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「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み
そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。
広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。
「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」
震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。
「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」
「無……属性?」
「そうだ。お前は何も持っていない。ただの凡人だ」
そう断じた彼の隣には、金糸の髪をふわりと揺らす少女が寄り添っていた。
「アレクシス様。もうそんな子に構ってあげなくても……」
甘える声。その正体は侯爵令嬢ミレイユ。王都で“天属性の聖女候補”として持て囃されている子だ。
彼女は勝ち誇った笑みで私を見た。
「あなた、魔力測定の日に逃げ出したのでしょう? 無能を晒すのが恥ずかしかったの?」
――逃げてなんていない。
むしろ、魔力が暴走しそうになって、測定。機材。壊れそうだったから……。
でも、誰も信じてくれない。
アレクシスさまは肩を竦め、
「“いらない”と言っている。さっさと出ていけ。王城にお前の居場所はない」
その一言で、私の世界は終わった。
「――王城を出ていけ、ですって?」
帰宅した私を迎えたのは、母の泣き喚く声。
「どうしてなのリリアーナ! 王太子妃になるはずだったのに! あなたは私たちの誇りだったのよ!?」
父はただ静かに目を伏せ、疲れ切ったように呟いた。
「……リリアーナ、お前には“力”がないのだろう。ならば仕方あるまい」
(違う。私は――)
胸の奥に熱が渦巻く。否定したくても言葉が出ない。
「役に立たないなら、せめて家の負担にならずに生きていきなさい」
そう告げられた夜。
私は屋敷を追い出された。
――たった一人で。
王都の外れは静かだった。月だけが私を照らす。
(もう……何もかも嫌……)
心の奥がぽっかりと空いたまま歩き続ける。気づけば、深い森へと足が向いていた。
だって、帰る場所なんてないから。
その時だった。
――ドォン!!!!
眩い光と爆風。木々が弾け飛ぶ。
「きゃあっ!!」
吹き飛ばされ、転がる。顔を上げると――巨大な黒竜がいた。
漆黒の鱗、夜空のような瞳。まるで闇そのもの。
(死んだ……?)
諦めかけた瞬間、竜が低く唸った。
【――なぜ、ここに“聖女”がいる】
(せ……聖女?私が?)
聞き間違いかと思った。でも、竜はゆっくりと私を見下ろした。
【人間どもは愚かだ。これほどの力を持ちながら、なぜ捨てられた】
「ち、力なんて……ありません……私には何も……」
【ある。しかも“全属性”だ】
「……ぜん……ぞくせい?」
信じられない。ありえない。そんな人間、歴史の中で存在すらしていない。
竜は鼻息を荒くした。
【抑圧され、封じられていただけだ。いま解き放ってやろう】
「えっ……?」
次の瞬間、竜の爪先が私の額に触れた。
心臓が跳ね、全身が光に包まれる。
熱と、奔流と、満ちる力。
炎、氷、風、大地、水、雷、光、闇――すべてが混ざり合い、私の中で唸りをあげた。
「これ……全部……?」
【これが、お前の本来の姿だ】
私は震えた。
アレクシスさまは知らなかった。
私は“無属性”ではなかった。
――全属性。世界に一人の聖女。
涙がこぼれたのは、悔しさからか、安堵からか。
竜はゆっくりと私に頭を垂れた。
【我が名はヴァルガド。聖女よ、契約を】
「契約……?」
【お前に仕える。守る。力となる】
胸の奥がきゅっと締まる。
誰かに必要とされたのは――初めてだった。
「……あなたに、ついていきます」
そう告げた瞬間、竜は満足げに笑った。
【良い選択だ、人間の娘】
でも、一つだけ気になることがあった。
「人間の娘なんて呼び方、少し寂しいです。ちゃんと名前で呼んでください」
竜は一瞬黙った後、
【……リリアーナ】
その声が、妙に優しかった。
胸がどきりと跳ねる。
(え……竜にときめいた?)
いや、違う。そんなはず……
「あの……もしかして、竜の姿しか取れないんですか……?」
【ふむ? この姿が不満か】
ヴァルガドが光に包まれた。
眩しさが消え――そこには長身で黒髪の青年が立っていた。
漆黒の瞳。夜空のように深く、吸い込まれそうなほどに美しい。
「……え?」
シャツ一枚すら着ていない、鍛え抜かれた上半身が目の前にある。
「ちょ、ちょっと!? 服っ……!」
「人間はすぐ布を欲しがるな」
「そ、それはそうでしょう!」
喉が渇く。顔が熱い。なにこれ、ずるい。
ヴァルガドは柔らかく笑う。
「お前は私に見惚れたのだな?」
「み、見惚れてませんっ!!」
【嘘は感情でわかる】
ぐっ……!
竜のくせに、妙に人間の恋愛事情に詳しいのでは……?
ヴァルガドはそっと私の手を取った。
「リリアーナ。お前は捨てられたのではない。――選び直したのだ」
胸がぎゅっと締めつけられる。
ああ、この人に出会えてよかった。
「……ありがとう、ヴァルガド」
「礼はいい。だが一つだけ覚えておけ」
「?」
「お前を捨てた男。――必ず後悔させてやる」
その言葉に、ぞくりと震えが走った。
でも嫌じゃない。
むしろ――気持ちいい。
その頃、王城では。
「アレクシス様! 大変です!」
「なんだ騒がしい。ミレイユが驚くだろう」
「北の聖域にて――“全属性の光柱”が立ち……神託が!!」
兵の報告に、アレクシスの心臓が跳ねる。
「全属性……? ありえん……!」
ミレイユは震えた声で囁く。
「ま、まさか……リリアーナ……?」
アレクシスは歯を食いしばった。
「――探せ。あいつを連れ戻せ!」
だが、もう遅い。
私は二度と、あの人の傍に戻るつもりはない。
私には――新しい未来があるのだから。
その隣には、黒き竜の青年。
「リリアーナ。行くぞ。お前の力を正しく使うために」
手を差し出され、私は迷わずその手を握った。
(これから始まるんだ。私の人生が)
闇夜を裂いて、二つの影が空へと舞い上がる。
そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。
広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。
「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」
震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。
「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」
「無……属性?」
「そうだ。お前は何も持っていない。ただの凡人だ」
そう断じた彼の隣には、金糸の髪をふわりと揺らす少女が寄り添っていた。
「アレクシス様。もうそんな子に構ってあげなくても……」
甘える声。その正体は侯爵令嬢ミレイユ。王都で“天属性の聖女候補”として持て囃されている子だ。
彼女は勝ち誇った笑みで私を見た。
「あなた、魔力測定の日に逃げ出したのでしょう? 無能を晒すのが恥ずかしかったの?」
――逃げてなんていない。
むしろ、魔力が暴走しそうになって、測定。機材。壊れそうだったから……。
でも、誰も信じてくれない。
アレクシスさまは肩を竦め、
「“いらない”と言っている。さっさと出ていけ。王城にお前の居場所はない」
その一言で、私の世界は終わった。
「――王城を出ていけ、ですって?」
帰宅した私を迎えたのは、母の泣き喚く声。
「どうしてなのリリアーナ! 王太子妃になるはずだったのに! あなたは私たちの誇りだったのよ!?」
父はただ静かに目を伏せ、疲れ切ったように呟いた。
「……リリアーナ、お前には“力”がないのだろう。ならば仕方あるまい」
(違う。私は――)
胸の奥に熱が渦巻く。否定したくても言葉が出ない。
「役に立たないなら、せめて家の負担にならずに生きていきなさい」
そう告げられた夜。
私は屋敷を追い出された。
――たった一人で。
王都の外れは静かだった。月だけが私を照らす。
(もう……何もかも嫌……)
心の奥がぽっかりと空いたまま歩き続ける。気づけば、深い森へと足が向いていた。
だって、帰る場所なんてないから。
その時だった。
――ドォン!!!!
眩い光と爆風。木々が弾け飛ぶ。
「きゃあっ!!」
吹き飛ばされ、転がる。顔を上げると――巨大な黒竜がいた。
漆黒の鱗、夜空のような瞳。まるで闇そのもの。
(死んだ……?)
諦めかけた瞬間、竜が低く唸った。
【――なぜ、ここに“聖女”がいる】
(せ……聖女?私が?)
聞き間違いかと思った。でも、竜はゆっくりと私を見下ろした。
【人間どもは愚かだ。これほどの力を持ちながら、なぜ捨てられた】
「ち、力なんて……ありません……私には何も……」
【ある。しかも“全属性”だ】
「……ぜん……ぞくせい?」
信じられない。ありえない。そんな人間、歴史の中で存在すらしていない。
竜は鼻息を荒くした。
【抑圧され、封じられていただけだ。いま解き放ってやろう】
「えっ……?」
次の瞬間、竜の爪先が私の額に触れた。
心臓が跳ね、全身が光に包まれる。
熱と、奔流と、満ちる力。
炎、氷、風、大地、水、雷、光、闇――すべてが混ざり合い、私の中で唸りをあげた。
「これ……全部……?」
【これが、お前の本来の姿だ】
私は震えた。
アレクシスさまは知らなかった。
私は“無属性”ではなかった。
――全属性。世界に一人の聖女。
涙がこぼれたのは、悔しさからか、安堵からか。
竜はゆっくりと私に頭を垂れた。
【我が名はヴァルガド。聖女よ、契約を】
「契約……?」
【お前に仕える。守る。力となる】
胸の奥がきゅっと締まる。
誰かに必要とされたのは――初めてだった。
「……あなたに、ついていきます」
そう告げた瞬間、竜は満足げに笑った。
【良い選択だ、人間の娘】
でも、一つだけ気になることがあった。
「人間の娘なんて呼び方、少し寂しいです。ちゃんと名前で呼んでください」
竜は一瞬黙った後、
【……リリアーナ】
その声が、妙に優しかった。
胸がどきりと跳ねる。
(え……竜にときめいた?)
いや、違う。そんなはず……
「あの……もしかして、竜の姿しか取れないんですか……?」
【ふむ? この姿が不満か】
ヴァルガドが光に包まれた。
眩しさが消え――そこには長身で黒髪の青年が立っていた。
漆黒の瞳。夜空のように深く、吸い込まれそうなほどに美しい。
「……え?」
シャツ一枚すら着ていない、鍛え抜かれた上半身が目の前にある。
「ちょ、ちょっと!? 服っ……!」
「人間はすぐ布を欲しがるな」
「そ、それはそうでしょう!」
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ヴァルガドは柔らかく笑う。
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ヴァルガドはそっと私の手を取った。
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胸がぎゅっと締めつけられる。
ああ、この人に出会えてよかった。
「……ありがとう、ヴァルガド」
「礼はいい。だが一つだけ覚えておけ」
「?」
「お前を捨てた男。――必ず後悔させてやる」
その言葉に、ぞくりと震えが走った。
でも嫌じゃない。
むしろ――気持ちいい。
その頃、王城では。
「アレクシス様! 大変です!」
「なんだ騒がしい。ミレイユが驚くだろう」
「北の聖域にて――“全属性の光柱”が立ち……神託が!!」
兵の報告に、アレクシスの心臓が跳ねる。
「全属性……? ありえん……!」
ミレイユは震えた声で囁く。
「ま、まさか……リリアーナ……?」
アレクシスは歯を食いしばった。
「――探せ。あいつを連れ戻せ!」
だが、もう遅い。
私は二度と、あの人の傍に戻るつもりはない。
私には――新しい未来があるのだから。
その隣には、黒き竜の青年。
「リリアーナ。行くぞ。お前の力を正しく使うために」
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