独身男の会社員(32歳)が女子高生と家族になるに至る長い経緯

あさかん

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幕間1 回想録 姫ちゃんが渡辺純一を好きになるに至る長い経緯―――姫紀side

第6話「三者面談Ⅱ」

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「初めまして神海恭子さんの担任を務めさせていただいております吉沢と申します」

 私はたける心を落ち着かせるために、前の生徒親子の面談から10分ほど時間を空けて開始させた渡辺純一との初顔合わせ。

 三者面談。

「恭子の保護者の渡辺です。今日は急に予定を変更させてしまってすいませんでした」

 報告書に添付されていた写真とは違いスーツに身を固めたこの男は想像していたよりもしっかりして見えた。

 喋り方も前に電話が掛かってきた時に感じた少しふざけたような頼りなさも余り感じられない。

 しかし、これがこの男の化けの皮だということを私は知っている。


 私はそれを剥がすために色々と調査を行った。

「神海さんはまだ編入してから二ヶ月足らずですが、成績には目を見張るものがあります。学校での生活態度もまず素晴らしいといって良いでしょう」

 お姉ちゃん夫婦の遺産。

 これは植松が不正に流用し事業の負債の返済に充てられているのは間違いない。

 残っている恭ちゃんと姉夫婦が生前に住んでいた自宅も売りに出されており、処分されるのは時間の問題だ。それについても植松が私的に使おうとしているのは明白だ。

 だからその売却金を植松から恭ちゃんに送られることは刑事告訴でもしない限りあり得ないことだろうが、家そのものの今後の行方に関しては私が手を打っている。

「このまま順調に学力を伸ばしていけば、相当なレベルの大学に入れる事と思います」

 そして、恭ちゃんの今現在の全ての生活費は渡辺純一という、目の前にいるこの男が捻出しているのだ。

 それが恭ちゃんを引き取るにあたり、植松から受けた条件らしい。


 そういう背景を知ったからこそ、私はこの会話の流れを以て渡辺純一を切り崩す材料とした。

 32歳の平凡な会社員に赤の他人の子の進学費用を工面するなんてことはそう簡単なことではないのだから。

 仮にその場しのぎの返答をしたとしても、反応をみればその覚悟くらいは見抜けるはずだ。


「その、神海さんと渡辺さんとはいささか特殊だと存じておりますが、進学希望など―――」

「吉沢先生!そういうのは、まだ、私は!」

 真っ先に反応したのは恭ちゃんだった。

 心苦しい。

 確かにこの話題自体はこの男にとって不快なことだろう。

 この男を不快にさせないために、恭ちゃんが色々と遠慮していることは明白なので、私の放った矢は流れ玉となってこの子に刺さってしまうのだ。

 それでも私は引き下がれない。

 ギュッと目を瞑り、奥歯を喰いしばって言葉を続けた。

「渡辺さんに進学させる意思があるかどうか聞いておきたいのです」

 その言葉に彼女は「大丈夫ですから、私は大丈夫ですから」と隣の男へ必死になって訴えている。

 大学に行かなくても大丈夫。

 私に居る場所を与えてくれるだけで大丈夫。

 何もしてくれなくても、大丈夫。


 ギリギリギリ―――

 私の奥歯は今にも砕けそうだった。

 渡辺純一、どう返答しても構わない。どうせ私は貴方に何の期待していない。

 だからせめて突き放してでも良いから、早く恭ちゃんをこの苦しみから解放させろ!!




「……恭子が行きたいと言えば」



 ―――え?


 それは私が予想していなかった反応だった。

 可でも不可でもない返答。


「今の恭子は望めばなんだって出来る。でも、誰かに迷惑を掛けるとかそういう風に思っていたらきっと何も出来ない」

 この男は何を言っているの?

「俺が気にせず大学に行けよって言うのは簡単だけど……いや、それが多分本音なんだけど、それでも、何をするのも恭子がどうしたいか自分自身で決めた事であって欲しいんだ」


 理解したくなかった。

 認めたくはなかった。


 でも、

 以前の渡辺純一との電話のやり取りや、恭ちゃんの態度にも理由が付く。

 
 恭ちゃんは、

 彼の好意を、

 その信頼を、


「……私、その、わかりません、わからないんです」


 どうやって受け取って良いかわからないんだ。


 色々と悲観的な疑惑や可能性を突きつけても、私の閃きによるたった一つの怪答がその全てを否定する。

 恭ちゃんが無意識にも彼に求めているのは私が想像していたものとは全くベクトルが異なる別次元のもの。


 恭ちゃんが必要としているのは”保護者”であっても、欲しているのはソレじゃない。


 私の直感が間違っているかもしれないけれど、如何にも唐変木っぽい彼が絶対にそれに気がつく筈もない。

 なんと難儀なことだろう。
 
 私の心を縛っていた鎖が紐解かれていく。

 自然と笑みが零れた。

 
 だから進学の話題を終了させた後に、私は少しだけ恭ちゃんへエールを送ってみたんだ。


「そういえば、渡辺さん。神海さんは随分クラスに男子に人気があるようですけど、保護者としては気が気で無いんじゃありませんか?」


 予想通りに慌てふためく恭ちゃんと、ひょうきんにもそれに乗ってくれる渡辺さん。

 
 二人を教室から見送る。

 私の心は静かに雪解けを迎えていた。
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