悪役令嬢として断罪されたけど、攻略対象全員に溺愛されてます

ゆっこ

文字の大きさ
4 / 5

4

しおりを挟む
 夜明け前の王都は、いつもなら市場のざわめきが生まれ始める時刻だった。
 しかし、今は違った。
 黒い霧が街全体を覆い、鐘の音も、鳥の声も聞こえない。
 その中心――王城の塔から、禍々しい黒光が立ち昇っている。

「……間に合わなかったのね」

 私は馬上から城を見上げ、唇を噛んだ。
 黒の神官レオンが放った“闇の儀式”。
 それが発動したのだ。

「リリアーナ、焦るな」
 隣のライナルトが、私の手綱を握り止める。
 いつも強気なその瞳が、今は真剣そのものだった。
「突っ込めば危険だ。まずは街の様子を――」

「見捨てられないわ」
 私は馬を走らせた。
 止める声も、風にかき消されていく。

 王都は地獄だった。
 闇に操られた兵士たちが彷徨い、空気は濃い瘴気に満ちている。
 かつて私を嘲笑った貴族たちの屋敷も、今は崩れ、炎に包まれていた。

(……皮肉ね。自分たちが築いた権力に、飲み込まれるなんて)

 けれど、胸の奥に生まれるのは快感ではなく――痛みだった。
 それでも、私は止まれない。

 城門前で待ち受けていたのは、黒衣の神官たち。
 彼らの中心に、ひときわ禍々しい魔力を放つ影がいた。

「……来たか、我が花嫁」

 レオン・ヴァルム。
 薄く笑う唇の端から、闇の瘴気が溢れ出す。

「“花嫁”なんて呼ばないで」
「ならば証明してみせろ。お前の心が、まだ光にあると」

 彼の足元に魔法陣が広がり、空が裂けた。
 闇の竜が姿を現す。

 ――しかし、その瞬間。

「おい、勝手に始めるな」

 炎の刃が空を裂き、竜の首を焼いた。
 ライナルトが飛び出し、剣を構える。

「リリアーナを奪おうなんて、笑わせんな」

 続いて、セドリックの聖印が光を放ち、空間が浄化される。
 ユリアスは剣を抜き、闇の神官たちを一閃。

 彼ら三人の姿が、まるで光の三本柱のように見えた。
 私の胸の奥が熱くなる。

「……来てくれたのね」
「当然だ。お前一人置いてくかよ」

 ライナルトが笑い、セドリックが息を吐く。
「貴女の無茶は予想済みです」
「リリアーナ、二度と勝手に走るな」ユリアスが鋭く言う。

「……ごめんなさい。でも、ありがとう」

 彼らの視線が私に重なった瞬間、背筋に熱が走る。
 こんなにも――私を想ってくれる人たちがいる。

 だから、私は負けない。

「レオン。あなたの思い通りにはさせない!」

 両手を掲げ、聖魔法を発動する。
 眩い光が闇を裂き、竜を貫いた。
 叫び声とともに、闇が弾ける。

 ――だが。

 次の瞬間、レオンの瞳が赤く光った。
「愚かだな。お前が放ったその光……それこそ、儀式の“鍵”だ」

「……なに?」

 私の魔力が、闇の魔法陣に吸い込まれていく。
 体の奥から、力が奪われる感覚。

「リリアーナ!」
 ユリアスが駆け寄り、私を抱きかかえる。
 けれど、レオンの魔法は止まらない。

「やめろッ!!」ライナルトが炎を放つが、弾かれる。
「この力は神の秩序そのもの。人間には止められん」

 レオンが手を伸ばす。
「お前を取り込めば、私は完全になる。世界を造り替える力を得る」

 視界が霞む。
 でも――その時、誰かの手が私の頬を包んだ。

 セドリックだった。
 穏やかで、けれど必死な眼差しで私を見つめる。

「リリアーナ。僕を信じてください」
「え……?」

 次の瞬間、彼は私の唇に軽く触れた。

 ほんの一瞬。
 でも確かに、光が生まれた。

 体の奥にあった魔力の流れが変わり、奪われていた加護が戻ってくる。

「……セドリック?」
「貴女の加護を、僕の祈りで繋いだんです。代償は――僕の命です」

「そんなの駄目!」
「駄目じゃありません。貴女の笑顔を守れるなら、それでいい」

 その声に、胸が締め付けられた。
 涙がこぼれ、頬を伝う。

「あなたまで失いたくない!」

「なら、勝ってください。貴女は誰よりも強い――僕が愛した人です」

 その言葉とともに、彼の体が光に包まれる。
 光は私の胸に吸い込まれ、心臓が熱く脈打つ。

 ――次の瞬間。

 光が爆発した。
 レオンの魔法陣が弾け飛び、闇が一瞬で霧散する。

 彼が呻き声を上げ、後退した。
 そして、私の背に三つの影が寄り添う。

「……終わってねぇぞ」ライナルトが剣を構えた。
「まだ息がある」ユリアスが低く言う。

 レオンは笑う。
「これで終わりだと思うな。闇は消えぬ。
 ――王太子が、私の“器”になるのだから」

「……王太子?」

 その言葉に、胸が凍る。
 アレクシス――かつて私を断罪し、見下ろしたあの男。

 レオンの影が消えると同時に、遠く王城の塔から新たな魔力が爆発した。

「まさか……」

 ユリアスが顔を上げる。
「リリアーナ、急げ! 王城だ!」



 王城の玉座の間は、すでに崩壊していた。
 柱は折れ、壁には闇の紋章。
 その中央に、狂気に満ちた瞳の男が立っていた。

 金髪の王太子、アレクシス。
 かつて婚約者として私を断罪した男が、今は闇の王の器として微笑んでいた。

「……久しいな、リリアーナ」
 低い声。だが、それは彼のものではない。
 レオンの声が混ざっている。

「まさか、本当に……あなたが」
「皮肉だな。お前を“悪役”に仕立て上げた私が、今は悪役だ」

 彼が一歩、また一歩と近づく。
 私の喉が鳴った。
 背後では、ライナルトたちが構えている。

「リリアーナ……戻ってこい。お前がいなければ、私は空っぽだ」

 アレクシスの瞳には涙があった。
 けれど、その奥には確かに“闇”が潜む。

「断罪したくせに、今さら何を――」
 ライナルトが剣を振り上げたが、私が止めた。

「待って。……話を聞くわ」

 その瞬間、アレクシスの瞳が揺れた。
「やはり、お前は優しい」

 次の瞬間、彼が手を伸ばした。
 その指先が私の頬に触れた途端――電撃のような魔力が体を貫く。

「……っ!」
「やはり。お前の光があれば、私は完全になれる」

「離して!」

 私は聖光を放つが、闇に飲み込まれる。
 視界が歪み、体が引きずられるように闇の中へ。

「リリアーナ!!」
 三人の叫び声が響く。
 伸ばされた手が届かぬまま、私は闇に呑み込まれた。



 気がつくと、そこは黒い水面の上だった。
 足元には無限の闇が広がり、空には星も月もない。
 ただ一人、アレクシスが立っていた。

「ここは……あなたの内側?」
「そうだ。お前を閉じ込めた。誰にも邪魔はさせない」

 彼が手を伸ばす。
 その瞳に、悲しみと渇望が混ざっていた。

「お前を愛していた。今もだ。
 でも、王としての義務がそれを許さなかった。
 だから……神官の囁きにすがった。お前を“悪役”にしてでも、自分を正当化した」

 その告白は、あまりにも遅すぎた。

「私はもう、あなたを愛してはいないわ」

 静かに、けれどはっきりと告げる。
 アレクシスの表情が歪む。

「そうか……ならば、せめてこの闇の中で――永遠に」

 彼の腕が私を包み込む。
 冷たく、けれどどこか切ない抱擁。
 その瞬間、胸の奥に光が灯った。

 ――ライナルト、セドリック、ユリアス。

 私の名前を呼ぶ彼らの声が、遠くで響く。

「……私、ここで終われない」

 光が私の体から溢れ、アレクシスの胸を貫いた。
 闇が裂ける。
 彼の目に一瞬、穏やかな笑みが浮かんだ。

「やはり……お前は、光そのものだな」

 そして、アレクシスの姿が霧のように消えていく。

 闇の世界が崩れ落ち、光が差し込む――




 まぶしい光の中で目を開けた。
 そこには、私の名を呼ぶ三人の姿があった。
 ライナルト、セドリック、ユリアス。

「リリアーナ!」

 抱きしめられる感触。温もり。涙。
 ようやく、現実に戻ってきたのだとわかる。

「もう離さねぇ。二度とあんな場所に行かせねぇ」
「貴女が戻ってきてくれて……本当に、良かった」
「無茶はするな。……俺の心臓が持たない」

 私の頬に触れる手が三つ。
 その全てが、確かに愛を伝えていた。

 ――けれど、空の向こうでまだ黒い雲が渦巻いている。
 レオンは、まだ消えていない。

「終わりじゃないわ。次こそ、本当の決着を」

 私は涙を拭い、立ち上がった。
 その背に、三人の想いが重なる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢を断罪したくせに、今さら溺愛とか都合が良すぎますわ!

nacat
恋愛
侯爵令嬢リディアは、無実の罪で婚約者の王太子に断罪された。 冷笑を浮かべ、すべてを捨てて国外へ去った彼女が、数年後、驚くべき姿で帰ってくる。 誰もが羨む天才魔導師として──。 今さら後悔する王太子、ざまぁを噛みしめる貴族令嬢たち。 そして、リディアをひそかに守ってきた公爵の青年が、ようやく想いを告げる時が来た。 これは、不当な断罪を受けた少女が、自分の誇りと愛を取り戻す溺愛系ロマンス。 すべての「裏切られた少女」たちに捧ぐ、痛快で甘く切ない逆転劇。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

ど天然で超ドジなドアマットヒロインが斜め上の行動をしまくった結果

宝月 蓮
ファンタジー
アリスはルシヨン伯爵家の長女で両親から愛されて育った。しかし両親が事故で亡くなり叔父一家がルシヨン伯爵家にやって来た。叔父デュドネ、義叔母ジスレーヌ、義妹ユゲットから使用人のように扱われるようになったアリス。しかし彼女は何かと斜め上の行動をするので、逆に叔父達の方が疲れ切ってしまうのである。そしてその結果は……? 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 表紙に素敵なFAいただきました! ありがとうございます!

無実ですが、喜んで国を去ります!

霜月満月
恋愛
お姉様曰く、ここは乙女ゲームの世界だそうだ。 そして私は悪役令嬢。 よし。ちょうど私の婚約者の第二王子殿下は私もお姉様も好きじゃない。濡れ衣を着せられるのが分かっているならやりようはある。 ━━これは前世から家族である、転生一家の国外逃亡までの一部始終です。

悪役令嬢ですが、兄たちが過保護すぎて恋ができません

由香
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢・セレフィーナに転生した私。 破滅回避のため、目立たず静かに生きる――はずだった。 しかし現実は、三人の兄による全力溺愛&完全監視生活。 外出には護衛、交友関係は管理制、笑顔すら規制対象!? さらに兄の親友である最強騎士・カインが護衛として加わり、 静かで誠実な優しさに、次第に心が揺れていく。 「恋をすると破滅する」 そう信じて避けてきた想いの先で待っていたのは、 断罪も修羅場もない、安心で騒がしい未来だった――。

幼馴染みが描いた悪役令嬢ものの世界に「メイド」として転生したので、6年後の断罪イベントをどうにか回避したい

ゆずまめ鯉
恋愛
通勤途中、猫好きではないのに轢かれそうな黒猫をうっかり助けてしまい、死んでしまった主人公──水縞あいり(26) 鳥の囀りで目を覚ますとそこは天国……ではなく知らない天井だった。 狭い個室にはメイド服がかかっている。 とりあえず着替えて備えつけの鏡を見ると、そこには十代前半くらいの子どもの姿があった。 「この顔……どこか見覚えが……」 幼馴染みで漫画家、ミツルギサイチ(御剣才知)が描く、人気漫画「悪役令嬢が断罪されるまで」の登場人物だということに気がつく。 名前はミレア・ホルダー(本名はミレア・ウィン・ティルベリー) 没落貴族の令嬢で、現在、仕えているフランドル侯爵によって領地と洋館を奪われ、復讐のために、フランドル侯爵の長女イザベラが悪役令嬢になるのを止めず、むしろ後押しして見事断罪されてしまうキャラだった。 原作は未完だが、相談を受けていたのでどういう結末を迎えるのか知っている。 「二期アニメもまだ見てないし、どうせ転生するなら村人Aとかヒロインの母親がよかった……!!」 幼馴染みの描く世界に転生してしまった水縞あいり=ミレアが、フランドル侯爵家で断罪回避するべく、イザベラをどうにかお淑やかな女性になるように導いている途中。 病弱で原作だと生死不明になる、イザベラの腹違いの兄エミールに、協力してもらっているうちに求愛されていることに気づいてしまい──。 エミール・ディ・フランドル(20)×ミレア・ウィン・ティルベリー(18) 全30話の予定で現在、執筆中です。2月下旬に完結予定です。 タイトルや内容が変更になる場合もあります。ご了承ください。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

処理中です...