3 / 21
雨のち晴れときどき猫が降るでしょう
人生の分岐点
しおりを挟む海か。
なぜか海に来ると物思いにふけってしまう。そういうことってないだろうか。自分だけなのだろうか。気持ちが沈んでいるせいかもしれない。元気だったらきっと違ったものになるのだろう。
ほら、あそこで遊んでいる子供がいい例だ。はしゃいじゃって。そんなことどうでもいいか。そう思いつつ子供の遊ぶ姿に目がいってしまう。
いいな、ああいうの。
自分も早く結婚して子供と一緒に海に来たい。こんなどん底の気持ちを引きずっての海は嫌だ。けど、相手がいない。みつかるのだろうか。理想の女性は……。
なにを考えているのだろう。結婚なんてまだまだ先の話だ。もしかしたら一生独身なんてことも。やめ、やめ。こんなんじゃどん底に埋まっちまう。
思いっきり息を吐き出して青い海に目を落とす。
海はいいな。
それはそうと実家に帰って来るなんて思ってもみなかった。成功して帰郷するっていうのなら、胸を張っていられるけど、自分はそうじゃない。それでも、今は帰って来て正解だったのだろう。
離れてみて地元の良さを知るって言うが本当にそうだと思う。都会もいいけど田舎の良さもある。
『田舎=何もない』なんてイメージあるけど、そうでもない。他の人はどう思うかはわからないけど、自分はそう思う。
淵沢裕は砂浜の手前にある石段の一番上に座り寄せては返す波をじっとみつめていた。
大きく息を吐き出して海から空へと目を移す。どうも溜め息が出てしまう。暗くなる必要なんてない。これからだろう。こうして生きていられることを喜ぶべきだろう。新たな人生の始まりだ。そうだろう。けど、そう簡単じゃない。
空に浮かぶ白い雲をふと見遣る。
形を変えながらゆっくりと流れていく白い雲。風の流れに身を任せる白い雲がなぜか羨ましく思えた。余計なことをなにも考えることなく自由気ままに自分も過ごせたらいいのに。
そう思ったのだが、裕は自由ってなんだろうと疑問を感じた。なんとなく楽そうだけど実は自由でいることのほうが大変で難しいことなのではないだろうか。
生きるって難しい。自分はこの先どうしたらいいのだろう。生きていく意味はあるのだろうか。だからといって死ぬことは嫌だ。
「よう青年、暗い顔してどうした」
「えっ」
「女にでもフラれたか」
突然現れたお爺さんが隣に座り肩を組まれてしまう。誰、知っている人じゃない。誰かと間違っているんじゃないのか。そんなことより『フラれた』ってなんだ。違う、間違っている。フラれてなんていない。
「な、なにを」
「あっ、リストラにでもあったか。まだ若いのに大変だ」
「いや、そうじゃ」
「まあ、まあ。生きていればいろんなことがあるってもんだ。良いこともあれば悪いこともある。それが人生ってもんだ。人生、楽しまなきゃ損だ。そうは思わんか」
確かにそうだけど。そうじゃなくてリストラでもない。
「美味いもん食べて頑張れ。それで万事うまくいくってもんだ。なーんてな」
いったいなんだ、この人は。危険人物か。新手の詐欺師とか。逃げたほうがいいのか。そう思いつつもずっと笑顔のお爺さんを見ていると楽しくなってくる。不思議な人だ。
「ほら、これでも食って元気出せ」
手渡されたのはアンパンだった。しかも、半分だけ。まさか食いかけか。おいおい、そんなものが食えるか。アンパンを返そうとしたところですぐにお爺さんに押し返されてしまう。
「まったく無口な奴だ。美味いもんは幸せを呼ぶぞ。遠慮しないで食え。じゃあな」
バシンと背中を叩かれたかと思うと大笑いしながら歩いて行ってしまった。なにが『無口な奴だ』だ。一人でずっとしゃべりっぱなしじゃないか。お爺さんがおしゃべりで話せなかっただけだ。
半分のアンパンが手元に残ってしまった。これ、食べたほうがいいのか。歯型らしきものもないし、おそらく食べかけじゃない。半分に割ったのだろう。そう思ったほうがいい。食いかけを渡す人なんてそうそういるもんじゃない。そうじゃないと食べられない。パンから少しはみ出した粒あんが美味しそうだ。甘いものを欲していたのかもしれない。もったいないし、食べたほうがいい。けど、さっきのお爺さんの食いかけだったらどうする。
チラッとお爺さんが歩いて行った先を見遣ったがもう姿は見えなかった。歩くのが早くないか。まさか幽霊だったとか。それはないか。どこか脇道でも曲がって行ったのだろう。
変な人だったけど元気づけようとしてくれたみたいだし、お爺さんのおかげで少しだけ心にゆとりができた気がする。お爺さんの好意を無下にはできないし食べよう。
裕はアンパンに噛りつき『死ぬ』だなんてなにを馬鹿なことを考えていたのだろうとフッと笑みを零した。
なにをやっているのだか。まだまだこれからじゃないか。落ち込むことはない。きっと生きている意味はあるはずだ。だからこそ、ここでこうしていられるのだろう。『美味いものは幸せを呼ぶ』か。そうかもしれない。お爺さんの考え方を見倣うべきだ。
自分は生かされたのだから。死ぬのはまだ早いとあの世から追い返されたのだから。奇跡って本当にあるのだと身をもって体験した。わかっている。けど……やっぱり。
震える左手をギュッと握りしめる。この左手だ、問題は。
自分では強く握ったつもりだったが思ったほど強く握れていなかった。この現実が自分を萎えさせてしまう。
裕は小さく息を吐く。
せっかくお爺さんが笑顔をくれたのにまた闇が自分を覆いつくそうとしてくる。ダメだ、それじゃ。暗い、暗過ぎるぞ自分。
んっ、本当に暗くなっていないか。裕は空を見上げてひとつの雲を睨みつけた。
『おい、そこの雲。太陽を隠すな』
心の中で叫んでみるが雲が『はいそうですか』と動くはずもない。雲なんて気にするな。海だ、海から癒しを貰おう。
再び、海へと目を移す。波音ってなんて心地いいのだろう。岩肌に打ち付ける波が飛沫をあげる様もなんだか心地いい。
『大丈夫だよな』
なぜか海にそう問い掛けてみた。もちろん声に出したりはしない。
左手に再び目を向けて『大丈夫だ、きっと』と自分に言い聞かせた。お爺さんだって『楽しまなきゃ損』って話していたじゃないか。そのとき岩肌に大波がぶち当たり飛沫とともに小さな虹を作った。
ほら見ろ、『大丈夫だ』って海が励ましてくれているじゃないか。
モヤモヤした胸の内を心地よい波音が掻き消してくれる。空の青と海の青も嫌な気持ちを払拭してくれる。不思議とまた頑張ろうと思えてくる。いつの間にか雲に隠されていた太陽が顔を出していた。大自然も自分の味方だ。本当にそうだとしたらなんて心強い味方なのだろう。
ラッキースポットは『海』か。
この場所、好きかもしれない。海に来て正解だった。
テレビで流れていた占いもたまには役に立つものだ。
気のせいだろうけど、波音が『なにも心配することはないよ』とでも囁いているようでフッと笑みを浮かべた。あっ、あの雲は龍みたいだ。こっちに顔を向けて『守ってやるから安心しろ』と語りかけてくれているみたいだ。これも気のせいだろうか。
妄想が酷すぎるかもしれない。けど、そうでも思わないとやっていられない。
馬鹿だな。いや、それくらいが今の自分には丁度いい。
そうだ、大丈夫。なにか自分にもやれることはあるはずだ。リハビリも頑張ればこの左手ももとのように動くようになるはず。
ほら、こうやって握りしめることができるまで回復したじゃないか。
なにげなくそばに転がっている小石を掴もうとしたのだが、小石はするりと左手から転げ落ちてしまった。
裕は溜め息を漏らして再び寄せては返す波へと目を向けた。これが現実なのか。
やっぱり自分はもうダメなのだろうか。本当になにかできることがあるのだろうか。生きている価値があるのだろうか。
仕事も辞めて、数ヶ月。なんとなく電車に乗り海の見える町にやってきてしまった。実家のあるこの町で人生のやり直しができたのならと思って来たもののこの先の自分の将来像が見えてこない。せっかく助かった命だというのに、あっちの世界に逝ってしまったほうがよかったのではないかと思ってしまう。
だから、馬鹿なことを考えるのはよせ。すぐ後ろ向きになる。ダメだっていっただろう。暗過ぎて自分の周りだけ夜になっちまうぞ。
思い出せ、以前の自分だったら『なんとかなるさ』って思っていたはずだ。今だって、一緒だ。そんなに性格が簡単に変わるはずがない。まあ、簡単では済まされないことが起きたのは事実だけど。それでも前のように前向きに考えて行動すればきっと、この先いいことが起きるはずだ。
大丈夫。そう思えばいい。この先、良くなるのも悪くなるのも自分次第だ。
頑張ろうと思ったからここに来たのだろう。ならば、一歩でもいいから前に進まなきゃいけないだろう。
考えてもみろ、不運な人生を歩んでいる人は自分だけじゃないはずだ。生きているだけでも幸せだって思え。きっとこうなる運命だったに違いない。しっかり現実を受け止めろ。
あの事故だって……。
裕はかぶりを振った。この先のことを考えよう。せっかく好きだと思える場所に来ているのだから、そのほうがいい。
けど、あの事故がなければ……。裕は再び、左手を食い入るようにみつめた。
確か、あの事故があったのは底冷えのする一月だった。
0
あなたにおすすめの小説
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる