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王宮の晩餐会というのは、ただの食事ではない。
衣装、言葉、表情、すべてが駆け引きであり、情報戦だ。特に今回、王妃自らが名指しで“元・悪役令嬢”を呼び寄せたという事実は、多くの貴族たちに衝撃を与えた。
そしてその晩餐会の当日。エリザベート・フォン・ローデンベルクは、完璧な装いで王宮の大広間に足を踏み入れた。
漆黒のドレスに深紅のルビーのネックレス。魔法織のドレープが揺れ、彼女の動きひとつひとつが美の極致として目に映る。
「……まるで、女王のようだな」
会場の隅で誰かがそう呟いたのが、エリザベートの耳にも届いた。
だが彼女は、微笑一つ浮かべることなく、堂々と前へと進んでゆく。
「ローデンベルク嬢、ようこそ」
柔らかな声に立ち止まると、そこには今夜の主である王妃──カタリーナ・フォン・グランシュタインがいた。
王妃の目は笑っているが、その奥には計算と見透かすような光が宿っていた。
「陛下にお招きいただき光栄です、王妃様」
「私が個人的にお話ししたかったの。……それに、今夜は貴女の登場を楽しみにしていた者も多いようです」
その言葉通り、大広間に集まる人々の視線は、明らかにエリザベートへと注がれていた。中には、あからさまに興味津々な貴族令嬢たち、あるいは嫉妬と侮蔑を隠さない顔もある。
だが、彼女はそれらを一切気にしなかった。
「では、少し歩きましょうか。……貴女と、二人で」
王妃はエリザベートの腕を軽く取り、ゆっくりと庭園の回廊へと誘った。
「ここなら耳も目も気にせず話せるわ。私の好きな場所なの」
夜の回廊は灯火に照らされ、静謐な空気に満ちていた。
しばしの沈黙の後、王妃は突然問いかける。
「貴女、ジークフリートをどう思っているの?」
「……正直に申し上げてよろしいのですか?」
「もちろん。嘘をつくくらいなら黙っていた方がいい」
エリザベートはほんの少し唇を上げた。
「……彼は、聡明で、責任感の強い方です。そして誰よりも“国”を見ている。ですが、その分、個人としての感情が欠けておられるように思いますわ」
「……なるほど。やっぱり見抜いていたのね。さすがだわ」
王妃はくすりと笑う。
「ジークフリートは、今や王位継承の最有力者。だけどあの子には、人の心を動かす“情”が決定的に足りない。だから私は、貴女に期待しているのよ」
「……わたくしに、ですか?」
「貴女のような、過去に汚名を着せられ、なお立ち上がった女性。誰よりも人の感情と動きを読み解ける者。今、この国に最も必要な存在だと思っているの」
王妃の言葉は、まっすぐだった。
「貴女には“王妃”になる資質がある。……それが私の本音よ」
エリザベートはその場で、何も答えなかった。
なぜなら、そこに即答するほど自分は軽くない。
それに、王妃の言葉の裏にはもう一つ、別の意味が潜んでいたからだ。
(……王妃様は、王位継承の流れを“コントロールしたい”のね)
ジークフリート殿下を王に、そして自分を妃に。
その図式は、まるで美しいパズルのように整っている。だが、果たしてそれが本当にエリザベートの“望む未来”なのか──。
「……貴女が、何を選ぶか。それを楽しみにしているわ」
そう言い残し、王妃は優雅に立ち去った。
エリザベートは、しばし月を見上げたまま、動かなかった。
──その夜の晩餐会の終盤、事件は起きた。
会場の空気がふっと冷えた。
その中心にいたのは、アレクシス殿下だった。酔いも手伝ってか、彼は声高に叫んだ。
「──エリザベートは、俺の婚約者だったんだ! そのことを忘れてたまるか!」
「……!」
一瞬、場が静まり返る。
ジークフリート殿下が席から立ち上がり、弟の元へ歩み寄る。
「やめろ、アレクシス。ここは公の場だ」
「兄上には関係ない! 俺は、彼女を傷つけた。だが、それを今更ながら悔やんでいるんだ! ……やり直せるなら、やり直したい!」
人々の目が、一斉にエリザベートへと向く。
当の本人はというと、驚きはしなかった。
むしろ──こうなることを、どこかで予想していたのかもしれない。
「アレクシス殿下」
静かに歩み出た彼女の声は、凛としていた。
「それは、貴方の心の問題です。わたくしの人生に、今さら持ち込まないでいただきたいですわ」
その言葉は冷たくもあったが、残酷ではなかった。
──誰かの“後悔”で、わたくしの物語を汚さないで。
そう言っているように聞こえた。
そしてその夜以降、エリザベートの名は、貴族社会で新たな意味を持ち始める。
「美しき拒絶」「冷徹なる理性」「第二の王妃候補」──。
だがそれらの噂を、本人はどこ吹く風と受け流していた。
なぜなら、彼女の前にはすでに、さらに大きな選択肢が現れていたから。
数日後。
ローデンベルク領に戻ったエリザベートに、王国軍からの密使が現れた。
「これは……?」
「殿下からの極秘の文書です。“至急、会いたい。第三の計画を告げる”と」
ジークフリート殿下からの密書。
それには、単なる求婚でも、単なる職務でもない──
国家の根幹に関わる、新たな“任務”が書かれていた。
そしてそれを追うように、また別の使者がやってくる。
魔法省から。ラウベル辺境伯家から。さらには、名もなき一介の平民からも。
どれもが、エリザベートを“巻き込む”ための火種だった。
王位継承の渦。
政治と陰謀。
そして、恋と信頼。
──悪役令嬢と呼ばれたその女は、今や“中心”に立たされようとしていた。
だが彼女は、まだ選ばない。
誰にも、何にも、まだ屈してなどいない。
「どれほどの道が用意されようとも……最終的に選ぶのは、わたくしですわ」
その言葉を呟く唇には、微かに笑みが浮かんでいた。
まるで、舞台に上がった女優のように。
物語は、まだ終わらない。
いや、始まったばかりだ──
衣装、言葉、表情、すべてが駆け引きであり、情報戦だ。特に今回、王妃自らが名指しで“元・悪役令嬢”を呼び寄せたという事実は、多くの貴族たちに衝撃を与えた。
そしてその晩餐会の当日。エリザベート・フォン・ローデンベルクは、完璧な装いで王宮の大広間に足を踏み入れた。
漆黒のドレスに深紅のルビーのネックレス。魔法織のドレープが揺れ、彼女の動きひとつひとつが美の極致として目に映る。
「……まるで、女王のようだな」
会場の隅で誰かがそう呟いたのが、エリザベートの耳にも届いた。
だが彼女は、微笑一つ浮かべることなく、堂々と前へと進んでゆく。
「ローデンベルク嬢、ようこそ」
柔らかな声に立ち止まると、そこには今夜の主である王妃──カタリーナ・フォン・グランシュタインがいた。
王妃の目は笑っているが、その奥には計算と見透かすような光が宿っていた。
「陛下にお招きいただき光栄です、王妃様」
「私が個人的にお話ししたかったの。……それに、今夜は貴女の登場を楽しみにしていた者も多いようです」
その言葉通り、大広間に集まる人々の視線は、明らかにエリザベートへと注がれていた。中には、あからさまに興味津々な貴族令嬢たち、あるいは嫉妬と侮蔑を隠さない顔もある。
だが、彼女はそれらを一切気にしなかった。
「では、少し歩きましょうか。……貴女と、二人で」
王妃はエリザベートの腕を軽く取り、ゆっくりと庭園の回廊へと誘った。
「ここなら耳も目も気にせず話せるわ。私の好きな場所なの」
夜の回廊は灯火に照らされ、静謐な空気に満ちていた。
しばしの沈黙の後、王妃は突然問いかける。
「貴女、ジークフリートをどう思っているの?」
「……正直に申し上げてよろしいのですか?」
「もちろん。嘘をつくくらいなら黙っていた方がいい」
エリザベートはほんの少し唇を上げた。
「……彼は、聡明で、責任感の強い方です。そして誰よりも“国”を見ている。ですが、その分、個人としての感情が欠けておられるように思いますわ」
「……なるほど。やっぱり見抜いていたのね。さすがだわ」
王妃はくすりと笑う。
「ジークフリートは、今や王位継承の最有力者。だけどあの子には、人の心を動かす“情”が決定的に足りない。だから私は、貴女に期待しているのよ」
「……わたくしに、ですか?」
「貴女のような、過去に汚名を着せられ、なお立ち上がった女性。誰よりも人の感情と動きを読み解ける者。今、この国に最も必要な存在だと思っているの」
王妃の言葉は、まっすぐだった。
「貴女には“王妃”になる資質がある。……それが私の本音よ」
エリザベートはその場で、何も答えなかった。
なぜなら、そこに即答するほど自分は軽くない。
それに、王妃の言葉の裏にはもう一つ、別の意味が潜んでいたからだ。
(……王妃様は、王位継承の流れを“コントロールしたい”のね)
ジークフリート殿下を王に、そして自分を妃に。
その図式は、まるで美しいパズルのように整っている。だが、果たしてそれが本当にエリザベートの“望む未来”なのか──。
「……貴女が、何を選ぶか。それを楽しみにしているわ」
そう言い残し、王妃は優雅に立ち去った。
エリザベートは、しばし月を見上げたまま、動かなかった。
──その夜の晩餐会の終盤、事件は起きた。
会場の空気がふっと冷えた。
その中心にいたのは、アレクシス殿下だった。酔いも手伝ってか、彼は声高に叫んだ。
「──エリザベートは、俺の婚約者だったんだ! そのことを忘れてたまるか!」
「……!」
一瞬、場が静まり返る。
ジークフリート殿下が席から立ち上がり、弟の元へ歩み寄る。
「やめろ、アレクシス。ここは公の場だ」
「兄上には関係ない! 俺は、彼女を傷つけた。だが、それを今更ながら悔やんでいるんだ! ……やり直せるなら、やり直したい!」
人々の目が、一斉にエリザベートへと向く。
当の本人はというと、驚きはしなかった。
むしろ──こうなることを、どこかで予想していたのかもしれない。
「アレクシス殿下」
静かに歩み出た彼女の声は、凛としていた。
「それは、貴方の心の問題です。わたくしの人生に、今さら持ち込まないでいただきたいですわ」
その言葉は冷たくもあったが、残酷ではなかった。
──誰かの“後悔”で、わたくしの物語を汚さないで。
そう言っているように聞こえた。
そしてその夜以降、エリザベートの名は、貴族社会で新たな意味を持ち始める。
「美しき拒絶」「冷徹なる理性」「第二の王妃候補」──。
だがそれらの噂を、本人はどこ吹く風と受け流していた。
なぜなら、彼女の前にはすでに、さらに大きな選択肢が現れていたから。
数日後。
ローデンベルク領に戻ったエリザベートに、王国軍からの密使が現れた。
「これは……?」
「殿下からの極秘の文書です。“至急、会いたい。第三の計画を告げる”と」
ジークフリート殿下からの密書。
それには、単なる求婚でも、単なる職務でもない──
国家の根幹に関わる、新たな“任務”が書かれていた。
そしてそれを追うように、また別の使者がやってくる。
魔法省から。ラウベル辺境伯家から。さらには、名もなき一介の平民からも。
どれもが、エリザベートを“巻き込む”ための火種だった。
王位継承の渦。
政治と陰謀。
そして、恋と信頼。
──悪役令嬢と呼ばれたその女は、今や“中心”に立たされようとしていた。
だが彼女は、まだ選ばない。
誰にも、何にも、まだ屈してなどいない。
「どれほどの道が用意されようとも……最終的に選ぶのは、わたくしですわ」
その言葉を呟く唇には、微かに笑みが浮かんでいた。
まるで、舞台に上がった女優のように。
物語は、まだ終わらない。
いや、始まったばかりだ──
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