【本編完結済】うろ覚えの転生令嬢は勘違いで上司の恋を応援する

柳葉うら

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悩んでモップが動かない

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「失礼します」

 私はハワード候爵の執務室に入って掃除を始める。
 王立図書館で勤務していた頃も掃除はあったが、それは本の整理くらいである。モップやはたきを使って掃除するなんて前世以来だ。
 
 昨晩パスカル様はああ言っていたけど、こんな状況をお兄様に知られたら間違いなく連れ戻されるだろう。

 胸の辺りがチクリと痛む。

 司書を手放したくない。司書になることは、前世でも私の夢だったのだ。前世ではお金がなかったから諦めたけど……。

 前世の幼い頃、私はよく図書館に行った。
 週末に司書のお姉さんが絵本の読み聞かせをしてくれるのだ。

 おとぎ話や冒険譚、様々な物語の世界に誘ってくれるお姉さんはおとぎの世界の案内人のようでカッコ良かった。
 そしてお姉さんは私たちの読み聞かせが終われば本の整理をしたり、カウンターで受付や来館者の対応をしている。とても忙しそうだった。それでも、私を見かけると声をかけてくれておすすめの本を教えてくれるのだ。

 お姉さんが本を教えてくれるたびに、私は新しい世界に旅立つことができた。深く深く、底の無い本の世界。私は本に夢中になった。そして、いつか私もお姉さんのように司書になって本と人を結ぶ懸け橋になりたいと思うようになったのだ。

 図書塔で頑張っていたら王立図書館に戻れるはず!
 そしたら私はまた憧れの司書に戻れる!

 1年後の人事会議まで頑張れば挽回できると意気込んでここにいるけど、もしかしたらもうすぐ訪れる建国祭の準備期間にはお兄様に連れて帰られてしまうかもしれない……。

 再スタートするためのスタートラインがずっと遠くに離れてしまったような気がしてならない。

 ああ、こんなときハワード候爵に相談できる間柄ならよかったのだが、昨日今日ここに異動してきた若輩者の家庭の事情を聞いてくれるのだろうかこの人は?

 私はチラと執務机で書類に目を通しているハワード候爵を見る。表情1つ変えることなく冷たい氷のような瞳で淡々と資料を片付けていく私の新しい上司。如何せん目鼻立ちが整っているためか真顔でも気迫がある。

 ただでさえ鬼上司として名を馳せているから無理だろう。

 この人の元に異動して最短1日で辞職した司書も居たようだし……。

 やはりパスカル様を頼ろう。あ、あと塔を警備している近衛騎士のバルトさんたちも何かあったら力になるって言ってくれたっけ?
 首都にお兄様が来る頃になったらちょっと相談してみようかな……。

「フェレメレン」
「はいっ」
「いつまで床を掃除している?そのままメイドにでもなるつもりか?」
「い、いえ。私は読み聞かせのお姉さんになりたい所存ですっ」

 ……はっ、しまった。考え事しててずっと同じ場所を掃除していたようだ。それに、お兄様の事で頭がいっぱいすぎて本音が出てしまった。

 慌てて訂正しようとして、ふと気づく。候爵が片手で顔を隠している。

 え?どうしたの?
 もしかして呆れて頭抱えたくなったとか??

「無駄口を叩けぬよう雑務を増やしてやろうか?嫌ならさっさと掃除を終わらせろ」
「はい~……」

 気まずくなった私は2倍速くらいでモップをかけ終え、そそくさと部屋を後にした。
 
 咄嗟だったとはいえ顔が熱くて仕方がない。
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