45 / 110
第3章 独身男の会社員(32歳)が長期出張を受諾するに至る長い経緯
第5話「木下直樹の怒号」
しおりを挟むそれは会社の昼休みがあける直前のことだった。
それまで同僚同士の私語もあって和気あいあいとしていた職場内は直樹の怒号により瞬時にして静まり返った。
「安武ェ!!ちゃんと見直しとけっつっただろうが!!もし俺が気づかずにそのまま作成へ通っていたらどんだけのロスになってたかお前はわかってんか!!」
まあ、仮に直樹が気がつかなかったとしても俺がちゃんと確認するから大丈夫だけどな。
「す、スンマセン……」
安武が真っ青な顔をして俯いている。体育会系のごついガタイも肩を落とすと心なしか小さく見えた。
「スンマセンで済んだら誰も残業しねぇで済むんだよ!!」
怒りの所為か若干日本語が怪しくなっているな。
更には近くにあったパイプ椅子を蹴り飛ばす始末。
あーあ、椅子のパイプが曲がっちゃったじゃねえか。直樹こそ総務の姉ちゃんに怒られるのが俺だというのがわかっているのだろうか。
シンとした職場の中で2人が注目を集めているのは無理からぬことだろう。あの直樹が豹変しているからだ。
―――木下直樹
年は姫ちゃんの一つ下、26歳。スラっとした体で背が高く茶髪の2枚目なのだが、軽いノリと女好きの性格からチャラいイメージが拭えない。しかし後輩の面倒見も良いしヤル気を出せば仕事はできるので、俺は若手のリーダー格に育てるべく育成強化人材として人事にも提出していた。
今まではいつもノホホンとしていた直樹だが、デスマーチが終えた頃からだろうか、特に仕事中においては今回のように今まで見せていなかった一面をチラホラ見せるようになっていた。
一面っていうか、お前そんなキャラだったっけ?というレベルである。
そんな直樹をみてオロオロしていた夏海あたりも流石にヤバいと思ってか、止めに入ろうとしていたのだが、俺は彼女の腕を掴んでそれを制止する。
「渡辺サン……ほっといていいんスか?あれじゃ安武サンが……」
夏海の気持ちもわからんではないが、たとえ誰が止めに入ったとしても、今のタイミングだったら直樹の顔が立たない。その上それが安武よりも年下の夏海がいけば更に安武に惨めな思いをさせることだろう。
今は静観するしかない。フォローするにしても落ち着いた後あいつらが別々の時に別々に行うのがベターなのだ。
「まあ多分大丈夫さ、夏海」
「そう……だといいんスけど」
夏海は納得していないようだったが、渋々自分のデスクに戻っていった。
俺とて、ただ後輩を怒鳴り散らすだけの男を将来のチーフに推薦したりなんかはしないし、今までそんなやり方を教えていたつもりもない。あいつはその先のことまでちゃんとできる奴だと信じている。
まあ、デスマーチ終盤に俺が仕事を自宅へ持ち帰ったのが直樹へバレた時以来、あいつ俺の言うことをあんまり聞かなくなってきていたので、今はどの道、静観するしかあるまい。
それからというもの昼からの業務は静かな中で皆淡々と行っていた。安武なんかは叱られた後だったこともあってか、いつも以上の真剣さだった。
あえて安武のことを言っておくと、あいつは確かにちょいちょいポカをやらかすが、この部署に来てから欠勤したところを見たことが無いし、仲間が不調なときは進んでバックアップするような真面目で誠実な男なのだ。
それを直樹がわからないはずはない。
午後の仕事も終え、みんな帰り支度を始めていると未だ腑に落ちていない夏海が俺に声をかけてきた。
「本当に大丈夫っスかね?渡辺サン」
本当に心配性だな、恭子に感化されたのだろうか。
俺は夏海の問いかけに対して顎をクイッとして同じく帰り支度をしていた直樹たちの方へ向けた。
「オイ、安武。帰りちょっと付き合えや」
「……ウス」
安武はまた怒られるのではないだろうかと多少ビクつきながらも直樹の後を追って職場から出て行った。
夏海はそのやり取りに対し最初は怪訝な顔をしていたものの、暫くすると顔がパァっと明るくなって事の真意を理解したらしい。
ちなみに俺は、ちょっと前にバツの悪そうな顔をしたアイツが俺に金を借りに来たので知っていたんだけどな。
「2人で呑みにでも行くんスかね?」
給料前に怒鳴り散らすなんて、まだまだアイツも腕が甘いってもんだ。
俺はちゃんと2人分の金を貸してやった。
あいつがそういうことを出来る奴だということを俺は知っていた。
知ってはいたのだが……俺はどうしても、直樹がまるでどこか生き急いでいるといったような、そんな予感に似た印象を拭いきることが出来なかった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。
エース皇命
青春
高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。
そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。
最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。
陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。
以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。
※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
※表紙にはAI生成画像を使用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる
グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。
彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。
だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。
容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。
「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」
そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。
これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、
高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。
S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…
senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。
地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。
クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。
彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。
しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。
悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。
――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。
謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。
ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。
この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。
陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている
甘酢ニノ
恋愛
クラス一の美少女・強羅ひまりには、誰にも言えない秘密がある。
実は“売れない地下アイドル”として活動しているのだ。
偶然その正体を知ってしまったのは、無愛想で怖がられがちな同級生・兎山類。
けれど彼は、泣いていたひまりをそっと励ましたことも忘れていて……。
不器用な彼女の願いを胸に、類はひまりの“支え役”になっていく。
真面目で不器用なアイドルと、寡黙だけど優しい少年が紡ぐ、
少し切なくて甘い青春ラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる