「お前との婚約は間違いだった」と言われたけど、隣国の王に選ばれました

ゆっこ

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 レオネル陛下の“本当の理由”――その言葉の続きを、私はまだ聞けずにいた。
 彼は何か言いかけて、私の頬に手を伸ばしたところで、宰相が部屋を訪れてしまったのだ。

「陛下、失礼いたします。急ぎの報告が……」
「今は――」

 陛下は一瞬だけ私を見て、静かに息を吐いた。
 その瞳に宿る優しい光に、胸が締めつけられる。

「後ほど話そう。リリアーナ、すまない」

 私は微笑み、軽く頭を下げた。
「ええ、陛下。ご公務を優先なさってください」

 ――そう言いながらも、心の奥ではざわめきが止まらなかった。
 レオネル陛下が、あの時見せたあの瞳。あれはただの恋情ではない。
 もっと深く、痛みのようなものが宿っていた。



 翌朝。

 王妃教育の一環として、私はリュゼリア王国の政治顧問や貴族夫人たちと顔を合わせることになった。
 初めての公式場。緊張を抑えて一歩踏み出す。

「本日より、王妃候補として教育を受けることになりました、リリアーナ・エルヴェンと申します」

 柔らかく頭を下げた瞬間、ざわ……と空気が動いた。

「王太子に捨てられたというのはこの方?」
「なんでも、同情から陛下が拾われたとか」

 ――まあ、そう来るわよね。

 だが、私は微笑みを崩さなかった。
 礼儀と冷静さこそ、令嬢としての武器だ。

「ええ。確かに“捨てられた”のは事実ですわ。でも、そのおかげで、こうして素晴らしい方と出会えました」

 皮肉ではなく、心からそう言った。
 すると、一人の年配の夫人――宰相の妻であるレディ・アナスタシアが口角を上げた。

「……あなた、なかなかの胆力ね。面白いわ」

 その瞬間、場の空気が変わる。
 彼女の一言が、この場での“評価”を決めるのだ。

「陛下が選んだ女性が、これほど芯を持っているのなら納得ですわ。皆さま、無礼のないように」

 ざわついていた場が静まり、誰もが頭を下げた。

 ――ふう、ひとまず第一関門突破ね。



 だがその夜、思いがけない知らせが届いた。

 宰相の手の者が王宮の裏門で見つけたのは――王都の国境を越えて潜入しようとしていた人物。

「捕らえたのは、元王太子・ルーク殿下の側近です」

 その報告に、王宮の空気が一変した。
 隣国の王妃候補を間諜が狙う――これは外交問題になりかねない。

 レオネル陛下は、いつになく冷たい声で命じた。
「そやつを牢へ。だが殺すな。使える駒は生かしておく」

 私はその横顔を見て、思わず息を呑んだ。
 昼間の穏やかな陛下とは違う。
 王として、鋼のような瞳を持つ人――それが、彼の本当の姿なのだろう。

「リリアーナ、怖いか?」

 問いかけに、私は首を横に振った。
「いいえ。……むしろ、頼もしいです」

 レオネル陛下が少し目を見張り、それから静かに笑った。

「君は本当に……強いな」
「そんなことはありません。ただ、もう二度と“誰かに支配される自分”には戻りたくないだけです」

 その言葉に、彼の金の瞳が微かに揺れた。

 ――その瞳に、またあの痛みが浮かぶ。

「……君を選んだ理由を、話す時が来たのかもしれない」

 そう言いかけた瞬間――扉が乱暴に開いた。

「陛下っ! 至急です! 国境警備隊が、敵国の動きを察知しました!」

 報告した騎士の声が、夜の静寂を切り裂いた。



 翌日。
 国境近くで、王都側の軍勢が不審な動きを見せたとの報が届いた。
 どうやら、ルーク殿下が密かに軍を動かしているらしい。

 目的は――“リリアーナ奪還”。

「なんてこと……!」
 私が思わず息をのむと、レオネル陛下はすぐに私の手を取った。

「安心しろ。君を誰にも渡すつもりはない」
 その声には、鋼と炎が混ざっていた。

「むしろ、あの男がここに来てくれるなら好都合だ。私の手で、正式に『君を選んだのは誰か』を証明できる」

 ――ざまぁ、の本番はこれからだ。



 その夜、陛下の私室で。

 彼は地図を広げながら、私に視線を向けた。
「リリアーナ、君には危険が及ぶかもしれない。だが……信じてほしい。私は君を守り抜く」

「信じています。……それに、私も陛下の隣で戦いたい」

「君が?」
 少し驚いたような表情を浮かべた彼に、私は胸を張った。

「もとは王妃教育を受けた令嬢です。外交文書の作成も、情報分析もできます。――戦場に出ることはできなくても、後方で支えられます」

 レオネル陛下の唇が緩んだ。

「……やはり、君を選んだのは間違いではなかった」

 その言葉の響きに、胸が熱くなる。
 そして私は、ようやく尋ねた。

「……陛下。以前おっしゃった“本当の理由”を、教えていただけますか?」

 レオネル陛下は少しだけ目を伏せ、それから静かに語り始めた。

「数年前――私は一度、婚約者を失った」

 その声には、深い痛みが宿っていた。

「彼女は、君と同じ国の貴族令嬢だった。だが、国の内乱に巻き込まれ……彼女を救えなかった。
 それ以来、私は“愛する者を持たぬ王”であろうと決めた。二度と誰かを失う痛みを味わわぬように」

 ――そんな過去があったなんて。

「けれど、君を見た瞬間、あの決意は崩れた。君の瞳に映る強さと、傷の奥にある優しさが、彼女を思い出させたのだ。だが……違う。君は君だ。君を手放したくないと思った」

 胸の奥で、何かが溶けた。

「陛下……」
「リリアーナ。君に“王妃”という鎖を与えるのではない。君を、私の人生の半分として迎えたい」

 その言葉に、息が止まりそうになる。

「……そんなふうに言われたら、もう逃げられませんわ」

 微笑むと、レオネル陛下は静かに私の手に口づけを落とした。
 その唇の温もりが、指先から胸の奥まで伝わっていく。

「逃がす気など、最初からない」

 その低い声に、頬が赤く染まる。



 しかし――穏やかな夜は、長く続かなかった。

 翌朝、報告が届く。
 ルーク殿下が、自国の軍を無断で動かし、国境を越えようとしている。

 しかも――彼の名を使って命令を出したのは、現王そのものだったという。
 つまり、これは「国家としての侵攻」。

 戦が、始まる。

「陛下……!」
「落ち着け、リリアーナ。――ここからが正念場だ」

 レオネル陛下が立ち上がる。
 その背中は、まるで光のように強く、美しかった。

「我が国は侵略者に屈しない。君を奪われることも、誰かの思惑に屈することもない」

 私も立ち上がる。
 恐怖よりも、胸に燃えるのは怒りと決意だった。

 ――ルーク殿下。
 今さら私を奪おうだなんて、どこまでも愚かですね。

 かつての婚約者が作ったこの戦い。
 けれど、今の私はもう“あなたに縛られる令嬢”ではない。

「陛下、私に任せてください。外交文書を用意します。
 『侵略の証拠』を世界各国に送り、正義はこちらにあると示しましょう」

「……君は本当に、私にとって最高の王妃だ」

 そう言って陛下が手を伸ばし、私の頬を撫でる。
 その瞳には、熱と優しさと、何か決意めいた光が宿っていた。

「この戦が終わったら――君に正式に誓う。言葉ではなく、儀式で」

 心臓が跳ねる。
「……王妃として、ですか?」
「いいや。ひとりの女として」

 その瞬間、外から鐘の音が響いた。
 戦の始まりを告げる合図。

 私は陛下の瞳をまっすぐ見つめた。

「――ええ、陛下。共に、勝ちましょう」



 国境では、すでに剣戟の音が響き始めていた。
 だがリリアーナの瞳には、恐れではなく、静かな炎が宿っている。

 この戦いは、彼女にとっての“真のざまぁ”――
 かつて彼女を捨てた王太子に、圧倒的な現実を突きつける戦いになるのだから。

 そしてその背後では、レオネル陛下の側近たちが密かに動いていた。
 敵国を内部から崩壊させる――彼らの計画の中心に、リリアーナの名があった。

 だがその裏で、彼女もまだ知らぬ“裏切り者”が王宮の中に潜んでいる。
 彼女の命を狙うその影が、今、静かに動き出した。
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