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幕間1 回想録 姫ちゃんが渡辺純一を好きになるに至る長い経緯―――姫紀side
第5話「ファーストコンタクト」
しおりを挟む「姫紀センパ―――じゃなかった、吉沢先生!お電話です」
昼休みに職員室で5時限目の授業の準備をしていると、机が少し離れた場所にある野々村先生から大声で呼ばれた。
「どなたからかしら?」
受話器を手に持っている野々村先生のところへ歩いて行きながら私は尋ねる。
「えーと?あれ?むむっ?あはは……ちょっと待っててくださいッ」
相手の名前を聞き忘れたのか、聞いたけど忘れてしまったのかはわからないが、再び受話器を自分の耳に当てようとする素振りを見るからに、この子は電話相手に名前を聞こうとしているに違いない。
「もういいですから、代わってください」
「あっ、はい……」
私の恩師で担任でもある、あの野々村先生のお孫さんとは思えないあわてんぼうぶりだ。
先生から振る舞いや社会常識的なものを学ばなかったのだろうか?
ああ、そうか。先生は私の所為で北海道に飛ばされたから、この子と一緒に過ごせる時間は限りなく少なかったはずだ。
私に余裕ができたら必ず仕込んでみせますから、もう少しだけ待っていてください先生。
そう心に誓いながら受話器を受け取ったのだが、保留ランプすら点いていないことに気づいた私は、早々にも先ほど立てた誓いが守れる自信を無くしそうになった。
「お待たせしました。吉沢です」
『あの……神海恭子の保護者の渡辺と申しますが、お忙しいところ申し訳ありません』
ゾクッ―――
頭のてっぺんから足の指先に掛けて、ズドンと稲妻なような衝撃が私の体を突き抜ける。
予期せぬ事態。
なんの覚悟も、心の準備もないままに訪れた”ハジメマシテ”。
本当なら編入手続きの時に挨拶に来るとのことを直樹から聞いていたが、急に仕事かなんかで来れなくなり、恭ちゃん自身がここの事務員とやりとりして手続きを終えていた。
つまり、これが彼とのファーストコンタクトだった。
冷や汗と震えが私を襲うが、なんとか返事の声を絞り出す。
「―――はい。どのような、ご用件でしょう、か」
『あのですね、ええと、誠にお恥ずかしいことながら、三者面談のことを、つい昨日、しかも恭子の友人から聞きまして―――』
相葉さんのことだ、きっと。
『あの、恭子は面談のことをどのように言っていたのかを先生にお聞きしたくてですね―――』
一体何故、私にそのようなことを聞く必要があるというのだ?
トンチンカンなことを言っているこの男の狙いがわからない。
「それは渡辺さんが神海さんに直接お聞きすればよろしいかと思いますが……」
私は至極当然なことをそのまま伝える。
『いやっ、ま、それはそうなんですけど……恭子はちょっと?いや、かなり遠慮しぃな所がありまして、俺がっ、私がここのところ残業とか仕事を忙しくしているところを気にしてましてっ。なので本人に聞いちゃうとヤブヘビになりかねない気がしちゃいまして―――』
つまりなんなのだろう?何が言いたいんだ、この男は。
とりあえず、当初の彼の質問の答えを教えて様子をみることにした。
「神海さんからは、保護者を交えない二者面談を希望されました。私といたしましては―――」
『あー、やっぱり!!そんなことになっちゃってるんですねー、アイヤー』
アイヤーって、この男はふざけているのだろうか。
「こちらからは、面談の形式は神海さんに全てお任せしておりますので」
こちらから伝えるべきことは全て伝えたが、この男がそれを知ってどうするのかということを私は気になって仕方がなかった。
『あのー、ですねっ。ソコなんですけど、今からその恭子が希望した二者面談を、やっぱり三者面談に変更できないですかねー?いや、本当にいきなりで申し訳ないんですけどっ』
結論からすれば、結局この男は自分が行きたいとのことを言いたかったらしい。
「はあ……それは構いませんが、ではそのように変更しておきますので、その旨は渡辺さんのほうから神海さんにお伝えしておいてください」
『ややっ!ソコはアレですよ。ほらっ、なんというかですねっ!さっきも言いましたけど、恭子にソレを言っちゃったら、ヤブヘビでドンガラガッシャンになってしまうことも無きにしも非ずでして……このことは是非、恭子には内密にお願いできませんかねー?』
なにがヤブヘビでドンガラガッシャンなのか全く伝わってこない。
「つまり、神海さんとは二者面談のまま日程を組んでおいて、当日に急遽渡辺さんが参加される形を望んでおられるという認識でよろしいのですか?」
『それですっ!まさにそれですね!それなら恭子も要らぬ心配をせずに済むっていう寸法ですよ!』
正直言うと、私はこの男と話していてかなりイライラが募っていた。
そこまでして、頑なに恭ちゃんと話をしたくないのだろうか?
恭ちゃんが貴方を心配?思い上がりもほどほどにしてほしかった。
だから私はそこで電話を切っておけばよいものの、余計なことまで言ってしまう。
「本校としましては、本来なら保護者の家から通学することがルールなのです。そこを渡辺さんを一応は保護者代理とすることで下宿先から通うことを特例で認めております。正直言わせてもらいますと、たかが面談くらいのことを神海さんにお話しできないというのは、保護者として如何なものかと存じますが」
言ってしまってから、後悔の念は募る。
もし、このことでこの男が恭ちゃんに八つ当たりでもしたとしたら……私はどうしたらいいの?
すぐさま非礼を詫びるべきだったかもしれないが、その機会は彼の反応により失われた。
『いやっ、全くおっさる通りですっ!!私が保護者として未熟なばっかりに、先生にまでこのようなご心配をお掛けして、本っ当に申し訳ないっ!!』
私は恭ちゃんを心配しているだけで、貴方の心配なぞ微塵もない。
『私も今の仕事が一段落したら、必ず恭子と密に接する時間をつくりまして、なんでも話し合える環境を整えますので、今回ばかりはどうか、どうかっ、ご勘弁願えませんかね?ね?』
直樹を騙し、相葉さんを騙し、私に媚び諂ってまで、そこまでしてこの小賢しい男は保護者としての面子を保ちたいのか。
「わかりました、今回はそのように対応しておきます」
渡辺純一は電話越しにでも見てわかるほどにヘコヘコしながら電話を切った。
なんにせよ奴がこちらへ来ると言ったのだから、私はそれを迎え撃つ。
必ずや化けの皮を剥がしてみせる。
「あのぅ……姫紀センパイ?さっきの電話……ちょっと保護者さんに対して言葉がキツイっぽいなぁ……なんて―――――ヒィ!!」
電話対応のひとつすら出来ない野々村先生がなんか言って来たので、とりあえず一睨みしておいた。
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