追放令嬢(20)、お忍び遊郭で最強スパイに成り上がり、私を陥れたクズ貴族どもに地獄を見せます 〜前世はエリート諜報員なので、情報操作も潜入も

虹湖🌈

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甘い罠と、外交官は嘘をつく

第19話 平和の使者と、瞳の奥の影

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 王宮の大ホールは、まるで宝石箱をひっくり返したかのような眩い光で満ち溢れていた。天井から下がる巨大なシャンデリアが幾千もの光の粒を振りまき、磨き上げられた大理石の床に踊る人々の影を映し出す。弦楽四重奏が奏でる優雅なワルツ、貴婦人たちの扇子が揺れる微かな風、そしてグラスの触れ合う軽やかな音。その全てが混じり合い、完璧なまでの平和を演出していた。

 ――完璧すぎて、少しだけ、退屈だわ。

 公爵令嬢リアナ・ヴィルヘルムは、優雅な微笑みを唇に浮かべながら、内心でそっとため息をついた。
 目の前では、恰幅のいい伯爵が、自分の領地で採れた葡萄がいかに素晴らしいかを熱弁している。私は完璧な相槌を打ちながら、その実、彼のネクタイが僅かに曲がっていることや、彼の妻である伯爵夫人が、少し離れた場所で若い騎士に秋波を送っていることなどを、無意識に分析していた。情報調査官としての、厄介な癖のようなものだ。

 〇〇侯爵の陰謀を阻止し、ヴィルhelm公爵家の名誉が回復されてから早数ヶ月。私は再び、"あるべき場所"へと戻ってきた。しかし、紅灯区の猥雑な喧騒と、命のやり取りをするスリルを知ってしまった今、このきらびやかで上辺だけの世界は、どこか現実味のない舞台装置のように思えてしまう。

「ああ、リアナ様! ますますお美しくなられて!」
「今宵のドレス、まるで夜空の星を閉じ込めたようですわね!」
 かつて私を嘲笑した令嬢たちが、今は蜜に群がる蝶のように擦り寄ってくる。私は笑顔でそれを受け流しながら、内心ではカレルの顔を思い浮かべていた。
(あの情報屋が見たら、きっと「腹の中を探り合う化かし合い、ご苦労なこった」なんて、ニヤニヤしながら言うのかしら)

 そんなことを考えていると、ふいに会場の空気が変わった。人々の視線が、ホールの中央へと注がれる。国王陛下の隣に立つ、ひときわ目を引く青年の姿に。

 彼が、隣国エスターニアから和平の使者としてやってきた、第二王子レオニード・フォン・エスターニア。
 夜色の髪は滑らかな絹のようで、理知的な光を宿す紫の瞳は、どこか憂いを帯びていて見る者を惹きつける。背筋の伸びた立ち姿は気品に溢れ、その物腰は、噂に違わぬ穏やかさと聡明さを感じさせた。

「まるで物語の中から抜け出てきたようねぇ」
 誰かがうっとりと呟く。確かに、その完璧なまでの王子様ぶりに、私も少しだけ感心した。少しだけ、ね。

 やがて、私の元にも王子の側近がやってきて、謁見の運びとなった。
「これは、ヴィルヘルム公爵令嬢。お噂はかねがね伺っております」
 レオニード王子は、私の手を取り、その甲に唇を寄せるという、礼儀の限りを尽くした挨拶をしてくれた。その声は、耳に心地よいバリトン。

「もったいないお言葉ですわ、レオニード殿下。カルデアへのご来訪、心より歓迎いたします」
 私もまた、完璧な淑女の礼を返す。腹の探り合いは、いつだって私の得意分野だ。

「リアナ様は、古代美術にも造詣が深いとか。私の国にも素晴らしい美術館がございまして…」
 会話は、芸術や音楽といった、実に平和で当たり障りのない話題で進んだ。彼は博識で、会話の運びも巧みだ。その完璧な立ち振る舞いに、私の情報調査官としての勘が、かすかな警報を鳴らす。あまりに完璧すぎるものは、いつだって怪しいものよ。ミラベルの『完璧☆変身ポーション(必ず何か副作用がある)』のように。

「ええ、エスターニアの文化は素晴らしいですわね。両国の間には、不幸な戦争の歴史もございましたが、こうして殿下のような方が平和を望んでくださることは、我々にとっても大きな喜びです」
 私は、ごく自然な会話の流れで、カマをかけてみた。過去の戦争。それは、彼の国にとっては敗戦という痛みを伴う記憶のはずだ。

 その瞬間だった。

「ええ、全くです。二度と、あのような悲劇を繰り返してはなりません」
 レオニード王子は、完璧な微笑みを浮かべたまま、そう言った。
 しかし、彼の紫の瞳の奥――そのほんの一瞬、コンマ数秒にも満たない刹那に、まるで凍てついた炎のような、暗く、そして燃えるような憎しみの光が宿ったのを、私は見逃さなかった。
 それはすぐに、深い憂いと平和への願いの色に塗り替えられたが、一度見てしまった残像は、私の脳裏に焼き付いて離れなかった。

「…リアナ様? どうかされましたか?」
 私の表情に何かを読み取ったのか、王子が不思議そうに首を傾げる。
「いいえ、何も。殿下の平和を愛するお心に、感銘を受けておりましたの」
 私は笑顔を取り繕い、会話を続けた。しかし、心の中はすでに、冷たい警戒心で満たされていた。

 夜会が終わり、公爵家の馬車に揺られて帰路につく。窓の外を流れる王都の夜景を見ながら、私はレオニード王子の顔を思い出していた。あの完璧な笑顔と、瞳の奥に一瞬だけ灯った、憎悪の火。

(平和の使者…ですって?)

 ありえない。あれは、平和を望む者の目ではない。あれは、全てを焼き尽くすほどの何かを内に秘めた、復讐者の目だ。

 私の日常は、どうやら、また退屈ではいられなくなりそうだ。
 部屋に戻ったら、まずミラベルに連絡を取らないと。王子の周辺を探るための、新しい"道具"が必要になるかもしれない。
 眠っていた情報調査官の血が、再び静かに、しかし熱く騒ぎ始めるのを感じながら、私は夜の闇を見つめていた。
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