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終末の天使
しおりを挟む祈が家を去り十数時間後…
時刻は午後2時頃。美香子は住宅街の中のある一軒家に来ていた。
甘い樹液を得ようと集まる森の虫のように、その一軒家の周りには無数の人だかりが出来ており、ある者はスマホで周囲の様子を撮影し、ある者は背伸びをして少しでも立ち入り禁止のテープの奥のを見ようと試みている。
警察官「警部。こちらです。」
美香子を警部と呼んだ警察官は、彼女をその現場へと案内する。薄暗い家の廊下を抜け、少し古ぼけて軋んだ音を発する家の階段を上りきり、現場となっている部屋に入った時、最初に目に入って来たのは、これまで様々な事件を担当してきた彼女でさえも目を背けたくなるような、あまりにも凄惨な姿をした遺体であった。
ハエの飛んでいるその遺体の首から上は、既に存在しておらず、その断面からは頭蓋骨に繋がっていたであろう脊椎がその姿だけでなく、自らの断面を晒している。首から流れ出ていたであろう血液は、足元に広がる紺色のカーペットをよりどす黒く染め上げており、流された血液の多さが、この事件の残酷さを物語っている。部屋の周囲を見回して見ると、壁の至るところに何かどす黒いものがこびりついており、それが遺体を中心として、周囲に広がっていた。
美香子「こんな酷い殺され方をした遺体を、私は今まで見たことがない…誰がこんな酷いことを…」
言うなれば、その遺体は文字通り頭が爆発したような状態で死んでいた。いや、実際爆発したのだろう。そう考えない限り、この状況を説明する術など、どんな天才だろうと持ち得ない。
ある町で起きた母子殺人·誘拐事件。この家に住んでいた中姫祈が誘拐され、その母親は殺されたこの事件。今日の正午頃に近所の住人の通報により発覚し、今回彼女が担当することになった事件である。
美香子「…」
美香子は自身の奥底から、とてつもない怒りが、噴火直前の火山の如く沸き上がってくるのを感じた。このような残酷な殺し方をするようなやつは、とんでもない猟奇殺人鬼に違いない。子供にとって母親と言うのは、自身の心の拠り所であり、他の何にも変えがたい大切な存在だ。そんな存在を殺すだけでなく、その娘を誘拐するなど、なんとも鬼畜な所業だろうか。
もう、娘の方も助け出すことは出来ないかも知れない、だが、それでも彼女は、これ以上同じ犠牲者を出さない為にも、この事件を引き起こした外道を捕まえ、その悪事を白日の下に晒し、法によって裁かなければならない。
そう…決意した時だった。
警察官「警部。総監から今回の事件について連絡が来ました。」
美香子「な…総監から…?」
警視総監。それは、全ての警察官を統括する階級であり、国家公安委員会、東京都公安委員会、そして内閣総理大臣の承認によって任命される。まさに、警察組織の頂点に君臨する存在と言って良いだろう。
美香子は渡された電話を耳にあて、警視総監の話に耳を傾けた。
美香子「もしもし、こちら刑事課の美香子です。」
警視総監「君が今回の事件の担当かね?」
美香子「はい…そうですが。」
警視総監「…これは上官命令だ。今回の事件についての捜査の一切を今すぐ止めろ。」
美香子「………は?」
全ての警察の頂点に君臨する者から出てきたあり得ない一言に、彼女の思考は凍りつく。
美香子「ど…どういう事ですか!今回の事件を何の捜査も行わず迷宮入りさせろとでも!?また同じ事件が起きるのを黙って見過ごせとでも言うのですか!」
そう、彼女は捲し立てる。電話の奥からため息が聞こえて来て、警視総監から返ってきた言葉は…
警視総監「…この事件は迷宮入りだ。今すぐに、捜査の一切を終了しろ。」
美香子「な……」
彼女は再度反論を行おうとしたが、その時には既に、通話は終了していた。
街灯が辺りの暗闇の一部を照らす公園のベンチで、美香子は歯を食い縛り、鮮血のように赤くなる程に、自身の拳を固く固く握りしめていた。結局あの事件の捜査は打ちきりとなり、未解決事件として処理されることになった。遺体に関しては、日常の中で起きた不運な事故として処理されるそうだ。
美香子「………」
彼女は無力な自分を腹が立ち、あの事件の無念で自身を、そして、警視総監を呪っていた。何故、あの事件を起こした犯人がこの世の中に野放しにされていなければならないのか、これでは誰もが心に不安を抱えて生きていくことになる。弱者を守り、悪を裁くのが、自分達警官の勤めではないのか。と。
???「今回の事件に関しまして、心よりお悔やみ申し上げます。」
突然の声に驚き、彼女は声をした方向に急いで振り向く。そこには、しっかりとしたスーツに身を包んだ三十代半ばほどの、黒髪の男が立っていた。
ここで、私はある違和感を覚える。
美香子「何故…今回の件が『事件』だと、あなたはハッキリと言い切れるんですか?」
今回の事件は、事故として処理されたはずだ。一般の者が事件だと知っているはずがない。彼女は目の前の男を睨み付ける。
???「私には独自の情報網がありましてね。それで少し調べさせていただきました。確か…遺体は頭が文字通り爆発したかのような、不可解な死に方をしていたと、知り合いから聞きましたが?」
合っている。恐らくこの男の言っていることは本当の事であろう。事故として処理され、中姫一家に他に家族などはいなかった為、遺体の状態に関してなどは関係者以外誰も知らないはずだ。彼女が警戒して身構えると、男は突然、信じられない事を言い出した。
???「私は、例の事件の犯人を知っています。私と共に、その犯人を捕まえませんか?」
美香子「………は?」
突然の衝撃発言に、彼女は固まってしまう。だが、目の前の男は鋭い目付きで、変わらず彼女を見つめていた。
美香子「…いったい。それは誰なの?」
これまで多くの人物と対面してきた美香子は分かる。この男は嘘をついていない。この男の目は、嘘をつく人間とは違い、しっかりと彼女を見据え続けている。話を聞く価値はあるだろう。
一瞬の静寂が辺りを包んだ後に、男はその口を開き、ゆっくりと話し始めた。
???「あなたは『天使の制裁』と言う話を聞いたことがありますか?」
美香子「え…えぇ。」
『天使の制裁』それは今から約60年前程からこの世界全ての国から一切の戦争がなくなると言う不可解な現象が起因となって生まれて流行りだしたと言われている都市伝説である。
その内容は、ある時2つの国の間で大きな戦争が起ころうとしていたと言うものから始まる。
その2つの国は、国が出来たその時から中が悪く、以前から小競り合いを繰り返していた。
そんなある時、一方の国が作り出した武器により、もう一方の国が激怒して、2つの国は本格的に戦争になろうとしていた。
2つの国はそれぞれ大量の兵を出し、双方の軍隊は海上で衝突しようとしていた。
だが、2つの国が衝突しようとした。その瞬間、双方の軍隊が一瞬にして壊滅する。
唯一生き残った兵士の話によると、突然空から何かが飛来してきて、その場にいた全ての兵や戦艦、戦闘機を突如出現させた触手で貫き、破壊したらしい。
その何かは、闇のように漆黒に染まった翼を持ち、頭を上に輪っかが乗っている人ではない何か。まるで、神話に出てくる天使のような姿をしていたと、その兵士は語っている。
後に人々はその出来事を、『天使の制裁』そう呼ぶようになった。
美香子「だけど、それはただの都市伝説よ?それが今回の事件とどんな関係があるの?」
私の言葉を聞いた男は、突然不敵な笑みをその顔に浮かべる。
???「もしそれが…都市伝説などではなく。本当にあった出来事なのだとしたら…あなたは信じますか?」
美香子「…どういうこと?」
男はおもむろに街灯で照らすとこの出来ていない。この公園の暗闇を見つめる。そして、彼女の問いにゆっくりと、そして、先程までの真剣な雰囲気から変わり、実に楽しそうに答え始めた。
???「日本神話、ギリシャ神話、北欧神話、エジプト神話、中国神話、インド神話……。この世界のには古来より、様々な神話が登場します。」
ここで男は一息入れ、またその言葉を続け始める。
???「しかし、そんな古来より存在する神話、そして、この世界の、古来から現代に渡る歴史書。その全てに、例外なく、同じ姿で記された存在がいることを、あなたは知っていますか?」
彼女は男の話にしっかりと耳を傾け続ける。
???「古来。人間が存在するよりずっと昔。原人の時代や恐竜の時代よりも、ずっと昔から存在し、一つ一つの時代の終焉を見続けてきたとされる。1人の天使。」
ここで、男はその語気を強め、その存在について言及する。
???「人々は、その歴史の転換を、幾つものの歴史の終末を見届けてきた天使を、やがてこう呼ぶようになりました。"終末の天使"と。」
ここで、男は自身の話を区切り、再度彼女を見つめて来た。まるで、彼女が何かを聞くのを待っているかのように。
美香子「あなたは…何故そのようなことを知っているのかしら?それにもし、その都市伝説が本当だとして、何故その"終末の天使"がこの事件の犯人だと言いきれるの?」
彼女の問いに対して、男は一つ一つ丁寧に答え始める。
???「まずは何故私がこのような事を知っているのか、ですね。それに関しては詳しいことは言えないのですが…まぁ私の知り合いに国連に深く関わっている人がいますから、そういった世界によって揉み消された歴史を知る機会も少なくないのです。」
ここで男はまた一息入れて、再度答え始める。
???「次に、何故"終末の天使"がこの事件の犯人と言いきれるのか、ですね。それは今回の事件の遺体が神話に出てくる"終末の天使"の力を酷似しているのと、この事件が揉み消されたと言う2つの理由から、この結論に至りました。」
美香子「…」
???「まぁ、突然このように大量の情報を教えられ、大変困惑していることでしょう。でももし、あなたに"終末の天使"を捕まえる意志が、少しでもあるのであれば、明日の昼頃に、またここで会いましょう。それでは。」
そう言って男は暗闇の中に消えて行った。
恐らく世間一般的に、到底信じられるような話ではないだろう。だが、確かに今回の事件は現代の科学では説明出来ない様な不可解な部分が多く、そして、上層部の不審さも相まって、どうも本当のことのように聞こえてしまう。
彼女は周囲を暗闇に支配された公園の中心で、そう考える。私はどのような選択をすればいいのか。しばらくの間、その場から動けなかった。
次の日の昼頃、美香子が公園へ行くと、例の男が私を待っていた。男は私を見るに、笑顔を浮かべて彼女に話しかけてくる。
???「おお!決断してくれましたか!これはこれは、協力者が増えて大変嬉しいです。」
そう言う男の目を、些細な違和感すら見過ごすまいと、彼女は見つめる。
美香子「一つ聞きたい。」
???「?…何でしょうか?」
美香子「あなたは、どうして"終末の天使"を追っているの?」
彼女のその問いに、男は真剣な表情で、このように返した。
???「私が"終末の天使"を追う理由…ですか。まぁ言うなれば、人としての際限なき無限の知的好奇心…ですかね。」
嘘は…ついていない。双方この事件の犯人を捕まえたい。利害は見事に一致している。
美香子「…いいわ。あなたのその話に乗ってあげる。だけど、まだ完全にあなたを信用したわけではないわ。この事件の犯人。"終末の天使"を捕らえるまでの協力関係よ。」
そう言うと、男は微笑を浮かべ、彼女を仲間として迎え入れる。
直樹「それで全然いいですよ。私仲間になってくれて本当にありがとうございます。私は蒼川直樹(あおかわ なおき)と申します。これより"終末の天使"を捕らえるまでの間よろしくお願いしますね。真弓美香子(まゆみ みかこ)さん。」
これから、彼女は様々な出来事に巻き込まれるだろう。命の危機に晒されることもあるかも知れない。だが、もしそうだとしても、彼女は警察として、弱者を守る者として、この事件を解決しなければならない。
そう、心地よい春風の吹く大地の上で、彼女は決意した。
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