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幕間1 回想録 姫ちゃんが渡辺純一を好きになるに至る長い経緯―――姫紀side
第7話「梅雨に滴る想いの果て」
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あの日から、恭ちゃんの姿が変わって見えた。
それはきっとあの子が変わったのではなくて、あの子に対して私の見る目が変わったのだと思う。
ある日は早朝、急に学校へ電話が掛かって来て渡辺さんが風邪をひいたから看病をするため休みたいだなんて恭ちゃんから連絡があった。
でも、急に電話相手が渡辺さんに代わって、自分は大丈夫だから恭ちゃんには登校させるなんて無理しちゃって。
恭ちゃんを心配させない為か、ガラガラ声なのに内申に花丸つけろだとかか、私のことを姫ちゃんとか呼んじゃうし。
そんなやり取りがなんか微笑ましく、そしてちょっと切なくて。
結局ちゃんと学校へ来た恭ちゃんも、普段なら滅多にスマホなんて鞄から取り出さないのに、その日に限っては何度も何度も電話をしてた。
十中八九、その相手が家で寝込んでいる誰かさんだろうことは疑う余地もない。
電話に出ないからって一々心配し過ぎだよ、なんて相葉さんも若干呆れ顔。
それはそうだ。
人は風邪をひいたくらいじゃ、死にはしな―――
いや、違う。
恭ちゃんには人一倍心配する理由があったんだ。
その時の私にはこれ以上恭ちゃんに心配掛けさせないでと祈る事しかできなかった。
ある日は、恭ちゃんが凄くおめかしして学校へやってきた。
それまでもかなり注目される存在だったが、その日はまるで何かが解禁されたかのように、周囲の男子生徒や女子生徒までもが、こぞって恭ちゃんを取り囲んでいた。
生徒たちが羨ましい。
ちょっと切っ掛けがあっただけで、そうやって仲良くなれる。
私と彼女の間にある距離は果てもない。
それは自分が決めたこと。
それでも、その裏腹に抑制できない欲は確かにあった。
そして天気予報で梅雨前線が通過したと報じていた頃、定期的に行っている直樹との定例会で出た話題。
「恭子ちゃんめっちゃ可愛くなってたでしょ?いやぁ、元々素材は良いんだけど、更に磨きが掛かったというか、完璧に完成された清純派JKだなアレは」
まるで自分の手柄のように、勝ち誇った顔でドヤる直樹。
「何故、直樹が恭ちゃんのことにそんな詳しいの?」
ちょっとした嫉妬。
「いや、ね。アレはナベさんが部下の……俺の後輩でもあるんだけど、菜月って奴に頼んで色々と店を連れ回した結果なんよ。で、その日、日中は別行動だったんだけど、いっぺん恭子ちゃんをナマで見たくて俺もナベさんちについていったのさ」
そして、舌なめずりする仕草が加わる。
「んでんで、その夜はなんと、恭子ちゃんお手製の海鮮鍋!!んまかったぁ!!ありゃ本当に天下一品の腕前だよ。本当にナベさんなんかにゃ勿体ない。いや、本ッ当にんまかったなあ」
バコン。
「痛ッ!!なにすんだよ、姫ネェ!!」
余りにも悔しかったから、つま先でおもっきし直樹のすねを蹴ってやった。
「うるさい……」
「五月蠅い、うるさい、黙ってよ、そんな嬉しそうに言わないで」
「……羨ましいんだろ、姫ネェ?」
それまでの直樹のチャラチャラした表情は既にどこかへ潜めていた。
「いいじゃねえか。仲良くなれば良いと思うぜ、俺は」
「これは私が決めたことだから」
「じゃあ、もう一度決め直そう」
「なんでそんなことを言うのよ」
「人には役割ってもんがあると思うんだ。ナベさんはナベさんなりに必死でやっている。でも、全て一切合切なんでもやれる訳じゃない。恭子ちゃんがナベさんを頼れないようなことがあったとき、今の姫ネェの立ち位置じゃなんもしてやれねえぜ」
「それに……なにより、姫ネェ自身のもっと恭子ちゃんと仲良くなりたいって気持ちが抑えきれなくなってきてんだろ。も少し素直になれよ、姫ネェ」
この年下の男に何もかも見抜かれていた。
素直に……なりた、い。
なれる、だろうか。
欲を出して、いいのだろうか。
「……私はどうすればいいの?そんな機会もないし、そもそもこんな堅苦しい女じゃきっと恭ちゃんも身構えてしまうわ。絶対に無理よ」
「機会なんて待っててもダメだ。俺だって呼ばれてもないにも関わらず、ナベさんちへ強引についていって海鮮鍋にありつけたんだ」
「それに性格だって変えるのは難しくても演じることなら不可能じゃないだろ?姫ネェの今の学校での立ち振る舞いだって、コテコテのハリボテだ。本当は気の弱い奥手の人見知りな女の子なのにな」
自分自身、本当の自分なんてどこにあるのかわからない。
吉沢の家ではずっと適材適所、その時に相応しい自分が求められていたのだから。
「恭ちゃんと仲良く……なりたい」
口から洩れたその一言は、正直自分でも驚きを隠せなかった。
だからこそ、直樹に至っては目をパチクリさせた刹那、握り拳を掲げていた。
「っしゃあ!!まずは将を射んと欲すれば先ず馬を射よだ!!恭子ちゃんと仲良くなるにはナベさんから絡めとってみなよ」
渡辺さん。
私は、渡辺さんと仲良くなるの?
そうか。彼のことをもっと知るにはそれもアリなのかもしれない。
私はその日から、いつそのチャンスが訪れても良いように、一般的で気さくな20代の社会人女性というものを研究するようになっていた。
その『気さくな姫ちゃん』を作り出す情報源において、概ね直樹からの入れ知恵だったということが功を成したのか失敗だったのかは、近い将来にわかることなのだけれど。
それはきっとあの子が変わったのではなくて、あの子に対して私の見る目が変わったのだと思う。
ある日は早朝、急に学校へ電話が掛かって来て渡辺さんが風邪をひいたから看病をするため休みたいだなんて恭ちゃんから連絡があった。
でも、急に電話相手が渡辺さんに代わって、自分は大丈夫だから恭ちゃんには登校させるなんて無理しちゃって。
恭ちゃんを心配させない為か、ガラガラ声なのに内申に花丸つけろだとかか、私のことを姫ちゃんとか呼んじゃうし。
そんなやり取りがなんか微笑ましく、そしてちょっと切なくて。
結局ちゃんと学校へ来た恭ちゃんも、普段なら滅多にスマホなんて鞄から取り出さないのに、その日に限っては何度も何度も電話をしてた。
十中八九、その相手が家で寝込んでいる誰かさんだろうことは疑う余地もない。
電話に出ないからって一々心配し過ぎだよ、なんて相葉さんも若干呆れ顔。
それはそうだ。
人は風邪をひいたくらいじゃ、死にはしな―――
いや、違う。
恭ちゃんには人一倍心配する理由があったんだ。
その時の私にはこれ以上恭ちゃんに心配掛けさせないでと祈る事しかできなかった。
ある日は、恭ちゃんが凄くおめかしして学校へやってきた。
それまでもかなり注目される存在だったが、その日はまるで何かが解禁されたかのように、周囲の男子生徒や女子生徒までもが、こぞって恭ちゃんを取り囲んでいた。
生徒たちが羨ましい。
ちょっと切っ掛けがあっただけで、そうやって仲良くなれる。
私と彼女の間にある距離は果てもない。
それは自分が決めたこと。
それでも、その裏腹に抑制できない欲は確かにあった。
そして天気予報で梅雨前線が通過したと報じていた頃、定期的に行っている直樹との定例会で出た話題。
「恭子ちゃんめっちゃ可愛くなってたでしょ?いやぁ、元々素材は良いんだけど、更に磨きが掛かったというか、完璧に完成された清純派JKだなアレは」
まるで自分の手柄のように、勝ち誇った顔でドヤる直樹。
「何故、直樹が恭ちゃんのことにそんな詳しいの?」
ちょっとした嫉妬。
「いや、ね。アレはナベさんが部下の……俺の後輩でもあるんだけど、菜月って奴に頼んで色々と店を連れ回した結果なんよ。で、その日、日中は別行動だったんだけど、いっぺん恭子ちゃんをナマで見たくて俺もナベさんちについていったのさ」
そして、舌なめずりする仕草が加わる。
「んでんで、その夜はなんと、恭子ちゃんお手製の海鮮鍋!!んまかったぁ!!ありゃ本当に天下一品の腕前だよ。本当にナベさんなんかにゃ勿体ない。いや、本ッ当にんまかったなあ」
バコン。
「痛ッ!!なにすんだよ、姫ネェ!!」
余りにも悔しかったから、つま先でおもっきし直樹のすねを蹴ってやった。
「うるさい……」
「五月蠅い、うるさい、黙ってよ、そんな嬉しそうに言わないで」
「……羨ましいんだろ、姫ネェ?」
それまでの直樹のチャラチャラした表情は既にどこかへ潜めていた。
「いいじゃねえか。仲良くなれば良いと思うぜ、俺は」
「これは私が決めたことだから」
「じゃあ、もう一度決め直そう」
「なんでそんなことを言うのよ」
「人には役割ってもんがあると思うんだ。ナベさんはナベさんなりに必死でやっている。でも、全て一切合切なんでもやれる訳じゃない。恭子ちゃんがナベさんを頼れないようなことがあったとき、今の姫ネェの立ち位置じゃなんもしてやれねえぜ」
「それに……なにより、姫ネェ自身のもっと恭子ちゃんと仲良くなりたいって気持ちが抑えきれなくなってきてんだろ。も少し素直になれよ、姫ネェ」
この年下の男に何もかも見抜かれていた。
素直に……なりた、い。
なれる、だろうか。
欲を出して、いいのだろうか。
「……私はどうすればいいの?そんな機会もないし、そもそもこんな堅苦しい女じゃきっと恭ちゃんも身構えてしまうわ。絶対に無理よ」
「機会なんて待っててもダメだ。俺だって呼ばれてもないにも関わらず、ナベさんちへ強引についていって海鮮鍋にありつけたんだ」
「それに性格だって変えるのは難しくても演じることなら不可能じゃないだろ?姫ネェの今の学校での立ち振る舞いだって、コテコテのハリボテだ。本当は気の弱い奥手の人見知りな女の子なのにな」
自分自身、本当の自分なんてどこにあるのかわからない。
吉沢の家ではずっと適材適所、その時に相応しい自分が求められていたのだから。
「恭ちゃんと仲良く……なりたい」
口から洩れたその一言は、正直自分でも驚きを隠せなかった。
だからこそ、直樹に至っては目をパチクリさせた刹那、握り拳を掲げていた。
「っしゃあ!!まずは将を射んと欲すれば先ず馬を射よだ!!恭子ちゃんと仲良くなるにはナベさんから絡めとってみなよ」
渡辺さん。
私は、渡辺さんと仲良くなるの?
そうか。彼のことをもっと知るにはそれもアリなのかもしれない。
私はその日から、いつそのチャンスが訪れても良いように、一般的で気さくな20代の社会人女性というものを研究するようになっていた。
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