7 / 44
第7話:情報屋の誘いと錬金術師の分析(と迫る危機)
しおりを挟む
「よう、新人。ちょっとツラ貸せや」
低い、揶揄するような声。洗濯場の隅の壁に寄りかかり、情報屋カレルが私を待ち構えていた。ニヤリと笑うその顔は、整ってはいるが、どこか信用ならない雰囲気が漂っている。
(来たわね…! まさか、こんなに早く直接来るとは…!)
私は内心の動揺を悟られぬよう、平静を装って振り返った。洗濯桶を持つ手に、無意識に力が入る。
「…私に何か御用でしょうか? 先輩」
とりあえず、下手に出てみる。相手の出方を探らないと。
カレルは面白そうに私を上から下まで眺めると、一歩近づき、壁際に追い詰めるように手を置いた。…いわゆる、壁ドンってやつ!? ちょっと、距離が近すぎるんだけど!
「へぇ。威勢のいい口きく割には、殊勝な態度じゃねえか」
カレルの吐息が顔にかかりそうだ。思わず身を引きたくなるのを、ぐっと堪える。
「お前、ただの洗濯係じゃねぇだろ?」
核心を突くような言葉。心臓がドクリと跳ねる。まさか、気づかれている…?
「何のことだか、さっぱり分かりませんわ。私は真面目に働いているただの洗濯係ですけれど?」
咄嗟に令嬢時代の口調で(少し丁寧すぎるくらいに)返しつつ、澄ました顔でカレルを見上げる。動揺は顔に出さない。これが基本よ。
カレルは私の反応を見て、さらに笑みを深めた。
「『ですわ』ねぇ…。その喋り方、どっかのお貴族様みてぇだな。ま、いいさ。使える奴なら過去は問わねぇ主義でな」
彼はあっさりと追及をやめ、本題に入った。…助かった、のかしら? それとも、泳がされている?
「実は、ちょっとした『お使い』頼まれてくれねぇか? 新入りにはちょうどいい仕事だぜ。もちろん、報酬は弾む」
カレルが人差し指と親指で輪を作る。内容は聞かなくても、きな臭い匂いがプンプンする。
「お使い、ですか? 私のような新人に務まるでしょうかしら…」
「謙遜すんなって。お前さん、結構目がいいだろ? それに、度胸もある」
カレルは私の目を見て言った。どこまで見抜いているの…?
「それで、どのようなお使いでしょう?」
探りを入れてみる。もし、彼の仕事内容が分かれば…。
「簡単な『伝言』さ。相手にこれを渡して、決まった言葉を伝えるだけ。簡単だろ?」
カレルは小さな封筒をちらつかせた。簡単…には見えないわね。罠の可能性もある。
「申し訳ありませんが、私には洗濯係の仕事がありますので。他の方を当たっていただけますか?」
丁重に(しかし、きっぱりと)断る。今は余計なリスクを負うわけにはいかない。
「…ちぇっ、つれねぇな。まあいいさ」
カレルは意外にもあっさり引き下がった。そして、私の耳元で囁いた。
「だがな、花季。この紅灯区じゃ、情報は金だ。金が無けりゃ、何もできねぇ。…覚えとけよ」
彼はそう言い残すと、ひらりと身を翻し、鼻歌混じりに去っていった。
(…脅し、かしら? それとも、忠告?)
カレルの真意が読めない。ますます警戒を強めなければ。
その夜、仕事を終えた私は、足早にミラベルの隠れ家へと向かった。あの紙片と薬品の匂いについて、一刻も早く分析してもらわなければ。
「ミラベル、お願いがあるの!」
隠れ家に飛び込むと、ミラベルは案の定、何かの実験に没頭していた。部屋には、虹色の煙がうっすらと漂っている。…また何かやらかしたのね?
「花季様! おかえりなさい! 例の分析ですね! お任せください!」
私の報告を聞くと、ミラベルは目を輝かせ、早速、私が持ち帰った紙片(と匂いのついた布切れ)の分析に取り掛かった。見たこともないような器具を動かし、色の変わる液体を混ぜ合わせ、時折「ふむふむ」「なるほど!」と一人で頷いている。
「…どう? 何か分かった?」
待ちきれずに尋ねると、ミラベルは興奮した様子で振り返った。
「分かりましたよ! この薬品の匂いは、やっぱり希少な錬金触媒です! これは…『忘却の香(ぼうきゃくのかおり)』を精製する際に少量だけ使われるもので…!」
「忘却の香?」
「はい! 微量なら記憶を曖昧にさせる効果があって、高濃度だと一時的な記憶障害を引き起こすとか…! 貴族の間で、裏取引や密会に使われることがあるって、古文書で読んだことがあります!」
記憶を曖昧に…? あの子爵、何かやましいことでも隠蔽しようとしていたのかしら。
「それで、この紙片は?」
「こっちはですね…文字自体は簡単な換字式暗号なんですけど、使われているインクに特殊な植物染料が! これは、〇〇侯爵家(ジャルジェ侯爵とは別の、父の政敵派閥)に仕える者だけが使う、秘伝のインクです!」
「なんですって!?」
間違いないわ。これは、私の追放にも関わったであろう、あの派閥の連中の動きだ!
「それで、暗号の内容は!?」
「はい! 解読できました! 『月満つる夜、紅玉の間にて。例の件、最終確認』と!」
「紅玉の間…? それって、艶楼の!?」
艶楼の中でも、最高級のVIPルームの一つだ。そこで、何を企んでいるの…?
「花季様、どうしましょう…!?」
ミラベルが不安そうに私を見る。どうするもこうするも、潜入するしかないわ!
「ミラベル、盗聴器の改良と、もっと強力な変装薬を…!」
私が指示を出し始めた、その時だった。隠れ家の扉が、遠慮がちにコンコン、と叩かれた。
「…リナ?」
扉を開けると、そこには青ざめた顔のリナが立っていた。
「花季さん…! た、助けてください…!」
リナは震える声で訴えてきた。聞けば、やはり妹の薬代がどうしても工面できず、今日、カレルに紹介された「運び屋」の仕事の詳細を聞きに行ったらしい。しかし、運ぶ荷物の中身も届け先も教えてもらえず、「もししくじったらどうなるか分かってるんだろうな」と脅されたというのだ。断れば妹の命が…。
「それで、引き受けてしまったの?」
リナは小さく頷いた。ああ、なんてこと…。
「…分かったわ。その仕事、私が代わりに行く」
私は即座に決断した。危険なのは承知の上だ。でも、リナを見捨てるわけにはいかない。それに、カレルの仕事の内容を探る絶好の機会でもある。
(ああもう、面倒事が渋滞してるわ! でも、やるしかない!)
カレルの怪しい運び屋の仕事。艶楼のVIPルームでの秘密会合。二つの潜入ミッションが、同時に動き出すことになった。
「ミラベル、大至急! 『運び屋』用の変装と、VIPルーム潜入用の装備を!」
「は、はいぃぃ!」
私の号令に、ミラベルは悲鳴のような返事を返し、再び錬金術の道具に向かった。部屋には、虹色の煙と共に、私の決意と、そしてすぐそこまで迫る新たな危機(王都守備隊の影もちらつく)の気配が満ちていた。
(第7話 了)
低い、揶揄するような声。洗濯場の隅の壁に寄りかかり、情報屋カレルが私を待ち構えていた。ニヤリと笑うその顔は、整ってはいるが、どこか信用ならない雰囲気が漂っている。
(来たわね…! まさか、こんなに早く直接来るとは…!)
私は内心の動揺を悟られぬよう、平静を装って振り返った。洗濯桶を持つ手に、無意識に力が入る。
「…私に何か御用でしょうか? 先輩」
とりあえず、下手に出てみる。相手の出方を探らないと。
カレルは面白そうに私を上から下まで眺めると、一歩近づき、壁際に追い詰めるように手を置いた。…いわゆる、壁ドンってやつ!? ちょっと、距離が近すぎるんだけど!
「へぇ。威勢のいい口きく割には、殊勝な態度じゃねえか」
カレルの吐息が顔にかかりそうだ。思わず身を引きたくなるのを、ぐっと堪える。
「お前、ただの洗濯係じゃねぇだろ?」
核心を突くような言葉。心臓がドクリと跳ねる。まさか、気づかれている…?
「何のことだか、さっぱり分かりませんわ。私は真面目に働いているただの洗濯係ですけれど?」
咄嗟に令嬢時代の口調で(少し丁寧すぎるくらいに)返しつつ、澄ました顔でカレルを見上げる。動揺は顔に出さない。これが基本よ。
カレルは私の反応を見て、さらに笑みを深めた。
「『ですわ』ねぇ…。その喋り方、どっかのお貴族様みてぇだな。ま、いいさ。使える奴なら過去は問わねぇ主義でな」
彼はあっさりと追及をやめ、本題に入った。…助かった、のかしら? それとも、泳がされている?
「実は、ちょっとした『お使い』頼まれてくれねぇか? 新入りにはちょうどいい仕事だぜ。もちろん、報酬は弾む」
カレルが人差し指と親指で輪を作る。内容は聞かなくても、きな臭い匂いがプンプンする。
「お使い、ですか? 私のような新人に務まるでしょうかしら…」
「謙遜すんなって。お前さん、結構目がいいだろ? それに、度胸もある」
カレルは私の目を見て言った。どこまで見抜いているの…?
「それで、どのようなお使いでしょう?」
探りを入れてみる。もし、彼の仕事内容が分かれば…。
「簡単な『伝言』さ。相手にこれを渡して、決まった言葉を伝えるだけ。簡単だろ?」
カレルは小さな封筒をちらつかせた。簡単…には見えないわね。罠の可能性もある。
「申し訳ありませんが、私には洗濯係の仕事がありますので。他の方を当たっていただけますか?」
丁重に(しかし、きっぱりと)断る。今は余計なリスクを負うわけにはいかない。
「…ちぇっ、つれねぇな。まあいいさ」
カレルは意外にもあっさり引き下がった。そして、私の耳元で囁いた。
「だがな、花季。この紅灯区じゃ、情報は金だ。金が無けりゃ、何もできねぇ。…覚えとけよ」
彼はそう言い残すと、ひらりと身を翻し、鼻歌混じりに去っていった。
(…脅し、かしら? それとも、忠告?)
カレルの真意が読めない。ますます警戒を強めなければ。
その夜、仕事を終えた私は、足早にミラベルの隠れ家へと向かった。あの紙片と薬品の匂いについて、一刻も早く分析してもらわなければ。
「ミラベル、お願いがあるの!」
隠れ家に飛び込むと、ミラベルは案の定、何かの実験に没頭していた。部屋には、虹色の煙がうっすらと漂っている。…また何かやらかしたのね?
「花季様! おかえりなさい! 例の分析ですね! お任せください!」
私の報告を聞くと、ミラベルは目を輝かせ、早速、私が持ち帰った紙片(と匂いのついた布切れ)の分析に取り掛かった。見たこともないような器具を動かし、色の変わる液体を混ぜ合わせ、時折「ふむふむ」「なるほど!」と一人で頷いている。
「…どう? 何か分かった?」
待ちきれずに尋ねると、ミラベルは興奮した様子で振り返った。
「分かりましたよ! この薬品の匂いは、やっぱり希少な錬金触媒です! これは…『忘却の香(ぼうきゃくのかおり)』を精製する際に少量だけ使われるもので…!」
「忘却の香?」
「はい! 微量なら記憶を曖昧にさせる効果があって、高濃度だと一時的な記憶障害を引き起こすとか…! 貴族の間で、裏取引や密会に使われることがあるって、古文書で読んだことがあります!」
記憶を曖昧に…? あの子爵、何かやましいことでも隠蔽しようとしていたのかしら。
「それで、この紙片は?」
「こっちはですね…文字自体は簡単な換字式暗号なんですけど、使われているインクに特殊な植物染料が! これは、〇〇侯爵家(ジャルジェ侯爵とは別の、父の政敵派閥)に仕える者だけが使う、秘伝のインクです!」
「なんですって!?」
間違いないわ。これは、私の追放にも関わったであろう、あの派閥の連中の動きだ!
「それで、暗号の内容は!?」
「はい! 解読できました! 『月満つる夜、紅玉の間にて。例の件、最終確認』と!」
「紅玉の間…? それって、艶楼の!?」
艶楼の中でも、最高級のVIPルームの一つだ。そこで、何を企んでいるの…?
「花季様、どうしましょう…!?」
ミラベルが不安そうに私を見る。どうするもこうするも、潜入するしかないわ!
「ミラベル、盗聴器の改良と、もっと強力な変装薬を…!」
私が指示を出し始めた、その時だった。隠れ家の扉が、遠慮がちにコンコン、と叩かれた。
「…リナ?」
扉を開けると、そこには青ざめた顔のリナが立っていた。
「花季さん…! た、助けてください…!」
リナは震える声で訴えてきた。聞けば、やはり妹の薬代がどうしても工面できず、今日、カレルに紹介された「運び屋」の仕事の詳細を聞きに行ったらしい。しかし、運ぶ荷物の中身も届け先も教えてもらえず、「もししくじったらどうなるか分かってるんだろうな」と脅されたというのだ。断れば妹の命が…。
「それで、引き受けてしまったの?」
リナは小さく頷いた。ああ、なんてこと…。
「…分かったわ。その仕事、私が代わりに行く」
私は即座に決断した。危険なのは承知の上だ。でも、リナを見捨てるわけにはいかない。それに、カレルの仕事の内容を探る絶好の機会でもある。
(ああもう、面倒事が渋滞してるわ! でも、やるしかない!)
カレルの怪しい運び屋の仕事。艶楼のVIPルームでの秘密会合。二つの潜入ミッションが、同時に動き出すことになった。
「ミラベル、大至急! 『運び屋』用の変装と、VIPルーム潜入用の装備を!」
「は、はいぃぃ!」
私の号令に、ミラベルは悲鳴のような返事を返し、再び錬金術の道具に向かった。部屋には、虹色の煙と共に、私の決意と、そしてすぐそこまで迫る新たな危機(王都守備隊の影もちらつく)の気配が満ちていた。
(第7話 了)
0
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる