40 / 110
第3章 独身男の会社員(32歳)が長期出張を受諾するに至る長い経緯
プロローグ「少し未来のことと、4年前のことと」
しおりを挟む新たに年が明けてから早々に俺は部長に呼び出され、九州への転勤を言い渡された。
様々な思いが脳内を駆け巡る。
部長が退室してから、既に1時間は経つだろうか?10畳あるかないか程度の小さな会議室に一人ぽつんと、椅子から動けずにいた。
本来なら、人事上の件に対するやりとりは直属の上司である課長と行われるが通例であるが、そこを飛ばして部長が直接、辞令の内定を持ってくるのは異例の対応であり、すなわち拒否権や個人的な意思の有無などが介入する余地のない、企業内における重要決定事項なのだ。
「―――まいった、なぁ」
落とした肩があがらない。
九州支社の立て直し計画の一環による人事異動の枠組みの一つ。どうやら、我が社の会長直々の勅命であったようだ。
会長といえば、いつもあの時のことを思い出す。4年前のことだ。
俺の所属するチームの解散危機のこと……いや、その頃まだあの人は社長だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「お願いします!!チームの解散は待ってください!!」
あの日、俺は役員会議を行っている部屋に飛び込んで大声をあげたんだ。
場違いなのは重々承知だったが、それでも談判せずにはいられなかった。
「誰だ貴様は!大事な会議の途中だぞ、すぐに出て行きなさい!!」
「その件は決定事項だ。既に関係者各位も了承済みで損失の計上も終えてある。お前ごときの若造の進言で覆るものではない!!」
その場にいた役員たちが様々に俺へ罵倒を言ったり、退室を命じられたりするのが当然なことはわかっていた。
それでも、引くに引けなかった。
このままチームが解散され問題調査が進めば、非正規社員のあいつは確実にクビになる。
「チャンスを下さい! 1週間……いや、3日でいい!!開発を継続する挽回のチャンスを下さい!!」
食い下がる俺に、俺が立っている扉に近い場所に座る役員のひとりが苦々しく首を振って立ち上がろうとする。俺をつまみ出そうとしていたのだろう。
「お願いします!!おねが―――」
その時だった。
「待て、種﨑常務」
俺から見て一番遠い場所に座る人がそれを制止した。
「そこまで言うならば、お前に3日やろうじゃないか」
「社長!!あの件は役員会でも満場一致で決定された事項ですよ!?」
隣の専務か副社長だかが驚いていた。
「上司も通さず直談判しに来た、常識知らずな下っ端の一社員に翻意されるおつもりですか?」
社長と呼ばれている人は反論している役員を見ずに俺を見て話しているような気がした。
「別に彼らに3日与えたところで、結果は何も変わらんよ。役員会での決定に変化があるわけで無し、これ以上損害が増すこともなかろう」
そして、その人は続けてこう言ったんだ。
「正直、儂はお前の名前も知らんが、無様に大きくなってしまったこの会社にも、まだこの様な面白い奴が残っているとは思わなかった。それに免じて今、3日の猶予を与えた。おい小僧、その貴重な時間を使って、まだこんなところで油を売っているつもりか?」
俺はお礼の言葉も忘れて慌ててその場を立ち去った。
結果的にいうと色んな人の助けもあって、メイクミラクルを繰り返し大逆転に成功した。チームは存続、開発は成功、損失は反転して多額の業績に至った。
しかし、3日どころか1週間後にも問題の糸口は見つかっておらず、結局のところ解決の兆しが見え始めたのはあれから2週間ほど経ってのことだったのだ。
約束の3日の後も活動を止められることがなく静観されていたのは、何らかの大いなる力が働いていたのだろう。
後日、俺は匿名で屋上に呼び出された。
「やったな、小僧」
そこで待っていたのは両手に缶コーヒーを持った社長。
いつもは専属の秘書に最高級のドリップを入れさせているような身分の人間なので違和感しかなかったが。
「有難う御座います。……自分は小僧じゃなくって、渡辺です」
俺は照れ隠しもあって、缶コーヒーのお礼のあとに自分を名乗る。
「そうか、渡辺というのか。あれからは”あの男”と言っただけで通じるもんだから、名前を調べる必要も無かったわい」
そして、社長は自分の分の缶コーヒーを旨そうに飲み干す。
「儂とこの会社は今回の件でお前に結構な借りを作ったことになる。何かあれば遠慮なく言ってくると良い」
「恐縮です」
社長は俺の肩にポンと手を置いた後に屋上から去ろうとしたが、扉を開ける直前に思い出したかのように振り返った。
「……だが、儂も役員共が反対するなかでお前にチャンスをやったんだ、少なからず貸しがあることも忘れるなよ」
ニヤリと笑う社長の笑みが、未だに俺の記憶の片隅に焼き付いている。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。
亜瑠真白
青春
「このことは2人だけの秘密だよ?」彼女達は俺にそう言った―――
高校2年の鳥屋野亮太は従姉に「とあるバイト」を持ちかけられた。
従姉はメイドカフェを開店することになったらしい。
彼女は言った。
「亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。一人につき一万でどうだ?」
亮太は学年の三大美少女の一人である「一ノ瀬深恋」に思い切って声をかけた。2人で話している最中、明るくて社交的でクラスの人気者の彼女は、あることをきっかけに様子を変える。
赤くなった顔。ハの字になった眉。そして上目遣いで見上げる潤んだ瞳。
「ほ、本当の私を、か、かかか、可愛いって……!?」
彼女をスカウトしたことをきっかけに、なぜか「あざと系美少女」や「正体不明のクール系美少女」もメイドカフェで働くことに。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ぼっち陰キャはモテ属性らしいぞ
みずがめ
ライト文芸
俺、室井和也。高校二年生。ぼっちで陰キャだけど、自由な一人暮らしで高校生活を穏やかに過ごしていた。
そんなある日、何気なく訪れた深夜のコンビニでクラスの美少女二人に目をつけられてしまう。
渡会アスカ。金髪にピアスというギャル系美少女。そして巨乳。
桐生紗良。黒髪に色白の清楚系美少女。こちらも巨乳。
俺が一人暮らしをしていると知った二人は、ちょっと甘えれば家を自由に使えるとでも考えたのだろう。過激なアプローチをしてくるが、紳士な俺は美少女の誘惑に屈しなかった。
……でも、アスカさんも紗良さんも、ただ遊び場所が欲しいだけで俺を頼ってくるわけではなかった。
これは問題を抱えた俺達三人が、互いを支えたくてしょうがなくなった関係の話。
【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。
エース皇命
青春
高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。
そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。
最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。
陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。
以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。
※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
※表紙にはAI生成画像を使用しています。
ほのぼの学園百合小説 キタコミ!
水原渉
青春
ごくごく普通の女子高生の帰り道。
帰宅部の仲良し3人+1人が織り成す、ほのぼの学園百合小説。
♪ 野阪 千紗都(のさか ちさと):一人称の主人公。帰宅部部長。
♪ 猪谷 涼夏(いのや すずか):帰宅部。雑貨屋でバイトをしている。
♪ 西畑 絢音(にしはた あやね):帰宅部。塾に行っていて成績優秀。
♪ 今澤 奈都(いまざわ なつ):バトン部。千紗都の中学からの親友。
※本小説は小説家になろう等、他サイトにも掲載しております。
★Kindle情報★
1巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B098XLYJG4
2巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09L6RM9SP
3巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09VTHS1W3
4巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0BNQRN12P
5巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CHFX4THL
6巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9KFRSLZ
7巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0F7FLTV8P
Chit-Chat!1:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CTHQX88H
Chit-Chat!2:https://www.amazon.co.jp/dp/B0FP9YBQSL
★YouTube情報★
第1話『アイス』朗読
https://www.youtube.com/watch?v=8hEfRp8JWwE
番外編『帰宅部活動 1.ホームドア』朗読
https://www.youtube.com/watch?v=98vgjHO25XI
Chit-Chat!1
https://www.youtube.com/watch?v=cKZypuc0R34
イラスト:tojo様(@tojonatori)
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる