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第二章 愛は支配でも犠牲でもなく、未来を芽吹かせる“希望の種”となる。
第18話 それぞれの正義
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商人がもたらした言葉は、冷たい毒のように、俺たちの共同体にじわりと広がっていった。
エルダーの落ち着いた声が、門の前で凍りついていた俺たちを現実へと引き戻す。
「……立ち話もなんだ。詳しい話を、司令室で聞かせてもらおう」
司令室の古びた円卓を、重い沈黙が支配していた。
旅の商人は、震えながらも知っている限りの情報を絞り出す。「ガイアの子ら」が、難民を保護するという名目で信者を増やし、瞬く間に東のエリア一帯を掌握したこと。彼らの指導者が「エリアス」という、神がかり的なカリスマを持つ男であること。そして、彼らが最終目的として、ラスト・オメガである俺を「聖母」として迎え入れようとしていること。
「話し合えば、わかるかもしれないじゃないですか!」
沈黙を破ったのは、ジンだった。彼は義手の指を神経質に動かしながら、理想を信じる純粋な目で訴える。
「彼らも、ドームの支配から逃れたいだけなのかもしれない。目的が同じなら、手を組むことだって……」
「甘いこと言ってんじゃないよ、このガキが!」
ジンの言葉を、サラの鋭い声が切り裂いた。彼女はテーブルに拳を叩きつけ、その瞳には憎悪の炎が燃え盛っている。
「あんたは知らないだろうさ! 連中がどうやって勢力を拡大してきたかなんて!」
サラは、忌まわしい記憶を吐き出すように、激しい口調で続けた。
「あたしの故郷の村も、最初はそうだった。『救済』なんて甘い言葉で入り込んできて、食料を分け与え、病人を癒し……気づいた時には、村のすべてが奴らに乗っ取られていた。逆らう者は『浄化』という名目で殺され、あたしの弟も……抵抗しただけで、見せしめに……!」
そこまで言うと、サラは唇を噛み締め、言葉を飲み込んだ。彼女の壮絶な過去に、誰もが息を呑む。ジンも、言葉を失って俯いた。
俺は、自分の心臓が冷たくなっていくのを感じていた。
僕のせいで。僕という存在があるせいで、サラさんの弟さんは……。
「いずれにせよ、我々はフロンティアを守る。ただ、それだけだ」
静かに、しかし鋼の意志を込めて、レオンが言った。彼は壁に広げられた防衛マップを指し示す。
「敵が神を名乗ろうが悪魔を名乗ろうが、やることは変わらん。今日から警備レベルを最大に引き上げる。ジン、お前の発明した監視ドローンを境界線に配備しろ。サラ、あんたは防衛隊の再編成を」
レオンは冷静に、的確に指示を飛ばしていく。その姿は頼もしく、仲間たちも彼の言葉に落ち着きを取り戻し始めていた。だが、俺には分かった。彼の冷静さは、俺を不安にさせまいとするための仮面だ。その瞳の奥では、俺に近づくすべてのものを焼き尽くさんばかりの、冷たい炎が燃えている。
会議が終わり、俺は自室で一人、膝を抱えていた。
サラの言葉が、頭から離れない。俺がいるだけで、誰かが傷つき、誰かが死ぬ。ドームから逃げ出しても、結局何も変わらないじゃないか。
「……アキ」
静かにドアが開かれ、レオンが入ってきた。彼は何も言わずに俺の隣に座ると、その大きな身体で、俺を世界のすべてから隠すように、優しく抱きしめた。
「僕のせいで……サラさんの弟さんも……」
「違う」
レオンは、俺の言葉を強く否定した。
「お前のせいじゃない。歪んでいるのは、お前という存在を利用しようとする、この世界の方だ」
「でも、怖いんだ、レオンさん……」
一度堰を切った弱音は、もう止まらなかった。
「ようやく手に入れたんだ……みんなで笑い合える、こんな温かい場所が……。それも、僕がいるだけで、また壊されていくのが……怖い……」
するとレオンは、俺の身体を少しだけ離し、俺の顔をその両手で包み込んだ。
「俺を見ろ、アキ」
無理やり顔を上げさせられる。間近で見た彼の灰色の瞳は、夜の闇よりも深く、そして何よりも真摯に俺だけを映していた。
「俺がいる。俺だけじゃない、サラも、ジンも、エルダーも、皆がいる。お前はもう一人じゃない」
その指先に、力がこもる。
「お前が血反吐を吐くような思いで守り抜いた、この場所を、俺たちが守る。お前が愛した、この日常を、俺たちが守る。何度でもだ。だから、お前は何も心配するな」
彼の揺るぎない言葉と、伝わってくる確かな体温に、凍りついていた俺の心は少しずつ溶かされていく。そうだ、俺はもう、一人じゃない。
俺たちが静かに寄り添っていると、不意に、司令室からけたたましい警報が鳴り響いた。
二人で顔を見合わせ、司令室へと駆けつける。
そこでは、ジンが鬼の形相で通信パネルを操作していた。メインモニターには、砂嵐のようなノイズの奥に、見知らぬ男の顔が映し出されている。
長い銀髪、陶器のように白い肌。穏やかな笑みを浮かべているのに、その瞳は底なしの深淵を湛えている。神々しくも、どこか人間離れした、美しい男だった。
男は、モニター越しに、まるで最初からそこにいると知っていたかのように、俺をまっすぐに見つめた。そして、穏やかに、しかし魂に直接語り掛けるような響きで、その唇を開いた。
「初めまして、我が同胞。私の名はエリアス」
男――エリアスは、恍惚とした表情で微笑んだ。
「――ようやく、会えましたね」
エルダーの落ち着いた声が、門の前で凍りついていた俺たちを現実へと引き戻す。
「……立ち話もなんだ。詳しい話を、司令室で聞かせてもらおう」
司令室の古びた円卓を、重い沈黙が支配していた。
旅の商人は、震えながらも知っている限りの情報を絞り出す。「ガイアの子ら」が、難民を保護するという名目で信者を増やし、瞬く間に東のエリア一帯を掌握したこと。彼らの指導者が「エリアス」という、神がかり的なカリスマを持つ男であること。そして、彼らが最終目的として、ラスト・オメガである俺を「聖母」として迎え入れようとしていること。
「話し合えば、わかるかもしれないじゃないですか!」
沈黙を破ったのは、ジンだった。彼は義手の指を神経質に動かしながら、理想を信じる純粋な目で訴える。
「彼らも、ドームの支配から逃れたいだけなのかもしれない。目的が同じなら、手を組むことだって……」
「甘いこと言ってんじゃないよ、このガキが!」
ジンの言葉を、サラの鋭い声が切り裂いた。彼女はテーブルに拳を叩きつけ、その瞳には憎悪の炎が燃え盛っている。
「あんたは知らないだろうさ! 連中がどうやって勢力を拡大してきたかなんて!」
サラは、忌まわしい記憶を吐き出すように、激しい口調で続けた。
「あたしの故郷の村も、最初はそうだった。『救済』なんて甘い言葉で入り込んできて、食料を分け与え、病人を癒し……気づいた時には、村のすべてが奴らに乗っ取られていた。逆らう者は『浄化』という名目で殺され、あたしの弟も……抵抗しただけで、見せしめに……!」
そこまで言うと、サラは唇を噛み締め、言葉を飲み込んだ。彼女の壮絶な過去に、誰もが息を呑む。ジンも、言葉を失って俯いた。
俺は、自分の心臓が冷たくなっていくのを感じていた。
僕のせいで。僕という存在があるせいで、サラさんの弟さんは……。
「いずれにせよ、我々はフロンティアを守る。ただ、それだけだ」
静かに、しかし鋼の意志を込めて、レオンが言った。彼は壁に広げられた防衛マップを指し示す。
「敵が神を名乗ろうが悪魔を名乗ろうが、やることは変わらん。今日から警備レベルを最大に引き上げる。ジン、お前の発明した監視ドローンを境界線に配備しろ。サラ、あんたは防衛隊の再編成を」
レオンは冷静に、的確に指示を飛ばしていく。その姿は頼もしく、仲間たちも彼の言葉に落ち着きを取り戻し始めていた。だが、俺には分かった。彼の冷静さは、俺を不安にさせまいとするための仮面だ。その瞳の奥では、俺に近づくすべてのものを焼き尽くさんばかりの、冷たい炎が燃えている。
会議が終わり、俺は自室で一人、膝を抱えていた。
サラの言葉が、頭から離れない。俺がいるだけで、誰かが傷つき、誰かが死ぬ。ドームから逃げ出しても、結局何も変わらないじゃないか。
「……アキ」
静かにドアが開かれ、レオンが入ってきた。彼は何も言わずに俺の隣に座ると、その大きな身体で、俺を世界のすべてから隠すように、優しく抱きしめた。
「僕のせいで……サラさんの弟さんも……」
「違う」
レオンは、俺の言葉を強く否定した。
「お前のせいじゃない。歪んでいるのは、お前という存在を利用しようとする、この世界の方だ」
「でも、怖いんだ、レオンさん……」
一度堰を切った弱音は、もう止まらなかった。
「ようやく手に入れたんだ……みんなで笑い合える、こんな温かい場所が……。それも、僕がいるだけで、また壊されていくのが……怖い……」
するとレオンは、俺の身体を少しだけ離し、俺の顔をその両手で包み込んだ。
「俺を見ろ、アキ」
無理やり顔を上げさせられる。間近で見た彼の灰色の瞳は、夜の闇よりも深く、そして何よりも真摯に俺だけを映していた。
「俺がいる。俺だけじゃない、サラも、ジンも、エルダーも、皆がいる。お前はもう一人じゃない」
その指先に、力がこもる。
「お前が血反吐を吐くような思いで守り抜いた、この場所を、俺たちが守る。お前が愛した、この日常を、俺たちが守る。何度でもだ。だから、お前は何も心配するな」
彼の揺るぎない言葉と、伝わってくる確かな体温に、凍りついていた俺の心は少しずつ溶かされていく。そうだ、俺はもう、一人じゃない。
俺たちが静かに寄り添っていると、不意に、司令室からけたたましい警報が鳴り響いた。
二人で顔を見合わせ、司令室へと駆けつける。
そこでは、ジンが鬼の形相で通信パネルを操作していた。メインモニターには、砂嵐のようなノイズの奥に、見知らぬ男の顔が映し出されている。
長い銀髪、陶器のように白い肌。穏やかな笑みを浮かべているのに、その瞳は底なしの深淵を湛えている。神々しくも、どこか人間離れした、美しい男だった。
男は、モニター越しに、まるで最初からそこにいると知っていたかのように、俺をまっすぐに見つめた。そして、穏やかに、しかし魂に直接語り掛けるような響きで、その唇を開いた。
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