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第3章 独身男の会社員(32歳)が長期出張を受諾するに至る長い経緯
第4話「恭子の部屋と思い出の味」
しおりを挟む恭子は俺が倒れたあの日から、定期的にちゃんと寝ているかどうかの見回りに来る。
まるで修学旅行中の学生の気分だ。
しかしいつもの時間になっても忍び寄る気配を感じないので、今日は来ない日かもしれない。
ん?ああ、そうか。恭子は期末テスト期間中だった。
俺の学生時代は恭子ほど勉強はできなかったし、恭子ほど勉強もしなかった。それでもテスト前くらいは握り飯を齧りながら一夜漬けをしたもんだ。
あいつも成長期真っ只中の若人だ、腹が減ってやしないだろうか?
23時を過ぎた時間に俺はベッドから出て、キッチンに向かう。
料理という料理ができない俺だが、唯一作れるものがある。就職が決まってこの町へ引っ越しする際に恭子の母親である咲子さんから『毎日炊事しろとまでは言わないけど、ひとつくらいは作れるようになりなさい』そう言われて教えられた。
材料が揃っていればいいんだが。
麺はあった。白菜も豚肉もある。ネギは刻んだ状態でタッパーに入っており、まるでおあつらえ。調味料の類も恭子にキッチンを任せっきりだった所為で探すのに少し苦労したが必要なものは全て揃っていた。
そして脳内に保存してあるレシピ通りそれらを順番に土鍋に入れて煮込む。最後に卵を落として完成だ。
俺は恭子の部屋の扉を数回ノックする。もしかしたら寝ているかもしれないので力加減は配慮した。
「えっ?おじさんですよね?今開けます!」
俺が夜に訪れることなんて滅多にないので恭子は少し驚いたのだろう、それが扉越しの声に感じられた。
空いた扉の隙間から見えた机の上のノートや教科書から、起こしてしまったわけではないようだと少し安心する。
「何かあったんですか?」
軽く首を傾げて俺の顔を覗き込む恭子。
「ええと、あれだ……ちょいと小腹が空いてな……」
「あっ、はい。それなら私、何か作りますね」
違う違う、俺の言い方が悪く勘違いさせてしまう。
「いや、それなんだが、たまには自分でと思って。それで俺が作ったものでなんだけど……恭子もテスト勉強でお腹が空いていて、もしよかったらと思ってな」
妙な緊張感もあってか、うまく言葉が並べられない。
「えっ?……おじさんが、です……か?」
余計なお世話だっただろうか?狐に抓まれたような顔をする恭子の反応から不安な気持ちもあったが、その瞬間わっと綻ぶ柔らかな笑顔に俺は来てよかったと心底喜んだ。
「嬉しいです。私のために……なんて……本当に嬉しいです」
そう言って恭子は部屋から出ようとするが、俺は手の平を前に出してそれを止める。
「勉強中なんだろ?ここに持って来てやるからさ」
すると恭子は無言で俯いた。そして暫し静寂の後、顔を伏せた状態のまま―――
「あの、もし、……もしよかったらですけど、……おじさんもここで……食べ……ませんか?」
いつ以来だろう。まともにこの部屋に入ったのは、恭子の誕生日に勝手に忍び込んだ時が最後だったかもしれない。
俺は若干ソワソワして周りを見渡す。俺が必要最低限に揃えた家具のままの極めてシンプルな部屋づくりだったが、小さなぬいぐるみやファンシーグッズなどが置いてあり女の子らしい空気がここに存在していた。
確かあれは夏海が好きなキャラクターだ。貰い物なのだろうか。恭子は自分の好きなものをちゃんと買っているのだろうか。そんなことばかりに気がいってしまう。
「おじさん、いただきます」
「ああ、冷めないうちに食ってくれ。味は期待されたら困るけどな」
膝が入る程度の足の低い小さなテーブルに向かい合い座っている俺と恭子。
食べる姿を眺めるのはマナー違反とわかっていながらも、控えめに麺を啜る恭子へ自然と目が向かう。
「あ……この鍋焼きうどん……お母さんの味―――」
思い出して悲しくさせる懸念もあったにはあったが、正直それほど心配してはいなかった。
だって、ほら。恭子の顔をみれば思い出は悲しさより嬉しさの方が勝っているんだってわかるから。
俺もそんな恭子を眺めながら箸を口へと運ぶ。
うん、ちゃんと咲子さんの味だ。
お互い食べ終わってからも、しばらく俺たちは色んなことを話し込んだ。
昔のこと、今のこと、学校のこと、これからのこと、テスト開けの餅つきのことや正月のことまで、お互い話題が尽きることはなかった。
そして、これからもいつまでもこんな日が続いて欲しいと思っていた。
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