6 / 6
6
しおりを挟む
神殿での騒乱から三日後——。
王国上層部は、封印の間に関する情報をすべて封鎖し、神官長を中心に再調整を進めていた。
セシリアの姿は消えたままだが、彼女が“堕ちた神”の封印を狙っていたという事実だけは、重く受け止められていた。
「リシェル様、例の“反応”が強くなっています」
神官補キールが焦った表情で報告してきたのは、神殿の地下封印が再び脈動し始めたということだった。
私は既に、覚悟を決めていた。
「行くわ、封印の間へ。……もう終わらせる時よ」
神殿の地下深く。
かつて訪れた禁忌の間は、今や結界によって封じられていた。だが、その結界は脆く、すでにひびが入っている。
(封印の破壊が進んでる……間に合うかしら)
私が結界を解除し、再び中に踏み入った瞬間——。
「待っていましたわ、リシェル様」
セシリアがそこにいた。
以前とは違う。
その身体からは明確に“人外”の気配があふれ出していた。
まるで、人としての枷を脱ぎ捨てた存在。
「あなたが最後の“鍵”。来てくださらなければ、封印は開けられませんでした」
「そう……。なら、ここで終わらせてあげる」
私は光神と闇神、火神と理神の力を同時展開した。
七柱の神々の加護が、それぞれの魔法陣となって私の周囲に広がる。
一方、セシリアの背後には黒き翼のような魔力の波。
それはもはや“祝福”ではない。“堕神の意志”そのもの。
「来なさい、リシェル=フォン=アルトレーネ。今こそ、すべてを終わらせる時です!」
魔力の奔流がぶつかり合い、空間が歪む。
私とセシリアの一撃が交差するたび、神殿の石床が砕けていく。
(彼女は、もう人ではない。けれど……)
私は七神の加護をすべて重ね、一つの“核”を作り出した。
それは——“調律”。神々の力を統一し、均衡を取る究極の魔法。
「——聖なる調和よ、七柱の名のもとに、理を貫け!」
放たれた光は、セシリアの魔力を切り裂き、封印へと届く。
その瞬間、異空間が開かれた。
「このまま……ノクト様は……!」
「止まりなさい、セシリア! あなたはもう——」
「うるさいッ!」
彼女の魔力が暴走し、封印が完全に割れる寸前——。
「我は見ていた。汝らの争い、誠に愚かしい」
低く、冷たい声が封印の奥から響いた。
そして、そこに現れたのは——黒衣を纏った“男”の姿。
「……あなたが、堕神ノクト=エリミア?」
「否。我は、神々の“裏面”にして、均衡の外に在る者。混沌を司るもの、ただそれだけ」
彼は穏やかに手を伸ばし、セシリアの額に触れた。
「お前の願いは、憎しみではなかった。ただ、愛されたかったのだろう?」
「……っ……そんな……私は……」
セシリアの目から涙がこぼれた。その瞳には、ほんの僅かに人の光が戻っていた。
堕神——否、“調停者”としてのノクトは静かに言った。
「この世界は、七柱によって保たれてきたが、それが正義というわけではない。我は、それを見守る者に過ぎぬ」
彼は私へと顔を向ける。
「リシェル=フォン=アルトレーネよ。汝が、すべての加護を受け継ぐ者として“選ばれた”のは、均衡を保つ器だからだ」
「器……?」
「七柱の加護が同時に宿ることなど、本来あり得ぬ。だが汝の魂は、すべてを調和させる“核”として完成されていた。汝こそが、新たなる“加護の座”である」
つまり——私はもう、ただの“人間”ではない。
「我は戻ろう。深淵へ。封印は、汝の力によって“再定義”された。必要があれば、再び現れる」
その言葉と共に、ノクトは光の中に消えていった。
残されたのは、力を失い、膝をついたセシリア。
「どうして……どうして、あなたは私を殺さなかったの……」
「あなたは、“救い”を求めていた。だから私は、最後まで、諦めなかっただけ」
私の言葉に、セシリアは静かに涙を流した。
「もう、終わったのね……」
「ええ。これで、全部」
数日後、王都では“偽聖女事件”と呼ばれる一件が王家によって公表された。
セシリアは人目から遠ざけられ、静かな修道院で過ごすことになった。
彼女はもう、二度と力を求めることはなかったという。
そして私は——。
「リシェル様、そろそろお時間です」
神官補のキールが、微笑みながら声をかけてくる。
「わかってる。もう、行くわ」
私は、再建された聖堂の中央へと歩を進めた。
そこでは、新たに制定された“七神の調律者”としての就任式が行われようとしていた。
もう、聖女ではない。
私は“神々の均衡を担う者”として、新たな使命を背負う。
「リシェル=フォン=アルトレーネ。あなたを、七柱の“調律者”として認定します」
王太子——レオンハルトの宣言の声が響く。
彼はもはや、私に愛を告げることはない。
けれど、その瞳には確かな“敬意”と“誓い”が宿っていた。
それだけで、もう充分だった。
私は静かに、群衆を見渡し、微笑んだ。
(私の物語は、ここで終わる。だけど——)
この世界には、まだ多くの“真実”と“運命”が眠っている。
そして、私はそれを見届ける者として——この地に立つ。
神の加護を受けし者ではなく、神の加護を“超えた”存在として。
王国上層部は、封印の間に関する情報をすべて封鎖し、神官長を中心に再調整を進めていた。
セシリアの姿は消えたままだが、彼女が“堕ちた神”の封印を狙っていたという事実だけは、重く受け止められていた。
「リシェル様、例の“反応”が強くなっています」
神官補キールが焦った表情で報告してきたのは、神殿の地下封印が再び脈動し始めたということだった。
私は既に、覚悟を決めていた。
「行くわ、封印の間へ。……もう終わらせる時よ」
神殿の地下深く。
かつて訪れた禁忌の間は、今や結界によって封じられていた。だが、その結界は脆く、すでにひびが入っている。
(封印の破壊が進んでる……間に合うかしら)
私が結界を解除し、再び中に踏み入った瞬間——。
「待っていましたわ、リシェル様」
セシリアがそこにいた。
以前とは違う。
その身体からは明確に“人外”の気配があふれ出していた。
まるで、人としての枷を脱ぎ捨てた存在。
「あなたが最後の“鍵”。来てくださらなければ、封印は開けられませんでした」
「そう……。なら、ここで終わらせてあげる」
私は光神と闇神、火神と理神の力を同時展開した。
七柱の神々の加護が、それぞれの魔法陣となって私の周囲に広がる。
一方、セシリアの背後には黒き翼のような魔力の波。
それはもはや“祝福”ではない。“堕神の意志”そのもの。
「来なさい、リシェル=フォン=アルトレーネ。今こそ、すべてを終わらせる時です!」
魔力の奔流がぶつかり合い、空間が歪む。
私とセシリアの一撃が交差するたび、神殿の石床が砕けていく。
(彼女は、もう人ではない。けれど……)
私は七神の加護をすべて重ね、一つの“核”を作り出した。
それは——“調律”。神々の力を統一し、均衡を取る究極の魔法。
「——聖なる調和よ、七柱の名のもとに、理を貫け!」
放たれた光は、セシリアの魔力を切り裂き、封印へと届く。
その瞬間、異空間が開かれた。
「このまま……ノクト様は……!」
「止まりなさい、セシリア! あなたはもう——」
「うるさいッ!」
彼女の魔力が暴走し、封印が完全に割れる寸前——。
「我は見ていた。汝らの争い、誠に愚かしい」
低く、冷たい声が封印の奥から響いた。
そして、そこに現れたのは——黒衣を纏った“男”の姿。
「……あなたが、堕神ノクト=エリミア?」
「否。我は、神々の“裏面”にして、均衡の外に在る者。混沌を司るもの、ただそれだけ」
彼は穏やかに手を伸ばし、セシリアの額に触れた。
「お前の願いは、憎しみではなかった。ただ、愛されたかったのだろう?」
「……っ……そんな……私は……」
セシリアの目から涙がこぼれた。その瞳には、ほんの僅かに人の光が戻っていた。
堕神——否、“調停者”としてのノクトは静かに言った。
「この世界は、七柱によって保たれてきたが、それが正義というわけではない。我は、それを見守る者に過ぎぬ」
彼は私へと顔を向ける。
「リシェル=フォン=アルトレーネよ。汝が、すべての加護を受け継ぐ者として“選ばれた”のは、均衡を保つ器だからだ」
「器……?」
「七柱の加護が同時に宿ることなど、本来あり得ぬ。だが汝の魂は、すべてを調和させる“核”として完成されていた。汝こそが、新たなる“加護の座”である」
つまり——私はもう、ただの“人間”ではない。
「我は戻ろう。深淵へ。封印は、汝の力によって“再定義”された。必要があれば、再び現れる」
その言葉と共に、ノクトは光の中に消えていった。
残されたのは、力を失い、膝をついたセシリア。
「どうして……どうして、あなたは私を殺さなかったの……」
「あなたは、“救い”を求めていた。だから私は、最後まで、諦めなかっただけ」
私の言葉に、セシリアは静かに涙を流した。
「もう、終わったのね……」
「ええ。これで、全部」
数日後、王都では“偽聖女事件”と呼ばれる一件が王家によって公表された。
セシリアは人目から遠ざけられ、静かな修道院で過ごすことになった。
彼女はもう、二度と力を求めることはなかったという。
そして私は——。
「リシェル様、そろそろお時間です」
神官補のキールが、微笑みながら声をかけてくる。
「わかってる。もう、行くわ」
私は、再建された聖堂の中央へと歩を進めた。
そこでは、新たに制定された“七神の調律者”としての就任式が行われようとしていた。
もう、聖女ではない。
私は“神々の均衡を担う者”として、新たな使命を背負う。
「リシェル=フォン=アルトレーネ。あなたを、七柱の“調律者”として認定します」
王太子——レオンハルトの宣言の声が響く。
彼はもはや、私に愛を告げることはない。
けれど、その瞳には確かな“敬意”と“誓い”が宿っていた。
それだけで、もう充分だった。
私は静かに、群衆を見渡し、微笑んだ。
(私の物語は、ここで終わる。だけど——)
この世界には、まだ多くの“真実”と“運命”が眠っている。
そして、私はそれを見届ける者として——この地に立つ。
神の加護を受けし者ではなく、神の加護を“超えた”存在として。
532
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
本物の『神託の花嫁』は妹ではなく私なんですが、興味はないのでバックレさせていただいてもよろしいでしょうか?王太子殿下?
神崎 ルナ
恋愛
このシステバン王国では神託が降りて花嫁が決まることがある。カーラもその例の一人で王太子の神託の花嫁として選ばれたはずだった。「お姉様より私の方がふさわしいわ!!」妹――エリスのひと声がなければ。地味な茶色の髪の姉と輝く金髪と美貌の妹。傍から見ても一目瞭然、とばかりに男爵夫妻は妹エリスを『神託の花嫁のカーラ・マルボーロ男爵令嬢』として差し出すことにした。姉カーラは修道院へ厄介払いされることになる。修道院への馬車が盗賊の襲撃に遭うが、カーラは少しも動じず、盗賊に立ち向かった。カーラは何となく予感していた。いつか、自分がお払い箱にされる日が来るのではないか、と。キツい日課の合間に体も魔術も鍛えていたのだ。盗賊たちは魔術には不慣れなようで、カーラの力でも何とかなった。そこでカーラは木々の奥へ声を掛ける。「いい加減、出て来て下さらない?」その声に応じたのは一人の青年。ジェイドと名乗る彼は旅をしている吟遊詩人らしく、腕っぷしに自信がなかったから隠れていた、と謝罪した。が、カーラは不審に感じた。今使った魔術の範囲内にいたはずなのに、普通に話している? カーラが使ったのは『思っていることとは反対のことを言ってしまう魔術』だった。その魔術に掛かっているのならリュートを持った自分を『吟遊詩人』と正直に言えるはずがなかった。
カーラは思案する。このまま家に戻る訳にはいかない。かといって『神託の花嫁』になるのもごめんである。カーラは以前考えていた通り、この国を出ようと決心する。だが、「女性の一人旅は危ない」とジェイドに同行を申し出られる。
(※注 今回、いつもにもまして時代考証がゆるいですm(__)m ゆるふわでもOKだよ、という方のみお進み下さいm(__)m
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
無実ですが、喜んで国を去ります!
霜月満月
恋愛
お姉様曰く、ここは乙女ゲームの世界だそうだ。
そして私は悪役令嬢。
よし。ちょうど私の婚約者の第二王子殿下は私もお姉様も好きじゃない。濡れ衣を着せられるのが分かっているならやりようはある。
━━これは前世から家族である、転生一家の国外逃亡までの一部始終です。
貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました
ゆっこ
恋愛
――あの日、私は確かに笑われた。
「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」
王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。
その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。
――婚約破棄。
「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした
ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み
そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。
広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。
「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」
震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。
「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」
「無……属性?」
婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです
神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。
そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。
アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。
仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。
(まさか、ね)
だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。
――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。
(※誤字報告ありがとうございます)
婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)
「価値がない」と言われた私、隣国では国宝扱いです
ゆっこ
恋愛
「――リディア・フェンリル。お前との婚約は、今日をもって破棄する」
高らかに響いた声は、私の心を一瞬で凍らせた。
王城の大広間。煌びやかなシャンデリアの下で、私は静かに頭を垂れていた。
婚約者である王太子エドモンド殿下が、冷たい眼差しで私を見下ろしている。
「……理由を、お聞かせいただけますか」
「理由など、簡単なことだ。お前には“何の価値もない”からだ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる