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第2章 独身男の会社員(32歳)が過労で倒れるに至る長い経緯
第5話「デスマーチの休息、来たるメッセージ」
しおりを挟む午後1時を過ぎたあたりで、気力体力共に全快した夏海が会社に戻ってきた。
そして夏海が引っ提げてきた大量で豪華な恭子作の料理の差し入れは、部署内の連中が再起する着火剤となる。仕事に目処が付かず昼休みがコケていたのでタイミング的にも申し分ない。
「先輩方!これは恭子ちゃんの愛ッスよ!!心して食べるんスよ」
何段にも重なってパーティー用の寿司パックに詰められている手料理は、揚げ物やソーセージにおにぎり、サンドイッチなどと、彩豊《いろどりゆた》かでバラエティに富んでいる。
職場内の空いたスペースに設置された折りたたみ机の上にそれらが並べられると、ほぼ気力を失いかけていた奴らも興奮してなのか、提供者が此処に居ないのにも関わらず恭子コールが鳴り響く。
「どりゃー!恭子ちゃんの愛は俺のものだー!!」
紙の取り皿と割り箸を片手に最前列へ並んでいた部下の一人が、仮眠室で転がっていたはずの直樹にタックルされ弾き飛ばされた。
どうも恭子の愛の匂いは距離が離れていても伝わるらしい。
まあ俺はいつでも恭子の料理にありつけていることだし、今日の恭子の愛は皆を優先してやろう。
そう思って俺は最後尾へと並ぶ。
「……おい」
「あー、もう無いッふね」
夏海がモグモグと食べながら覗き込んで平然と述べる。
いざ俺が料理を取ろうとするときには見事に何も残っていなかった。
辛うじて空箱の側面にくっついていたサンドイッチからはみ出したのであろうレタスを齧りながら俺は切なさを噛みしめる。
別にいいもんね。恭子の料理なんて俺はいつだって食えるし!
でも、明らかに2回並んでいた直樹だけは絶対に許さん。
恭子の真実の愛が功を奏してか、午後からの仕事はとても捗《はかど》っていて、進捗的にも順調この上ない。
長期的なデスマーチにおいて、一つの山場を越えたといってもいいだろう。
そこで俺は夕刻に「本日は20時をもって一旦、全ての業務を停止させる」と部下の全員に今日は帰宅するよう発布した。
理由としてはこのところ入れ替わり立ち代わりで皆の泊まり込みが多かったのでどこかで一斉にリセットを掛けたかったのもあるが、実のところ作業の進捗に対して俺のチェックが追い付いていないという側面も大きかった。
19時半頃になると体力が残っている奴らは「久々に飲みに行くかー」と退勤後のことを相談しあったり、「俺は寝る、とにかく寝る」と切実な欲求を公言したりと、全体的に作業の締めに入っている。
そして20時を過ぎた頃には、部署内には帰り支度をしている数人がチラホラしている状態になっていた。
「よっしゃー、俺は終わったんで帰ります。といっても自宅じゃないですけどね。このところ会ってなくて放置しちゃってるコレがコレなんで」
直樹が小指を立てたのち、次は人差し指で頭の上にツノをする。
お前はいつの時代の人間だ?
つまりは彼女がカンカンらしい。
「ところで、ナベさんは帰らないんで?もう他の奴らはとっくに帰りましたよ」
「俺も一日家を空けているし帰るつもりだったが、明日の夜に急な用事が入ってな」
俺の予定では今日は家に帰って明日泊まり込みで翌々日分の手直しリストの確認を行うつもりであったが、それを前倒しでやらねばならなくなったのだ。
「そういうことで、今日も会社に泊まることにしたよ」
「それはご苦労なこってすね。ではお先に」
直樹から『俺も手伝いますよ』という声があがらなかったところをみると、どうも俺の教育が行き届いてなかったようだ。
いいさ、別にいいさ。一人淋しく仕事してやる。
ちなみに急に入った用事とは、先ほど俺のスマホに届いた恭子の担任である姫ちゃんからの一通のメッセージによるものだ。
『現在家庭訪問でご自宅に伺っておりますが、保護者の渡辺さんは不在のようですので別途改めてお話ししたく存じます。そこで明日の夜は必ず時間を空けておいてください。面会場所はこちらで指定いたします』
突っ込みどころ満載のメッセージだった。
家庭訪問なんて聞いてねえし。
ってか、そもそもいつもウチに入り浸ってんじゃん。
んでもって、面会場所を指定するってウチじゃ駄目なん?
まあ、今日は姫ちゃんもウチのマンションにいて、恭子もひとりじゃないみたいだし、安心して泊まり込みできるからいいんだけどな。
「あー、昼の恭子の手料理、俺も食いたかったー」
既に誰もいない夜の職場で、俺の声だけが淋しく響いていた。
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