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幕間1 回想録 姫ちゃんが渡辺純一を好きになるに至る長い経緯―――姫紀side
第16話「希望」
しおりを挟む私はその晩一睡もできなかった。
目を閉じると脳裏に浮かんでくる恭ちゃんに対する数々の虐待。
そして、自分に対する祖父からの虐待。
ようやく地獄から抜け出せても、どうせ次から次へと新たな別世界の地獄が待ち構えているんだ。
きっと、救われない人間はどう足掻いても救われないように出来ているのだろう。
多分それがこの世の法則なんだ、神聖不可侵な神が作ったルールなんだ。
それでも、人は窮地にあっても希望の糧があれば僅かながらにでも息を保てる。
私にとっては作曲だった。
恭ちゃんにとってのそれは踊る事。
その唯一の心の支えですら、植松の手で、暴力によって全否定されたあの子を今更救う術はもはやどこにもないのだ。
朝食も昼食も取らぬままそんなことばかり考えている私は呪うかのように、気がつけば直樹に電話を掛けていた。
『落ち着けってば姫ネェ!恭子ちゃんのことだって、クラスメートの男の子のおかげで助かったんだろう?悪い方向ばかりに考えちゃダメだ!』
「全くの赤の他人でさえ、あの子に危害を加えようとしていたの。もう誰から守ればいいのかも解らない」
あれは無慈悲な神からの警告だったのだろう。
自分は何もせずに、ただひょうきんなだけのあの人に希望を託してしまった私の罪へのだ警告なんだ。
『おい、姫ネェってば!』
「望んじゃいけなかったの、期待しちゃいけなかったの、託しちゃいけなかったの、縋っちゃいけなかったのよ……」
「私はもう誰も信じない」
『この馬鹿野郎。調子に乗っていつまでも自分だけが主役だと思ってんじゃねえよ。自分だけが恭子ちゃんを助けられると思ってんじゃねえよ。反吉沢の人なら誰でもあの子を救ってやりたいと思ってんだ!」
ははは、直樹にも嫌われちゃった。
でも、これでもう、誰にも甘えなくてよくなった。
『それでも、人には出来ることと出来ないことがあるっ!立場やタイミング、環境も違えば想いも異なるっ!だから今、恭子ちゃんの心を一番解放してあげられるのはナベさんしかいないんだよッ!姫ネェがどう思うが勝手だけど、俺はあの人を信じてるッ』
「その人は何をしたっ?もう恭ちゃんの誕生日はあと僅かなのよ!何をしたの?何をするの?何ができるの?期待しちゃダメなの!望んじゃダメなの!覚悟さえしていれば受けるダメージは軽減される。これ以上私たちを軽はずみな希望を持たせないでッ!!!!!」
『まだ出来てねえかもしんねえけど!あの人なら必ずスるんだよッ!!99%不可能でもヤっちゃうのがあの人なんだよッ!だから、だからッ―――あっ』
『あ、、、来た……、やっと、来た……。……遅ぇよ、ナベさん、俺、柄にもなく熱くなっちまったじゃねえかよ……』
通話口で直樹がひとり、訳の分からないことを言い出した。
一体、何が来たっていうのだろう。
正直もう、これ以上私を惑わせないでほしかった。
『やっと完成したって、ナベさんからメールが届いたんだよ』
……完成?
『タグ付けはしといてやるから、姫ネェがいつも投稿していたサイトを見てくれ』
タグ?サイト?
『あんたが作った曲を投稿していた動画サイトだよ』
動画投稿サイトに一体何があるっていうの?
動画サイトで何をどうしたら、人を救えるっていうのよッ!!
私は部屋にあるノートパソコンが壊れそうになるくらい乱暴にディスプレイを引っ張り起こした。
「……タグは」
『希望』
肩と耳の間にスマホを挟むことで、両手をフリーにした私はシンとした部屋中にキーボードの打鍵音を響かせる。
『俺はまだ見てないけど、ノアの箱舟に残ったのが何なのかを先に姫ネェに見せてやる』
直樹の言うように『希望』のタグで動画を絞り込みすると、新着のところに会社の会議室のような場所にポツンと立つ渡辺さんのサムネイルが出て来た。
何故だかわからないが、手が震えてしまう。
私はゆっくりとマウスカーソルを合わせクリックした。
―――――あ
再生と同時に流れて来たイントロメロディ。
「あ、あ、あ」
それは、かつて私が大学時代に救いを求めて作った初めての音だった。
―――――膨らまそう 両手いっぱいまで
―――――ユメとかアイとかも 全部詰め込んで♪
―――――あの時の「ゴメン」も 一緒に並べて
―――――浮かべて ハッピーデイズ ほら笑顔♪
―――――きっとできるはず 踏み出さなくちゃ
拭っても、拭っても、溢れ出るそれは私の視界を邪魔をする。
2PVと動画に表示されたその数字は、先にもう一人の誰かが確実に見ていることを証明していた。
そして4分32秒の曲と共に踊りが終わった最後の最後に画面の右から左へと流れて来たひとつのコメント。
―――おじあんだいすき
ふたりの女の子が救われた瞬間だった。
リピートに設定されたその動画が止まることなくその後何十時間も繰り返し再生されるなかで、私は画面の先にいる一人の男性へ一度も経験したことのない初めての感覚を募らせていった。
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