オメガの僕が、最後に恋をした騎士は冷酷すぎる

虹湖🌈

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第二章 愛は支配でも犠牲でもなく、未来を芽吹かせる“希望の種”となる。

第22話 砕かれた天秤

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 鳴り響く通信音、怒号、そして懇願。
 世界中の声が、洪水となって司令室になだれ込んでくる。その全てが、俺というたった一人の人間に向けられている。天秤の皿の上で、俺の命と世界の未来が、無慈悲に揺れ動いていた。

「――一旦、全ての外部回線を遮断しろ!」

 エルダーの厳かな声が、混沌を切り裂いた。ジンが弾かれたようにコンソールを操作し、嵐のような声が途絶える。後に残されたのは、互いの荒い息遣いと、心臓の鼓動だけが聞こえる、耐え難いほどの静寂だった。

「……どうするんだ、アキ」

 サラが、絞り出すような声で俺に問うた。その瞳には、怒りと、そして俺を気遣う優しさが滲んでいる。
 会議は、すぐに再開された。だが、それはもはや方針を決めるためのものではなく、引き裂かれた仲間たちの心の叫びを、ぶつけ合うだけのものだった。

「でも、サラさん……治療法は、本当に完成するかもしれないんだ……」
 ジンが、苦悩に満ちた表情で呟いた。
「俺のこの腕だって、もっとマシになったかもしれない。世界には、戦争や病気で、もっと苦しんでる人たちが大勢いるんだ! その人たちを見殺しにして、俺たちだけが生き残るなんて……そんなの、正しいことなのかよ!」
「綺麗事を言うな!」

 サラが、ジンの言葉を叩き潰すように叫んだ。
「あんたはマルクスとかいう総督の言葉を鵜呑みにするのかい!? 奴らが素直に約束を守るもんか! アキを渡した瞬間、あたしたちは用済みで皆殺しにされるだけさ! あんたのそのお人好しが、今度こそ全員を地獄に送るんだよ!」

「それでも、可能性はゼロじゃないだろ!」
「その可能性に、アキの命を賭けるってのかい!?」

 二人の議論は、永遠に交わることのない平行線を辿っていた。エルダーは静かに目を閉じ、レオンは壁に寄りかかったまま、ただ黙ってその光景を見ている。
 俺は、もう見ていられなかった。
 俺のせいで、家族同然だった仲間たちが、憎しみ合っている。

「……少し、時間をください」

 俺がそう言うと、争っていたサラとジンも、はっとしたように口をつぐんだ。
「俺が、決めます。リーダーとして、この共同体の未来を……。だから、少しだけ、一人で考える時間を」
 その言葉に、誰も反論できなかった。

 その日の午後、俺はまるで最後の別れを告げるかのように、共同体の中をゆっくりと歩いて回った。
 子供たちと他愛ない話をして笑い、サラの武器の手入れを手伝い、ジンの作業場で彼の新しい発明品を褒めた。誰もが、いつもと変わらない俺の姿に安堵しているようだった。
 だが、レオンだけは違った。
 彼は決して俺に近づこうとはしなかったが、その鋭い視線は、常に俺の背中に突き刺さっていた。俺の平静さが、偽りのものであること。その仮面の下で、俺が何かを覚悟したことを、彼はとっくに見抜いていた。

 夜。俺は、自分の部屋で、小さなバッグに最低限の食料と水を詰め込んでいた。
 決めたのだ。
 俺一人が、静かにここから消えればいい。
 俺がドームに行けば、レン先生は解放され、治療法は世界を救う。レオンや仲間たちも、もう戦う必要はなくなる。誰かが俺を裏切り者だと罵ってもいい。それで、みんなが生き残れるのなら。

 すべての準備を終え、ドアに手をかけた、その時だった。
 背後に、音もなく、静かな気配が立った。
 振り返るまでもない。レオンだった。

「……どこへ行くつもりだ」

 彼の声は、感情というものがすべて抜け落ちたように、平坦だった。
 俺は覚悟を決め、まっすぐに彼を見つめ返した。
「ドームへ行きます。俺一人が行けば、全てが終わるんです。これが、リーダーとしての、俺の最後の仕事です」

「そうか」と、レオンは短く応えた。「ならば、俺も行く」
「だめだ!」

 俺は、思わず叫んでいた。
「これは、俺一人の問題なんです! あなたまで犠牲にするわけにはいかない!」

 俺の悲痛な叫びを聞いたレオンは、ふっと、何かを諦めたように息を吐いた。そして、俺の背後にあるドアへと歩み寄ると、無表情のまま、内側から重々しいロックをかけた。

 カチャン。

 独房の扉が閉まるような、無慈悲な金属音が、静かな部屋に響き渡った。

「……ならば、お前はどこへも行けない」

 振り返ったレオンの瞳から、理性の光が消えていた。
 そこにあるのは、愛するものを失うことへの、純粋な恐怖と、剥き出しの狂気だけだった。彼はゆっくりと、俺との距離を詰めてくる。

「俺は言ったはずだ。お前は何も考えなくていいと」

 その手は、俺の肩を掴むと、逃がさないとでもいうように強く、強く握りしめた。
「お前を失うくらいなら、俺がこの世界ごと、壊してやる」

 彼の瞳が、俺を映す。
「お前は、ここで俺だけのものだ。永遠に」

 愛が、監獄へと姿を変えた瞬間だった。
 俺は、彼の腕の中で、声にならない悲鳴を上げながら、ただ絶望に飲み込まれていくしかなかった。
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