「お前との婚約は間違いだった」と言われたけど、隣国の王に選ばれました

ゆっこ

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 国境の鐘が鳴り響いた夜。
 リュゼリア王国は、ついに戦の炎に包まれた。

 王都では緊急会議が開かれ、宰相、将軍、そして私――王妃候補であるリリアーナが集められていた。
 重苦しい空気の中、地図の上に置かれた赤い駒がじわじわと国境線を越えてくる。

「敵軍、およそ一万。先頭には第一王子ルーク殿下自らが立っております」

 報告する将軍の声に、場の空気が凍りついた。
 まさか本当に王太子が、正式な宣戦布告もなく侵攻してくるなんて――。

「愚か者め」
 レオネル陛下が低く呟く。
 その金の瞳は怒りに燃えていた。

「国のためではなく、女一人を奪うために軍を動かすとは……あの王も、ついに息子を止められなかったか」

「陛下、どうなさいますか?」
 宰相が問うと、レオネル陛下は毅然と立ち上がった。

「我が国は屈しない。――総動員令を発令する。防衛線を三層に張り、民の避難を最優先とせよ」

「はっ!」

 皆が命令に従い動き出す中、陛下は私に視線を向けた。

「リリアーナ、君はこの城に残って――」

「いいえ」
 私は首を横に振った。

「私は城に籠もっているだけの“飾りの妃”ではありません。後方支援と外交対応を担当します。陛下を支えるのが、私の役目です」

 少しの沈黙のあと、レオネル陛下が口角を上げた。

「……強情だな。だが、そんな君だからこそ惹かれた」
 その声があまりにも優しくて、胸の奥が熱くなる。



 翌日、私は王城の作戦室に詰め、各国への緊急書簡の作成を始めた。
 この侵攻が「私的理由による暴挙」であると訴えるためだ。

 ――けれど。

 夜になっても書簡の使者の一人が戻ってこない。
 妙な胸騒ぎを覚えた私は、報告を受けた侍女長に声をかけた。

「伝令のロランは、いつ戻る予定でしたか?」
「二刻前には……戻るはずでしたが」

 その瞬間、背筋に冷たいものが走った。
 嫌な予感がする。

 その予感は、夜半過ぎに現実となる。



 ――ガシャンッ!

 廊下の窓が割れ、黒い影が数人、部屋に飛び込んできた。
 刃の光が月明かりにきらめく。

「王妃候補を確保せよ! 生け捕りにしろ!」

 息を呑んだ瞬間、侍女たちの悲鳴が上がった。
 私は反射的に机の下に身を隠し、傍らの短剣を握りしめる。

「お守りします、リリアーナ様!」
 護衛騎士のルシアンが盾を構え、私の前に立ちはだかった。

 だが、敵は三人。
 しかも動きが明らかに訓練された暗殺者――軍属ではない。

「くっ……!」
 ルシアンが一人を斬り伏せた瞬間、背後から別の影が私に迫る。

 その刃が振り下ろされる寸前――

 ――ガキィィンッ!!

 火花が散り、刃が弾き飛ばされた。
 そこに立っていたのは、金の瞳を怒りで燃やす男。

「貴様ら、よくも……!」

 レオネル陛下だった。

「陛下!?」
「無事か、リリアーナ!」

 彼が私の前に立つと、まるで獣のような速さで剣を振るう。
 瞬く間に敵の暗殺者たちは倒れ伏し、部屋に静寂が戻った。

「……血の匂いは好きではないが、君を奪われるよりはましだ」

 陛下が剣を床に突き立て、私を抱き寄せた。
 その腕の震えが、怒りと恐怖の入り混じったものだとわかる。

「陛下……ありがとうございます。でも、なぜここに?」
「君の部屋に戻る途中、妙な気配を感じた。間に合ってよかった」

 そう言って、彼は私の頬をそっと撫でた。
 その指が微かに血に濡れているのを見て、胸が痛んだ。

「……お怪我を」
「これくらい、君を守れた勲章だ」

 そう笑った彼の顔が、あまりにも眩しくて――気づけば涙がこぼれていた。



 襲撃の調査の結果、捕らえた暗殺者たちの一人が信じられないことを口にした。

「俺たちに命じたのは、ミレイユ様だ……」

 ――ミレイユ。
 ルーク殿下の新しい婚約者。

 彼女が、私を暗殺しようとした?

 それを聞いたレオネル陛下は、怒りを隠さなかった。

「愛人の嫉妬で戦を起こし、他国の王妃候補に刃を向けるとは……腐りきっている」

 しかし宰相は慎重だった。
「ですが、証言だけでは動けません。王都側に直接証拠を突きつけなければ」

 私は唇を噛んだ。
 ――証拠。そう、証拠が必要だ。

「陛下、もし許されるなら……私に少し時間をください。彼女が動いた証を、私が掴みます」

「危険すぎる」
「危険でも構いません。あの人たちに、どれほど自分たちが愚かだったか思い知らせたいんです」

 レオネル陛下の瞳が、一瞬だけ揺れる。
 そして小さく息を吐き、頷いた。

「……わかった。ただし、必ず護衛をつける。君を失うくらいなら、国を失った方がましだ」

 その言葉に胸が熱くなった。
 ――この人のためなら、私は何だってできる。



 三日後。
 私は密かに、敵国側へ潜り込んだ商人の伝手を使い、ミレイユの周囲の動きを探らせた。

 そしてついに、決定的な証拠を掴む。

 彼女の部屋から発見されたのは、ルーク殿下の印章を偽造した文書。
 内容は、「リリアーナ奪還のための暗殺命令」――。

 これを公開すれば、彼らの立場は完全に終わる。

 ――ざまぁみろ。

 でも、不思議と心は空っぽだった。
 憎しみを感じるよりも、もう何もかもが哀れに思えたのだ。



 王城に戻った夜。
 レオネル陛下が私を迎えてくれた。

「よく戻った。……怖くなかったか?」
「少し。でも、陛下の言葉を思い出していました。『もう誰にも君を傷つけさせない』って」

 彼がふっと笑い、私の手を取り、胸元へ導いた。

「約束は、守らなければな」

 その温もりに包まれていると、世界の喧騒がすべて遠くに感じた。

 ――この人の隣でなら、何があっても戦える。

 そう思った瞬間、外から号砲が響いた。
 戦が、本格的に始まったのだ。



 王の間で、陛下は剣を手に取り、私を見つめた。

「リリアーナ、君に誓う。
 この戦が終わったとき、私は公の場で宣言しよう――君こそが、我が唯一の王妃だと」

 金の瞳に宿る誓いの光。
 その視線を受けながら、私は強く頷いた。

「……陛下。どうか、お気をつけて」
「君もだ。私が戻るまで、誰の言葉にも惑わされるな」

 そう言って、彼は私の額に口づけを落とした。
 その瞬間、時間が止まったように感じた。

「私は君のために剣を振るう。君のためだけに、王でいる」

 その背中が戦場へと向かう。
 扉が閉まり、静寂が訪れたあと――私は拳を握りしめた。

「……待っていてください、陛下。必ず勝利の報せをお届けします」

 その声は誰にも届かないけれど、確かに空に響いた。



 一方そのころ。
 敵陣では、ルーク殿下が報告を受けていた。

「暗殺は……失敗したようです」
「なんだと!?」

 彼の拳が机を叩き、木片が飛び散る。

「ミレイユ! お前が余計なことをしたせいで!」
「だって……リリアーナが邪魔だったのよ! あの女さえいなければ――」

「黙れっ!」

 その怒号が響く。
 しかし、その怒りの底には焦りと後悔が滲んでいた。

 ――リリアーナを手放すべきではなかった。

 その思いが、今さら胸を焼いていることに、彼自身が気づかないふりをしていた。

 だがその時、部屋の奥で微笑む一人の男の影があった。
 冷たい瞳の宰相補佐――。

「ルーク殿下、どうやら戦は陛下の思惑通りに進んでおります。
 しかし……“王妃候補”の命を狙う機会は、まだございます」

 ルークの瞳が揺れる。
 ミレイユがぞっとするような笑みを浮かべた。

「今度こそ、あの女を……終わらせてあげる」

 ――新たな陰謀が、再び動き出していた。
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