オメガの僕が、最後に恋をした騎士は冷酷すぎる

虹湖🌈

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第三章 命は巡り、愛は受け継がれることで永遠となる

第26話 黄金色の時間

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 風が、黄金色の麦の穂を揺らす。
 その穂先が擦れ合う音は、まるで寄せては返す波のようで、俺は目を閉じ、その穏やかな音色に耳を澄ませた。太陽の光が暖かく肌を焼き、湿った土の匂いがする。五年という歳月が、かつて赤茶けた不毛の荒野だったこの土地を、生命の実りに満ちた場所へと変えてくれた。

「アキ代表ー! こっち、手伝ってくださーい!」
「今行くよ!」

 子供たちの声に、俺は笑顔で振り返った。
 五年前には、この世界には存在しなかった声だ。ドームが崩壊し、レン先生の治療法が確立され、人類は再び未来を、その腕に抱きしめることができるようになった。俺はもう「ラスト・オメガ」ではない。ただの、アキ。この共同体「フロンティア」を仲間たちと共に導く、一人のリーダーだ。

「わっ!」
 麦の収穫を手伝っていた一人の少女が、石につまずいて転んでしまった。その拍子に、抱えていた野の花の花瓶が割れ、花が地面に散らばる。
「ハナ、大丈夫かい?」
「う、うん……でも、お花が……」
 ハナと呼ばれた少女が、しおれてしまった花を見て、目に涙を浮かべた、その時だった。

 彼女が、泣きそうな顔で、そっと花に手をかざす。
 すると、折れた茎はすっくと起き上がり、萎れていた花弁が、まるで早送りの映像のように、みるみるうちに瑞々しさを取り戻していく。
「夜明けの子供たち」。
 最初に生まれた新世代の子供たちに発現し始めた、不思議な力。それは、この再生した世界を祝福する、神様からの贈り物だと、誰もが信じていた。

「すごいな、ハナは」
「えへへ」
 はにかむ少女の頭を撫でてやりながら、俺は空を見上げた。どこまでも青い空。かつてドームの白い部屋で夢見ていた、本当の空。この平穏が、奇跡なのだと、今でも時々思う。

「あまり、根を詰めすぎるな」

 背後から、低く、そして世界で一番安心する声がした。振り返ると、見張り台での役目を終えたレオンが、腕を組んで立っていた。焼けた肌も、少し増えた目尻の皺も、彼が俺と共に生きてきた時間の証だ。

「おかえりなさい、レオンさん」
「ああ。……お前がここにいると、フロンティアは今日も平和だと、安心する」
「俺はもう、あなたに守られるだけの存在じゃありませんよ」
 俺が少しだけむくれて見せると、レオンはふっと笑い、俺の隣に並んで、黄金色の畑を見渡した。
「分かっているさ。お前は、俺の……俺たち全員の、誇りだ」

 その時だった。
 不意に、視界の端が、ぐにゃりと歪んだ。同時に、足元から力が抜けていくような、奇妙な浮遊感に襲われる。

「……っ……」

 俺は咄嗟に、膝に手をついてその場にうずくまった。激しい目眩と、胸の奥からこみ上げてくるような息苦しさ。
「アキ!? どうした!」
 レオンの血相が変わる。彼は瞬時に俺の身体を支えると、その瞳に、五年前の戦場と同じ、鋭い警戒の色を宿らせた。

「大丈夫……です。少し、立ちくらみがしただけ……」
 俺は、彼を心配させまいと、必死で笑顔を作った。ここ数ヶ月、時折こうして、原因不明の衰弱が俺の身体を襲うようになっていた。だが、それは誰にも――レオンにさえ、言っていない。
「嘘をつけ。顔が真っ青だぞ。すぐにレン先生のところへ――」

 レオンが俺を抱き上げようとした、その時だった。
「アキ代表、大丈夫……?」

 心配そうに駆け寄ってきたのは、先ほどの少女、ハナだった。彼女は、俺の苦しそうな顔を見て、小さな眉をきゅっと寄せた。そして、俺を助けたい一心で、あの不思議な力を、俺に向けて使ったのだ。
 彼女は、俺の手を取り、そこに、先ほど蘇らせたばかりの野の花を、そっと握らせた。

「ハナの元気、あげる……!」

 純粋な、善意。
 子供の、無垢な祈り。
 彼女の小さな手から、温かい光のようなエネルギーが、俺の身体に流れ込んでくる。そして、俺の掌の中の花が、ありえないほどの生命力で、鮮やかに、力強く、輝き始めた。

 だが、その奇跡と引き換えに。
 俺の身体から、ごっそりと、何かが奪い去られていくのを、はっきりと感じた。
 目眩はさらにひどくなり、呼吸が浅くなる。まるで、俺の命そのものを、この花に吸い上げられているかのように。

 祝福と、呪い。
 進化と、犠牲。

 俺は、その残酷な天秤の上で、今、何が起きているのかを、瞬時に理解してしまった。
 レオンもまた、その異常な光景に気づいていた。彼の視線は、俺の掌で輝く花と、それを健気に咲かせようとしている無垢な少女の顔、そして急速に血の気を失っていく俺の顔を、絶望的に行き来している。

「……君が……」

 レオンの唇から、絞り出すような、信じられないものを見るような声が漏れた。
「君が、アキの命を……」

 黄金色の平穏な時間の中に、最初の亀裂が、音もなく、そして決定的に入った瞬間だった。
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