独身男の会社員(32歳)が女子高生と家族になるに至る長い経緯

あさかん

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第2章 独身男の会社員(32歳)が過労で倒れるに至る長い経緯

第6話「困惑の家庭訪問」―――姫紀side

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 吉沢姫紀よしざわひめき27歳、多胡中央学園タコガクで恭子たちのいる1年C組の担任を受け持ち、三十路前にして容姿端麗な女性。一見すると清楚で真面目一辺倒な人間に見えるが、化けの皮を一枚剥ぐとあっという間に性格が一変してしまう。担当教科は数学。


 彼女は学園業務が終わると、日誌を書いて次の日の授業のまとめを済まし帰宅の準備を始める。

 住んでいるのは一人暮らしのマンションで自炊が苦手の為、いつもは帰り掛けにコンビニに寄って帰るのだが、そこを通り過ぎたところを見ると今日は恭子の住む純一のマンションへ行くつもりなのだろう。

 頻度としては週2回程度。コンビニ弁当ばかり食べていた姫紀は恭子の手料理の味を占め何かと理由をつけて相伴に預かっている。


 普通なら本日もまたその目的であると考えるのが妥当であるが、この時の姫紀はいつもと違う様子だった。

 姫紀がインターホンを鳴らす。

「はい、今開けますから―――?」

 その音を聞いて玄関のロックを外し姫紀と対面した恭子は不思議そうな顔をする。

「あれ?先生。なんでスーツなんか着てんの?それにいつもだったらズカズカ入り込ん来るのに……」

 恭子の後ろからひょこっと顔を出した都華子も同様に少し困惑していた。

「神海さん、入ってもよろしいかしら?」

「え?はい。……吉沢先生、どうぞです」

 恭子は何か腑に落ちないまま、リビングへ姫紀を勧めた。

「ねぇねぇ、キョウ……先生なんか今日おかしくない?」

 恭子も都華子の言葉に対してコクコクと頷く。
 
「今日は家庭訪問ですので」

 都華子はヒソヒソと恭子に話していたが姫紀には聞こえていたようだ。

「いやいや、高校生にもなって家庭訪問はないよね先生。ってか、いつも来てんのにそんなの今更だし」

 都華子の反論に対して、一瞥するだけで姫紀は何も答えない。



「ちょうど晩御飯の準備をしていたんです。そろそろ吉沢先生も来る頃だと思いまして、多めに作っておいてよかったです」

 3人がリビングに場所を移すと、恭子はそう言って作りかけの料理を再開するためにキッチンへ向かおうとした。

「いえ、今日は食事は要りませんよ。業界ルールでは訪問先での施しを断らなければいけないらしいですからね」

「いや、だから、ウチの学園には家庭訪問なんてないから!!ってか業界ルールってなにさ!?」

 都華子はいつもと違う雰囲気になにか気まずくなっていたので、ツッコミにやたらと気合が入る。

「まあ、様式美とは時に必要なものなのよ。覚えておきなさい相葉さん」

 姫紀はそう言うと立ち上がって、勝手知ったる酒棚へと赴いてグラスと柚子コマ果実酒を取り出した。

「いやいやいやいや!先生、そこでお酒を取っちゃ全部台無しだよ!!様式美の欠片もないじゃん!!」

「これは施されているわけではないわ。所有者不在のため私が勝手に取ったのですから、業界ルールに反しているとは言えないでしょう」

 都華子はもうどこをどう突っ込んでいいのやらわからず「むむむ」と口籠ってしまった。

「あら、不在といえば保護者がおりませんね。……まあ、いいでしょう。本日は生徒である神海さんとだけの面談といたします」



 恭子は料理が完成すると、都華子と自分の分を取り分けたのちにどうしてよいか悩む。

 食事は要らないと姫紀に言われた手前、そのまま出すのも如何なものかと思い、とりあえず彼女の分は酒をツマミになるようなものだけを寄り分けて食卓へ運んだ。

 姫紀の不可解な言動とその様子に多少リビングは気まずい雰囲気が流れていたものの、食事の最中は他愛も無い話で事が進む。

 しかし都華子と恭子が食事を終えても、結局姫紀は出された料理を口にすることは無かった。


「それでは、落ち着いたところでお話をしましょうか。神海さん」

「あ……はい。わかりました」

 ひょっとしたら家庭訪問だなんて姫紀のお茶目な洒落だろうかとも思っていたが、料理に手をつけないところをみてもやはり何かあるのかと考え恭子は姿勢を正した。

「えーとぉ、私はどうしたらいいのかなぁ?やっぱどっか行ってたほうがいいよねー、えへへ」

 姫紀は立ち上がろうとしたり苦笑いになってモジモジしている都華子をチラッと見て答える。

「別にいいですよ、どちらでも。居たければそこにいなさい」

「じゃあ、ここにいます!」

 都華子はどうでもいいみたいに言われたような気がして、開き直ったのか改めてドカッと腰を下ろした。



「それでは……そうね、まず、こちらに来て半年ほどになりますが今の暮らしは神海さんにとって幸―――充実しているかしら?」

 ”幸せ”と言おうとするも、姫紀は寸前で言葉を選んだ。

「はい。おじさんにはとても良くしていただいて、私にはもったいないくらい、充実した日々を……」
 
 恭子はそう言いかけたが、静かに首を振る。

「吉沢先生。私は今の自分を幸せだと……思って、います」

「ここにはとっちゃんもいますし、それに吉沢先生も、他にもおじさんの会社の方……直樹さんやなっちゃんさんも私の心を支えてくれています。……でも、やっぱりおじさんがいて、私に居場所と私自身を取り戻してくれたおかげで、私はそう感じるのだと思います」

「……そう、それはよかった。本当に」

 幸せ、短期的に見ればそうだろう。幸福論とは何かと比較して論じるものだ。なにせ恭子はあの叔母の家で半年もの間、深い闇に堕ちていた。今の暮らしと比較すれば幸福度の振れ幅は大きく動いていよう。

 しかし、長期的にみればどうだろう?両親を失ってまだ一年足らずだ。決して幸せと言えないのではないだろうか。

 姫紀はそれを知っていた。

「そしたら……あの叔母―――で過ごした半年間はどうだったのかしら?」

「先生!!」

 都華子が姫紀を制する。都華子も同様にその質問がどういうものなのかを理解しているからだ。

「とっちゃん、私は大丈夫だよ」

 恭子は都華子に向い優しく微笑む。

 普段は心を許している親友に対してさえ敬語を使う恭子であったが、この時の語り方は自分と向き合うことを言葉にするという決意の表れでもあったのだろう。

「私はあの時の、半年間の暮らしがあったからこそ今の自分があると思うんです。あの小さな部屋の中で、深い深い闇の中で

「おじさんがすぐに、あの家に行く前に私を引き取ってくれていたとしたら、私は両親が他界したことをを受け入れるのにもっと時間がかかったと思います。ここにいても、おじさんになんで私は不幸なのだろうと泣きついていたのだと思います」

「私にとってあの半年間があったからこそ、今の私が不幸ではなく幸せなんだと感じることができるんです……だから、ですから吉沢先生、そんなに心配そうな顔しないでください」

「私が神海さんを心配?……そんな顔している風に見えたのなら、それは違うわ。だって今日、私は、先生は、貴女にもっと酷いことを言いに来たのだから」

 酷いことを言うために苦しそうで悲しそうな顔をする。それは誰にとっても理不尽な理屈であった。

「神海さんは此処が砂の上に建っている城なのだと理解ルビっていて、それでも幸せだと言っているのかしら?それとも、それすら理解わからない子供だとしたら、私は更に厳しいことを言わなければならないわね」

 都華子はその言葉に対して姫紀を鋭く睨み、恭子は顔を曇らす。

 それはお互い姫紀が言わんとしていることを理解している、その証明でもあった。

「……違う、違うわ。ごめんなさい。私が間違っていたわ。それに関しては

 姫紀は深々と頭を下げる。

 そして、三者三様それぞれに言うべきことを頭の中で思い描いてはいたが、それを言葉にすることは叶わず、暫しの静寂が流れた。


「神海さん、ひとつだけお願いをしてもいいかしら?」

 恭子は姫紀の急に切り出した言葉にハッと顔をあげる。

「は、はい。なんでしょうか」

「……踊り、見せて」

 恭子と同時に都華子も併せて「「えっ!?」」と、反射的に声が出た。

「ミスコンでダンスを披露するのよね?見せて欲しいの」

「で、でも……まだ練習中ですし、それに……」

「途中まででも構わないわ。本当に、お願い」

 恭子と都華子はお互い顔を見合わせる。

 今日の姫紀は最初からどこか変であったが、今は更に神妙な顔をして懇願しているところをみると、2人にはただの興味本位のお願いとは思えなかった。

 2人は前を向いてコクリと頷いた。



 リビングのテーブルを退けてスペースをつくり、オーディオデバイスをスピーカに繋げて準備は完了した。


 ミュージックが再生され、流れる音と共に一人の少女が舞った。

 
 軽快かつダイナミックでありながらも、足音ひとつ立たない繊細な踊りが目前の女性を魅了する。


――――時に笑って、時には泣いて
 
 ――――いずれ別れの来る日が来ようとも
  
  ――――それでも、決意は此処にあるのだから
   
   ――――涙は捨ててしまおう、笑顔でサヨナラの約束を




 パチ、パチ、パチ。

 姫紀から発せられる拍手の音。

「すみ、ません。……まだ、完全には覚えて…なくて」

 恭子は呼吸を整えながら姫紀に話す。

「いえ、とても素晴らしいわ。本当に美しくて、見事としか言いようがありません」

「それに相葉さん、貴方の考えた振り付け流石ね。ベストフレンズプレミアムの曲に凄くマッチしてた」

 姫紀にそう言われた2人は、なんだか物恥ずかしくなってしまう。

「お世辞じゃないの。本当に素敵だったのだから照れる必要はないわ、堂々としていなさい」

 姫紀はそう言うと両手のてのひらを自分の顔に当てる。


 そしてそのまま数秒のあとに、スッ立ち上がった。

「それでは神海さん私はこれで失礼します。……神海さん、これからも色々あるでしょうけれど―――必ず強く生きてください」

 
 姫紀はそう言うと、踵を返し玄関のほうに向かっていく。

 「ちょっ、ちょっと!吉沢先生!姫ちゃんってば!」

 玄関の扉を開けたところで姫紀は都華子に止められる。

 都華子としては呼び止めてしまったものの、言うべき言葉が見つからない。

 ただこのまま姫紀が去るということに、どこか不安を感じていた。

「え、えと。あの曲、ほらベスプレっていう曲。おじさんが踊ったハピバルと同じ人の曲なんだけど、姫ちゃんも知ってたんだねー……あはは」

 振り返った姫紀に何か言わなければと慌てて出た都華子の言葉は結局他愛もない話。


「知ってるも何も……それ、私が作詞作曲しましたから」

 姫紀はそう言い放って、今度こそ外へ出る。


 そして、星空を見上げて呟いた。

「それでも、此処に決意があるのだから―――か」



 ちなみに一方、都華子はと言うと……

「ほ、ほえー。姫ちゃんってネットで有名な化け猫Pだったんだぁー」


 シリアスな場にそぐわない、なんとも間の抜けた声でぼやいていた。
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