オメガの僕が、最後に恋をした騎士は冷酷すぎる

虹湖🌈

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第二章 愛は支配でも犠牲でもなく、未来を芽吹かせる“希望の種”となる。

第20話 愛という名の鳥籠

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 エリアスが残した毒は、即効性ではなかった。
 それは、ゆっくりと、しかし確実に俺たちの共同体を内側から蝕んでいく、遅効性の呪いだった。

 司令室は解散となったものの、誰もがその場を去りがたいような、重苦しい空気に満ちていた。エリアスの言葉が、見えない壁となって俺と仲間たち、そして何より、俺とレオンの間に横たわっている。
 その夜、俺たちの寝室で、レオンは一言も、エリアスのことを口にしなかった。それがかえって、彼の怒りの深さを物語っているようで、俺は息苦しささえ感じていた。

 亀裂が、はっきりと形になったのは、その翌日のことだった。
 俺がいつものように畑へ向かおうとすると、戸口でレオンが静かに道を塞いだ。

「どこへ行く」
「どこって……畑に。子供たちと、種を植える約束を……」
「その必要はない」

 彼の声は、温度というものが一切感じられなかった。
「今日から、お前は司令室の奥にある書斎から外へ出ることを禁ずる。共同体の指示は、そこから出せばいい」
「……え?」

 俺は、自分の耳を疑った。
「何を言ってるんですか、レオンさん。俺は囚人じゃありません」
「そうだ。お前は囚人じゃない。だが、狙われている。お前の安全を確保するのは、俺の最優先事項だ」

 彼の言っていることは、正論だ。だが、その灰色の瞳の奥に、俺は別の色を見ていた。それは、エリアスに向けられた敵意だけではない。俺が他の誰かと笑い合うこと、俺が誰かのために心を砕くこと、そのすべてに向けられた、かすかな嫉妬と独占欲の色だった。

「嫌です」と、俺ははっきり言った。「俺の居場所は、みんなのいるあそこです」
「……分かっていないようだな、アキ」

 レオンの声が、一度低くなった。
「これは命令だ。共同体の、防衛隊長としてのな」
 それは、議論の余地を一切与えない、絶対的な響きを持っていた。俺は、何も言い返せなかった。

 共同体の不協和音は、それだけではなかった。
 ジンの作業場からは、この数日、若い技術者たちの興奮した声が漏れ聞こえてくるようになっていた。

「すげえ……この通信技術、ドームの全盛期でも見たことないぞ……!」
「ああ、エリアスって奴は、いったい何者なんだ……」

 彼らは、エリアスが使っていた超広域通信の痕跡を解析し、その圧倒的な技術レベルに心酔しかけていた。その様子を、サラが苦々しい表情で見つめている。

「あんた、正気かい、ジン」
 サラが、ジンの胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄った。
「敵の技術にうつつを抜かして! 弟の仇の技術に!」
「技術に敵も味方もないだろ、サラさん!」

 ジンも、一歩も引かなかった。
「俺は! フロンティアの未来のために、必要なものを吸収したいだけだ! あんたみたいに過去の憎しみに囚われて、泥水をすするだけの生活はもうごめんなんだよ!」
「……なんだと……!」

 信念と信念の、痛々しいほどの衝突。
 俺は、その間に入ることさえできず、ただ立ち尽くすだけだった。リーダーとして、俺は完全に無力だった。

 その夜、俺は書斎に一人でいた。レオンの命令通り、外に出ることは許されなかった。
 窓の外からは、仲間たちの声が遠くに聞こえる。俺は、たった数枚の壁を隔てただけで、世界から切り離されてしまったようだった。

(どうしたら、いいんだ……)

 誰にも相談できない。レオンは俺を鳥籠に閉じ込めようとし、サラは憎しみに燃え、ジンは新しい技術に夢中だ。誰も、今の俺の本当の痛みを見てはくれない。
 その時、不意に、エリアスの言葉が脳裏に蘇った。
(私こそが、彼の唯一の理解者なのですから)

「……っ、違う……!」
 俺は頭を振って、その声を打ち消した。
 ドアが開き、レオンが入ってくる。彼は、俺の思い詰めた表情を見て、わずかに眉を寄せた。
 俺は、最後の希望を託すように、彼に問いかけた。

「レオンさん……俺は、どうしたらいいんでしょうか。みんなが、バラバラになってしまう……」

 読者は、レオンがここで俺を優しく慰めることを期待するだろう。俺自身も、そうだった。
 だが、彼の口から紡がれた言葉は、俺の最後の期待を、粉々に打ち砕いた。

「……お前は、何も考えなくていい」

 その声は、驚くほど静かだった。
「え……?」
「敵のことは俺が排除する。共同体の不満分子も、俺が黙らせる。お前はただ、この安全な場所で、俺に守られていさえすればいい」

 彼は、俺の震える手を、そっと握った。
「それ以外は、何も望まん」

 それは、究極の愛情の言葉であると同時に、俺の意志と、尊厳と、存在そのものを完全に否定する、残酷な宣告だった。彼は、俺が必死に育ててきた「リーダー」としての芽を、その愛という名の足で、躊躇なく踏み潰したのだ。

 俺は、何も言えなかった。
 ただ、彼の瞳の中に、エリアスに向けられた憎悪と同じくらい強い、「俺を誰にも渡さない」という狂気的な光が揺らめいているのを見ていた。

 彼が部屋から去った後、俺は一人、声を殺して泣いた。
 あなたは、隣にいるのに。
 その心は、今までで一番、遠くに感じられた。
 エリアスが穿った亀裂は、もはや「愛」という言葉だけでは、到底埋められないほど深く、そして致命的だった。
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