婚約破棄された悪役令嬢、なぜかモテ期が来た件

ゆっこ

文字の大きさ
4 / 7

4

しおりを挟む
王宮の晩餐会というのは、ただの食事ではない。

衣装、言葉、表情、すべてが駆け引きであり、情報戦だ。特に今回、王妃自らが名指しで“元・悪役令嬢”を呼び寄せたという事実は、多くの貴族たちに衝撃を与えた。

そしてその晩餐会の当日。エリザベート・フォン・ローデンベルクは、完璧な装いで王宮の大広間に足を踏み入れた。

漆黒のドレスに深紅のルビーのネックレス。魔法織のドレープが揺れ、彼女の動きひとつひとつが美の極致として目に映る。

「……まるで、女王のようだな」

会場の隅で誰かがそう呟いたのが、エリザベートの耳にも届いた。

だが彼女は、微笑一つ浮かべることなく、堂々と前へと進んでゆく。

「ローデンベルク嬢、ようこそ」

柔らかな声に立ち止まると、そこには今夜の主である王妃──カタリーナ・フォン・グランシュタインがいた。

王妃の目は笑っているが、その奥には計算と見透かすような光が宿っていた。

「陛下にお招きいただき光栄です、王妃様」

「私が個人的にお話ししたかったの。……それに、今夜は貴女の登場を楽しみにしていた者も多いようです」

その言葉通り、大広間に集まる人々の視線は、明らかにエリザベートへと注がれていた。中には、あからさまに興味津々な貴族令嬢たち、あるいは嫉妬と侮蔑を隠さない顔もある。

だが、彼女はそれらを一切気にしなかった。

「では、少し歩きましょうか。……貴女と、二人で」

王妃はエリザベートの腕を軽く取り、ゆっくりと庭園の回廊へと誘った。

「ここなら耳も目も気にせず話せるわ。私の好きな場所なの」

夜の回廊は灯火に照らされ、静謐な空気に満ちていた。

しばしの沈黙の後、王妃は突然問いかける。

「貴女、ジークフリートをどう思っているの?」

「……正直に申し上げてよろしいのですか?」

「もちろん。嘘をつくくらいなら黙っていた方がいい」

エリザベートはほんの少し唇を上げた。

「……彼は、聡明で、責任感の強い方です。そして誰よりも“国”を見ている。ですが、その分、個人としての感情が欠けておられるように思いますわ」

「……なるほど。やっぱり見抜いていたのね。さすがだわ」

王妃はくすりと笑う。

「ジークフリートは、今や王位継承の最有力者。だけどあの子には、人の心を動かす“情”が決定的に足りない。だから私は、貴女に期待しているのよ」

「……わたくしに、ですか?」

「貴女のような、過去に汚名を着せられ、なお立ち上がった女性。誰よりも人の感情と動きを読み解ける者。今、この国に最も必要な存在だと思っているの」

王妃の言葉は、まっすぐだった。

「貴女には“王妃”になる資質がある。……それが私の本音よ」

エリザベートはその場で、何も答えなかった。

なぜなら、そこに即答するほど自分は軽くない。

それに、王妃の言葉の裏にはもう一つ、別の意味が潜んでいたからだ。

(……王妃様は、王位継承の流れを“コントロールしたい”のね)

ジークフリート殿下を王に、そして自分を妃に。

その図式は、まるで美しいパズルのように整っている。だが、果たしてそれが本当にエリザベートの“望む未来”なのか──。

「……貴女が、何を選ぶか。それを楽しみにしているわ」

そう言い残し、王妃は優雅に立ち去った。

エリザベートは、しばし月を見上げたまま、動かなかった。

──その夜の晩餐会の終盤、事件は起きた。

会場の空気がふっと冷えた。

その中心にいたのは、アレクシス殿下だった。酔いも手伝ってか、彼は声高に叫んだ。

「──エリザベートは、俺の婚約者だったんだ! そのことを忘れてたまるか!」

「……!」

一瞬、場が静まり返る。

ジークフリート殿下が席から立ち上がり、弟の元へ歩み寄る。

「やめろ、アレクシス。ここは公の場だ」

「兄上には関係ない! 俺は、彼女を傷つけた。だが、それを今更ながら悔やんでいるんだ! ……やり直せるなら、やり直したい!」

人々の目が、一斉にエリザベートへと向く。

当の本人はというと、驚きはしなかった。

むしろ──こうなることを、どこかで予想していたのかもしれない。

「アレクシス殿下」

静かに歩み出た彼女の声は、凛としていた。

「それは、貴方の心の問題です。わたくしの人生に、今さら持ち込まないでいただきたいですわ」

その言葉は冷たくもあったが、残酷ではなかった。

──誰かの“後悔”で、わたくしの物語を汚さないで。

そう言っているように聞こえた。

そしてその夜以降、エリザベートの名は、貴族社会で新たな意味を持ち始める。

「美しき拒絶」「冷徹なる理性」「第二の王妃候補」──。

だがそれらの噂を、本人はどこ吹く風と受け流していた。

なぜなら、彼女の前にはすでに、さらに大きな選択肢が現れていたから。

数日後。

ローデンベルク領に戻ったエリザベートに、王国軍からの密使が現れた。

「これは……?」

「殿下からの極秘の文書です。“至急、会いたい。第三の計画を告げる”と」

ジークフリート殿下からの密書。

それには、単なる求婚でも、単なる職務でもない──

国家の根幹に関わる、新たな“任務”が書かれていた。

そしてそれを追うように、また別の使者がやってくる。

魔法省から。ラウベル辺境伯家から。さらには、名もなき一介の平民からも。

どれもが、エリザベートを“巻き込む”ための火種だった。

王位継承の渦。

政治と陰謀。

そして、恋と信頼。

──悪役令嬢と呼ばれたその女は、今や“中心”に立たされようとしていた。

だが彼女は、まだ選ばない。

誰にも、何にも、まだ屈してなどいない。

「どれほどの道が用意されようとも……最終的に選ぶのは、わたくしですわ」

その言葉を呟く唇には、微かに笑みが浮かんでいた。

まるで、舞台に上がった女優のように。

物語は、まだ終わらない。

いや、始まったばかりだ──
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

悪役令嬢の断罪――え、いま婚約破棄と?聞こえませんでしたわ!

ちゃっぴー
恋愛
公爵令嬢アクア・ラズライトは、卒業パーティーの最中に婚約者であるジュリアス殿下から「悪役令嬢」として断罪を突きつけられる。普通なら泣き崩れるか激昂する場面――しかし、超合理的で節約家なアクアは違った。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

婚約破棄された悪役令嬢、放浪先で最強公爵に溺愛される

鍛高譚
恋愛
「スカーレット・ヨーク、お前との婚約は破棄する!」 王太子アルバートの突然の宣言により、伯爵令嬢スカーレットの人生は一変した。 すべては“聖女”を名乗る平民アメリアの企み。でっち上げられた罪で糾弾され、名誉を失い、実家からも追放されてしまう。 頼る宛もなく王都をさまよった彼女は、行き倒れ寸前のところを隣国ルーヴェル王国の公爵、ゼイン・ファーガスに救われる。 「……しばらく俺のもとで休め。安全は保証する」 冷徹な印象とは裏腹に、ゼインはスカーレットを庇護し、“形だけの婚約者”として身を守ってくれることに。 公爵家で静かな日々を過ごすうちに、スカーレットの聡明さや誇り高さは次第に評価され、彼女自身もゼインに心惹かれていく。 だがその裏で、王太子とアメリアの暴走は止まらず、スカーレットの両親までもが処刑の危機に――!

婚約破棄?悪役令嬢の復讐は爆速で。

ハチワレ
恋愛
「リリム・フォン・アスタロト! 貴様との婚約を破棄する!」 卒業パーティーの最中、婚約者である王太子エリオットから身に覚えのない罪を突きつけられた公爵令嬢リリム。隣には「真実の愛」を語るマシュマロ系男爵令嬢シャーリーの姿。 普通の令嬢なら泣き崩れる場面――だが、リリムは違った。

処理中です...