「お前との婚約は間違いだった」と言われたけど、隣国の王に選ばれました

ゆっこ

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 朝の謁見の間は、異様な緊張に包まれていた。
 王座に腰かけるレオネル陛下、その隣に立つのは私――王妃候補としてではなく、今や“罪人の疑いをかけられた女”として。

 私の足元には、王都アルシオンから送られた正式な通達が置かれている。

『聖女の血を隠し、他国で利用しようとした者。国家転覆を狙う危険人物。速やかに拘束を求む』

 嘲るような文面。
 だが、この文書がどれほど侮辱的であっても、笑い飛ばせるものではなかった。
 この通達は、外交的な宣戦布告に等しい。

 王宮の廷臣たちがざわめき、恐怖と疑念の視線が私に注がれる。

「陛下、本件は事実確認が必要かと。もし彼女が本当に“禁忌の血”を――」
「黙れ」

 レオネル陛下の声が低く響く。
 それだけで、空気が一変した。

「この女を侮辱する者は、私を敵に回す覚悟を持て」

 その一言に、誰もが息を呑んだ。
 冷徹な王の黄金の瞳が、今は炎のように燃えている。

「リリアーナを拘束? 笑わせるな。アルシオンこそ、聖女の血を欲して過去に多くの者を犠牲にしてきた国だ」

「陛下……?」

 私は思わず彼の横顔を見上げた。
 そこにあったのは、怒りでも恐怖でもなく、強い決意の光。

「君の血を罪だと言うなら、その罪は、私がともに背負おう」

 ――その言葉に、胸の奥が熱くなる。

 けれど、陛下の瞳の奥には、なにか別の感情も見え隠れしていた。
 それが何なのかを問う前に、彼は立ち上がり、廷臣たちに命を下した。

「すぐに防備を整えよ。アルシオンは動く。彼らの狙いは聖女の力、つまり――リリアーナだ」



 謁見が終わった後、陛下は私を執務室へと呼んだ。
 その部屋に入った瞬間、扉が静かに閉じられる。

 外のざわめきが嘘のように消え、部屋の中にはただ、彼と私の呼吸音だけがあった。

「リリアーナ……怖いか?」
「いいえ。怖いのは、あの国が何を仕掛けてくるか分からないことだけです」

 レオネル陛下が少しだけ微笑んだ。
 その笑みは優しくもあり、どこか寂しげでもある。

「君は本当に強いな。……だが、私はもっと恐れている」
「陛下が、ですか?」
「ああ。君を失うことを、だ」

 胸が、痛いほど高鳴った。
 その瞳に映る自分の姿が、信じられないほど愛おしそうで――思わず息を呑む。

「陛下……私のために国を危険に晒すなんて、そんなこと――」
「違う。君は“国”だ」

 静かに、けれど確信を持って言われた言葉。

「リュゼリアにとって、君は希望だ。君の存在そのものが、聖女の再来として人々を導く」
「……それでも、私はただの人間です。怖くないと言えば嘘になります」

 すると陛下はそっと近づき、私の肩を抱いた。

「怖がっていい。泣いてもいい。ただ――私の前では決して隠すな」

 その声が、あまりにも優しくて。
 頬が勝手に熱くなっていく。

「……泣きません。泣いたら、あの人たちの思うつぼですから」
「ふふ、やはり強いな。君を“地味”と言った愚か者が信じられん」

 その名を出されて、胸の奥が少しだけざらついた。
 ルーク殿下――かつての婚約者。
 あの男の顔を思い出すたび、怒りとも憐れみともつかない感情が込み上げる。

「陛下。あの国は、私の力を恐れているのではなく……奪おうとしているのです」
「だろうな。聖女の力を持つ者を利用し、王家の支配を強固にする。あの国が昔から行ってきたことだ」

 レオネル陛下は、机の上に古い書物を広げた。
 そこには、古代の聖女たちにまつわる記録が記されている。

「君の祖先――聖女エルシアもまた、アルシオンによって囚われかけた。しかし、彼女を守ったのが、我が国の初代王だった」

「だから……私を?」
「ああ。運命は、再び巡った」

 レオネル陛下が私の手を取る。
 その温もりが、心の奥の不安を溶かしていくようだった。



 それから数日、私は王宮の奥深くで“聖女の血”に関する調査を続けていた。
 古文書を読み、魔術師たちと共に儀式を行い、自分の中の力を確かめる。

 そしてある夜――

「……光っている……?」

 鏡の前で、私の手の甲が淡く光を放っていた。
 まるで、内側から力が呼応しているように。

 その瞬間、扉が開き、レオネル陛下が入ってきた。

「リリアーナ! その光は――」
「ええ……どうやら、本当に私の中に聖女の力があるみたいです」

 陛下は近づき、その手を包み込んだ。
 彼の掌に触れた瞬間、光がさらに強くなり、部屋全体が黄金色に包まれる。

 そして、陛下の瞳にも同じ光が宿った。

「……やはり。君と私は、繋がっている」
「繋がっている……?」
「私の祖先は、初代王――聖女の伴侶だ。つまり君と私は、千年前の誓いを受け継ぐ存在だ」

 言葉を失った。
 まさか、そんな――

「君を見た時から、感じていた。懐かしさとも、運命とも違う何か。
 ――あれは、魂が再び出会った証だったんだ」

 レオネル陛下の言葉に、胸が熱くなる。
 そして、ふと気づく。

 彼の手が、私の頬に触れている。
 瞳が近づき、息が混じる距離――

「……陛下、私は――」
「リリアーナ」

 その名を囁く声が、甘く溶ける。
 唇が触れようとした、その瞬間――

 ドンッ!!

 部屋の扉が乱暴に開かれた。

「陛下! 報告です! アルシオン軍が国境を越えました!」

 世界が、一瞬にして現実に引き戻された。



 翌朝、リュゼリア全土に戦の準備命令が下された。
 アルシオン王国は、正式に侵攻を開始。
 理由は――

「聖女の力を取り戻すため」

 皮肉なことに、彼らは自ら“罪”を証明した。

「彼らは聖女の力を奪うつもりで攻めてくる。つまり、狙いは君だ」

 陛下の言葉に、私は深く息を吸った。

「……分かっています。だからこそ、私も戦います」
「戦う?」
「はい。聖女の力があるのなら、それをこの国を守るために使いたい。私が逃げれば、あの国の思うつぼです」

 陛下の瞳が揺れる。
 しかし次の瞬間、彼は静かに頷いた。

「ならば、私が君の剣になる。君は光であれ。――それが、我々の戦いだ」

 彼の手が私の肩を包む。
 その瞳には、王としての覚悟と、男としての想いが宿っていた。



 夕刻。
 城壁の上から、遠くの空を見上げた。
 夕焼けに染まる空の向こう、黒い旗が翻っている。
 あれが、アルシオンの軍。

 その中心に――ルーク殿下の姿があった。

 彼は、私を奪うために来たのだ。
 愛ではなく、権力のために。

 ふふ。
 どうやら、あなたの“間違い”はまだ終わっていないようね。

「ルーク殿下。あなたが捨てた女は、もう誰の影でもありません」

 風が髪を揺らし、遠くから聞こえる戦の太鼓が胸を打つ。
 その音は恐怖ではなく――決意の鼓動となって響いた。

「――来なさい。今度こそ、あなたに本当の“ざまぁ”を見せてあげる」

 背後で、レオネル陛下の声が低く響く。

「リリアーナ。君が光を放つなら、私は闇を斬る」
「ええ。なら、並んで立ちましょう。かつての聖女と王のように」

 二人の視線が交わり、世界が静かに燃え上がる。

 戦が始まる。
 そして、運命の真実も――。
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