追放令嬢(20)、お忍び遊郭で最強スパイに成り上がり、私を陥れたクズ貴族どもに地獄を見せます 〜前世はエリート諜報員なので、情報操作も潜入も

虹湖🌈

文字の大きさ
20 / 44
甘い罠と、外交官は嘘をつく

第20話 黒猫の潜入と、書斎の冷たい空気

しおりを挟む
 公爵家の豪奢な自室に戻り、侍女を下がらせたリアナは、一人になると同時に公爵令嬢の仮面を脱ぎ捨てた。きらびやかな夜会のドレスを乱暴に脱ぎ捨て、寝室の壁にかけられた巨大な姿見の裏にある、隠しスイッチを押す。ゴトリ、と重い音を立てて壁の一部がスライドすると、そこには彼女のもう一つの顔――情報屋"花季"としての機能的な活動着と、雑多な調査道具が収められた、秘密の空間が現れた。

 表の光と、裏の影。今の私そのものね。
 リアナは自嘲気味に呟きながら、ミラベル特製の小型魔導通信機(たまに混線して、どこかのパン屋の注文が聞こえてくる欠点あり)を取り出した。

「…ミラベル? 私よ」
『ひゃっ、花季様!? こ、こんな夜分にどうかなさいましたか!?』
 通信機の向こうから、いつもの慌てた声が聞こえてくる。私は手短に、夜会での出来事とレオニード王子への疑念を伝えた。

「――というわけで、近々、大使団の宿泊施設に潜入するわ。隠密行動に特化した、新しい道具を用意してちょうだい。それと、絶対に爆発しないものでお願いね」
『せ、潜入ぅ!? またですかぁ!? し、しかし、お任せください! 花季様のご期待に応えるべく、私の錬金術の粋を集めた、最高の潜入ツールを…!』
 ミラベルは悲鳴を上げながらも、その声はどこか嬉しそうだ。本当に、この子は…。

 数日後、私の手元には、ミラベルから届けられた新たな発明品一式が揃っていた。
『影に溶け込む☆忍者スーツ(試作品・関節部分がちょっとゴワゴワして動きにくいのが玉に瑕!)』
『壁にくっつく☆ヤモリの手袋(改良版・五分以上くっつけていると本当に剥がれなくなるので要注意!)』
 そして、『超小型☆盗聴魔導器・てんとう虫型(見た目の可愛さ重視!性能はそこそこ!)』。
 …相変わらずのネーミングセンスと、若干の不安が残る性能説明に、私は深いため息を一つ漏らした。

 決行は、レオニード王子が国王陛下主催の観劇に招かれた夜。王都の時計塔が真夜中を告げる鐘を鳴らす頃、リアナは忍者スーツ(確かにゴワゴワする)に身を包み、黒猫のように闇夜へと飛び出した。
 月明かりが、石畳の道を銀色に染めている。ひんやりとした夜気が肌を撫で、それがかえって私の感覚を研ぎ澄ませていく。

 大使団の宿泊施設――王宮に隣接する迎賓館は、静寂に包まれていた。しかし、その静寂は、張り詰めた弦のように危うい。建物の周囲には、エスターニア本国から派遣された屈強な警備兵たちが、鋭い視線を光らせて巡回している。彼らの動きには、カルデアの兵士たちにはない、実戦慣れした無駄のなさがあった。

(正面突破は不可能…狙うは、やはりあそこね)

 リアナは建物の影から影へと音もなく移動し、レオニード王子の部屋の真下に位置する庭園の茂みに身を潜めた。見上げれば、三階にある彼の部屋のバルコニーが見える。
 私はヤモリの手袋を両手にはめた。ミラベルの「五分以上は危険です!」という声が脳裏をよぎる。

(速攻で登るしかないわね…!)

 壁に手をかける。ピタッ! 驚くほどの吸着力だ。私は手と足を交互に動かし、まるで重力を無視するかのように、迎賓館の壁を登り始めた。ゴワゴワするスーツのせいで少し動きにくいが、前世で叩き込まれた身体能力が、この無茶な芸当を可能にしている。
 三分とかからずバルコニーに到達し、手すりに手をかけた瞬間、ヤモリの手袋を壁から引き剥がす。…うっ、本当に剥がれにくい! 少し焦ったわ。

 バルコニーの扉には、簡単な魔術錠がかかっていたが、私の指先にかかれば無いも同然だ。数秒で解錠し、滑るようにして部屋の中へと侵入する。
 王子の私室は、彼の表の顔を映し出すかのように、趣味の良い調度品や、各国の詩集、歴史書などが書斎机の上に整然と並べられていた。焚かれた香の匂いが、静かに部屋を満たしている。だが、その完璧に整えられた空間は、どこか人間味に欠け、まるで誰も住んでいないかのような冷たい空気を漂わせていた。

(この空気…嫌な感じね)

 私は五感を研ぎ澄ませ、慎重に部屋の捜索を開始した。狙いは、彼の本性を暴くための物証。
 書斎机の引き出しは、どれも当たり障りのない書類ばかり。ベッドの下にも、クローゼットの中にも怪しいものはない。完璧すぎるほどに、何もない。
 だが、その完璧さが、逆に違和感を際立たせる。

(隠し場所があるはず…こういう完璧主義者ほど、秘密は一番身近な場所に置くものよ)

 私の視線は、書斎机の上に置かれた、美しい装丁の革張りの本に注がれた。エスターニアの建国神話。王子がこれを熱心に読んでいるとは思えない。手に取ると、僅かな重さの偏りを感じた。
 本のページを慎重にめくっていくと…あった。中央部分がくり抜かれ、小さな収納スペースが作られている。
 中に入っていたのは、数枚の羊皮紙だった。一枚は、複雑な暗号で書かれた通信文の写し。そして、もう一枚は…!

(これは…王宮の『中央魔導炉』の、古い設計図…!)

 なぜ、彼がこんなものを? 王都の全ての機能を支える心臓部。もし、これが破壊されるようなことがあれば…。
 最悪の想像が頭をよぎり、背筋が冷たくなる。やはり、彼はただの平和の使者などではない!

 私はすぐさま、ミラベルに改良してもらった『瞬間記憶カメラ(今回は心霊写真オプションOFFのはず!)』を取り出し、証拠を水晶板に焼き付けた。
 これで、ひとまずの物証は手に入れた。あとは、ここから無事に脱出するだけ…!

 そう思った、まさにその時だった。
 遠くの廊下から、複数の足音が聞こえてきた! しかも、どんどんこちらに近づいてくる!

(まずいわ! 観劇が予定より早く終わったの!?)

 私は咄嗟に、部屋の隅にかかる、床まで届くほど長い、分厚いビロードのカーテンの裏に身を滑り込ませた。心臓が、警鐘のように激しく鳴り響く。

 カチャリ、と音を立てて扉が開き、レオニード王子の静かな声が、部屋の冷たい空気を震わせた。

「…今宵は月が綺麗だな。だが、少し空気が違うようだ」
 彼の声と共に、数人の屈強な側近たちが部屋に入ってくる気配がする。
「――そこに、誰かいるのか?」

 カーテンの隙間から、彼の紫の瞳が、真っ直ぐにこちらに向けられた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

さようなら、たったふたつの

あんど もあ
ファンタジー
王子に愛されてる伯爵令嬢のアリアと、その姉のミレイユ。姉妹には秘密があった……。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...