9 / 44
第9話:潜入! 紅玉の間と足だけ透明マント
しおりを挟む
秘密会合当日。月が煌々と紅灯区を照らす夜。私はいつものように洗濯係として、大量のシーツと格闘していた。しかし、心はここにあらず。意識は数時間後に迫った潜入ミッションへと飛んでいる。
(今日の月は満月…まさに『月満つる夜』ね。ご丁寧にどうも、悪党ども)
オババ様の「さっさと手を動かせ!」という怒声で我に返る。いけない、集中しないと。私は平静を装いながら、脳内で潜入ルートを何度もシミュレーションする。従業員用通路を抜け、3階の物置部屋のダクトから最上階へ…。計画は完璧なはずだ。ミラベルの道具がちゃんと機能すれば、の話だけど。
仕事の合間を縫って、私はこっそりと人気のない物置部屋へ忍び込んだ。いよいよ決行の時だ。懐から取り出したのは、ミラベル渾身の作、『うっかり透明マント(試作品5号・たまに足だけ見える!)』(…ネーミング!)。深呼吸一つ、意を決してマントを羽織る。
ふわり、と体が軽くなるような感覚。自分の手を見ると…おお、透けてる! 成功だわ!
…と思ったのも束の間、足元に視線を落として、私は愕然とした。足首から下が、くっきりと、それはもう見事に、見えている。
(ミラベルーーー!! なんで最後の詰めが甘いのよぉぉぉ!!!)
内心で絶叫する。これじゃ「うっかり」どころじゃない、ただの「足だけ見えてるマント」じゃないの!
しかし、今さら引き返すわけにもいかない。私は抜き足差し足忍び足、可能な限り音を立てず、そして足元を見られないように祈りながら、ダクトへの潜入を開始した。
狭く埃っぽいダクトの中を、匍匐前進で進む。元令嬢がこんなところを這いずり回っているなんて、誰が想像するだろうか。途中、何度か下の階の話し声が聞こえてきたが、幸い気づかれる様子はない。問題は、最上階の紅玉の間周辺だ。警備が厳重なはず…。
目的地の真上、ダクトの格子から下の様子を窺う。…よし、紅玉の間の扉の前には、見張りが二人。いかにも強そうだわ。正面突破は不可能ね。
私は懐から、もう一つの秘密兵器、『カタツムリ型盗聴器(改・たまに自走する!)』を取り出した。これを扉の隙間に滑り込ませれば…。
そっと格子を外し、カタツムリ(見た目は可愛い)を隙間に向かって放つ。…が! カタツムリはあらぬ方向へ猛ダッシュ! ちょ、待ちなさい! そっちは壁よ!
慌てて手を伸ばし、壁に激突寸前でカタツムリをキャッチ! ふぅ、危なかった…。今度こそ、慎重に扉の隙間へ。よし、成功! ミラベル、余計な機能つけるのやめてくれる!?
盗聴器から、部屋の中の会話が微かに聞こえてきた。雑音混じりだが、集中すれば聞き取れる。
「…ふん、これでジャルジェ侯爵も終わりだな。例の『忘却の香』、効果は確かだろうな?」
「はっ! 我が組織が精製した逸品。明日の貴族会議で奴が醜態を晒せば、失脚は免れまい」
「うむ。そして、月蝕の夜、王宮の警備が手薄になる隙に、一気にケリをつける。武器の準備は抜かるなよ、武器商人殿」
「お任せを。最新式の魔導銃、例の倉庫に運び込みました。あとは合図を待つばかり…」
「邪魔だったヴィルヘルム公爵令嬢も、すでに始末した。我らの計画を阻むものは、もう何もない!」
(なんですって…!?)
王位簒奪、ジャルジェ侯爵の暗殺(薬殺?)、そして武器密輸! さらに、私の追放だけでなく、「始末」…? 彼らは、私が死んだと思っている…?
衝撃的な内容に、怒りで体が震える。許せない…! 絶対に、この悪事を白日の下に晒してやる!
ふと、会話の中に聞き慣れた名前が出た。
「例の情報屋、カレルとかいう小僧にも、しっかり口止め料を払っておけ。奴は金の匂いに敏感だからな」
「ふん、信用ならんチンピラだが、今は利用価値がある。事が終われば、奴も…」
やはりカレルはこの計画を知っていて、情報を売っていた! しかも、用済みになれば消される運命…? あの男、一体何を考えているの…?
全ての情報を記憶に刻み込み、私はそっとその場を離れることにした。これ以上の情報は望めないだろう。問題は、どうやってここから脱出するか…。
再び『足だけ見えてるマント』を羽織り、ダクトから廊下へ。細心の注意を払いながら、従業員用通路を目指す。
――その時だった。
「そこで何をしている!」
凛とした、厳しい声! まさか!
廊下の向こうから、松明の光と共に現れたのは、王都守備隊の一団! そして、その先頭に立つのは…やはり、ヴォルフガング中佐! まっすぐに、私のいる方向を見据えている!
(まずい! 見つかった!?)
しかも最悪なことに、透明マントの効果が切れかかってきたのか、体が蛍光灯のようにチカチカと点滅し始めた! 足だけじゃなくて、全身が! これじゃ隠れようがない!
(お、終わった…!)
私が絶望しかけた、その瞬間。
ぐいっ、と強い力で腕を引かれた!
「こっちだ、ドジな蛍光洗濯係」
低い、呆れたような声。振り返ると、そこには、いつの間に現れたのか、壁の影に潜んでいた情報屋カレルの姿が!
「え…カレ、」
「しっ! 黙ってろ!」
カレルは私の口を塞ぎ、有無を言わさぬ力で、近くの物陰へと引きずり込んだ。ヴォルフガング中佐率いる守備隊が、すぐそこまで迫ってきていた――!
(第9話 了)
(今日の月は満月…まさに『月満つる夜』ね。ご丁寧にどうも、悪党ども)
オババ様の「さっさと手を動かせ!」という怒声で我に返る。いけない、集中しないと。私は平静を装いながら、脳内で潜入ルートを何度もシミュレーションする。従業員用通路を抜け、3階の物置部屋のダクトから最上階へ…。計画は完璧なはずだ。ミラベルの道具がちゃんと機能すれば、の話だけど。
仕事の合間を縫って、私はこっそりと人気のない物置部屋へ忍び込んだ。いよいよ決行の時だ。懐から取り出したのは、ミラベル渾身の作、『うっかり透明マント(試作品5号・たまに足だけ見える!)』(…ネーミング!)。深呼吸一つ、意を決してマントを羽織る。
ふわり、と体が軽くなるような感覚。自分の手を見ると…おお、透けてる! 成功だわ!
…と思ったのも束の間、足元に視線を落として、私は愕然とした。足首から下が、くっきりと、それはもう見事に、見えている。
(ミラベルーーー!! なんで最後の詰めが甘いのよぉぉぉ!!!)
内心で絶叫する。これじゃ「うっかり」どころじゃない、ただの「足だけ見えてるマント」じゃないの!
しかし、今さら引き返すわけにもいかない。私は抜き足差し足忍び足、可能な限り音を立てず、そして足元を見られないように祈りながら、ダクトへの潜入を開始した。
狭く埃っぽいダクトの中を、匍匐前進で進む。元令嬢がこんなところを這いずり回っているなんて、誰が想像するだろうか。途中、何度か下の階の話し声が聞こえてきたが、幸い気づかれる様子はない。問題は、最上階の紅玉の間周辺だ。警備が厳重なはず…。
目的地の真上、ダクトの格子から下の様子を窺う。…よし、紅玉の間の扉の前には、見張りが二人。いかにも強そうだわ。正面突破は不可能ね。
私は懐から、もう一つの秘密兵器、『カタツムリ型盗聴器(改・たまに自走する!)』を取り出した。これを扉の隙間に滑り込ませれば…。
そっと格子を外し、カタツムリ(見た目は可愛い)を隙間に向かって放つ。…が! カタツムリはあらぬ方向へ猛ダッシュ! ちょ、待ちなさい! そっちは壁よ!
慌てて手を伸ばし、壁に激突寸前でカタツムリをキャッチ! ふぅ、危なかった…。今度こそ、慎重に扉の隙間へ。よし、成功! ミラベル、余計な機能つけるのやめてくれる!?
盗聴器から、部屋の中の会話が微かに聞こえてきた。雑音混じりだが、集中すれば聞き取れる。
「…ふん、これでジャルジェ侯爵も終わりだな。例の『忘却の香』、効果は確かだろうな?」
「はっ! 我が組織が精製した逸品。明日の貴族会議で奴が醜態を晒せば、失脚は免れまい」
「うむ。そして、月蝕の夜、王宮の警備が手薄になる隙に、一気にケリをつける。武器の準備は抜かるなよ、武器商人殿」
「お任せを。最新式の魔導銃、例の倉庫に運び込みました。あとは合図を待つばかり…」
「邪魔だったヴィルヘルム公爵令嬢も、すでに始末した。我らの計画を阻むものは、もう何もない!」
(なんですって…!?)
王位簒奪、ジャルジェ侯爵の暗殺(薬殺?)、そして武器密輸! さらに、私の追放だけでなく、「始末」…? 彼らは、私が死んだと思っている…?
衝撃的な内容に、怒りで体が震える。許せない…! 絶対に、この悪事を白日の下に晒してやる!
ふと、会話の中に聞き慣れた名前が出た。
「例の情報屋、カレルとかいう小僧にも、しっかり口止め料を払っておけ。奴は金の匂いに敏感だからな」
「ふん、信用ならんチンピラだが、今は利用価値がある。事が終われば、奴も…」
やはりカレルはこの計画を知っていて、情報を売っていた! しかも、用済みになれば消される運命…? あの男、一体何を考えているの…?
全ての情報を記憶に刻み込み、私はそっとその場を離れることにした。これ以上の情報は望めないだろう。問題は、どうやってここから脱出するか…。
再び『足だけ見えてるマント』を羽織り、ダクトから廊下へ。細心の注意を払いながら、従業員用通路を目指す。
――その時だった。
「そこで何をしている!」
凛とした、厳しい声! まさか!
廊下の向こうから、松明の光と共に現れたのは、王都守備隊の一団! そして、その先頭に立つのは…やはり、ヴォルフガング中佐! まっすぐに、私のいる方向を見据えている!
(まずい! 見つかった!?)
しかも最悪なことに、透明マントの効果が切れかかってきたのか、体が蛍光灯のようにチカチカと点滅し始めた! 足だけじゃなくて、全身が! これじゃ隠れようがない!
(お、終わった…!)
私が絶望しかけた、その瞬間。
ぐいっ、と強い力で腕を引かれた!
「こっちだ、ドジな蛍光洗濯係」
低い、呆れたような声。振り返ると、そこには、いつの間に現れたのか、壁の影に潜んでいた情報屋カレルの姿が!
「え…カレ、」
「しっ! 黙ってろ!」
カレルは私の口を塞ぎ、有無を言わさぬ力で、近くの物陰へと引きずり込んだ。ヴォルフガング中佐率いる守備隊が、すぐそこまで迫ってきていた――!
(第9話 了)
0
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる