」

祈「!」

真奈「祈ちゃん。どうかしたの?」

祈「…なんでもない」

 担任が話しをしている間に行われる小声での会話。それは少しの罪悪感と共に、少女にこれからの友を与えてくれた。

 少女はこれまでと変わらず、学校で様々な事を学んでいく。だが今回は今までと違い、共に学ぶ仲間が出来た。その事実は、少女の進む未来に新たな道を作り出していた。
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