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雨のち晴れときどき猫が降るでしょう
果たして運は開けるのか
しおりを挟む裕は猫を追いかけて気づけばまた『しんどふじ』の店のそばまで戻ってきていた。
猫はというとタバコ屋のちょうど真下でこっちをみつめている。裕はそこでじっとしていろよと念を送る。通じるとは思えないけどそうしてしまう。
あっ、鍵が口から落ちた。
チャンスだ。拾われる前に鍵を取らなきゃ。
裕は猫に向かってダッシュする。麦わら猫は自分の勢いに狼狽えたのか路地裏へと逃げ去って行った。
よかった。鍵奪還に成功だ。
「いったい、何をしているんだい」
フミに声をかけられて手にした鍵を見せて「猫にこれ取られちゃって。追いかけてきたんです」と息を整えつつそう告げた。
「そりゃ、災難だったね。けど、ポケットから奪うはずがないからねぇ。落とした鍵を拾ってくれたとも言えなくもないけどねぇ」
確かに、そうだ。あいつが拾わなきゃ。家に帰ってから鍵をなくしたことに気づいて慌てたはずだ。これは感謝するべきなのか。
「あの子は野良だけど頭がいい子なんだよ。許してやっておくれ」
「そうみたいですね」
鍵さえ戻れば問題はない。最初から麦わら猫をどうにかしようとは思っていない。
「そうだ、ついでに宝くじでも買っていかないかい。大当たりの予感がするねぇ。ぷくもそう思うだろう。ちなみにこの子は福猫だからねぇ。人を見るから必ず大当たりとはいかないけどねぇ」
「人を見るんですか」
「そうだよ。よくいるじゃないか。大金を手にしたせいで人生を狂わせてしまう人がねぇ。そういう人だと判断すればぷくは大当たりさせないけどねぇ」
「なるほど」
本当にそうだとしたら凄い猫だ。福猫どころか神様猫だ。まさかそれはないだろうけど。
「あんたはどっちだろうねぇ。ここで試してみるのも面白いと思うよ。どうだい」
フミの言葉に自分がどっちの人間なのか試したくなってきた。言葉巧みに話すフミの術中に嵌っているとも思えたがすでに買ってみようと心に決めていた。商売上手だ。
大当たりするだろうか。それとも……。ふと麦わら猫の顔が浮かぶ。そういえば八百屋の店主が『いいことあるぞ』なんて言っていた。これはもしかしたら幸運の兆しか。なんだかドキドキしてきた。よし、運試しでもしてみるか。
「それじゃ、スクラッチを十枚買います」
「スクラッチだねぇ。今だと三種類あるけど、どうする。一等が三十万円のと三百万円のと二千万円のとあるけど。一等が三十万円と三百万円のは一枚二百円だけど、二千万円のは一枚三百円だからねぇ」
そうかそんなに種類があるのか。二千万円は魅力的だ。しかも有名なアニメキャラがデザインされている。どうしようか。ここで三千円使って大丈夫だろうか。いや、そんなところでケチっていたら金運も逃げてしまう。預金はまだある。大丈夫だ。
「この子が大当たりを選んでくれるよ、きっとねぇ」
フミのすぐ横にいる白猫がじっとみつめてくる。なんだか、その瞳を見遣ると本当に当ててくれそうに思えてきたから不思議だ。
「じゃ、二千万円のスクラッチを十枚お願いします」
裕はそう口にしてぷくの頭を撫でた。目を細めて気持ち良さそうにしている。
「はいよ。じゃ、ぷく、選んであげておくれ」
フミがスクラッチを並べてぷくに言葉をかける。
ぷくはまたじっとこっちを見てからスクラッチへと目を移す。本当に選んでいるみたいだ。すると、小さく口をあけたと同時にひとつのスクラッチの袋にポンと左手を置こうとしてその隣に手をサッとスライドさせた。
「これかい」
ぷくはまた小さく口を開けた。聞こえないけど『そうだ』と返事をしているのかもしれない。ときどき猫は聞こえない鳴き声をあげるときがある。実際に鳴いているのかはわからないけど、裕はそうだと思っている。
ぷくの選んでくれたスクラッチを手にしてじっとみつめる。これが本当に大当たりしてくれたらいいけど。ただ突然スライドさせたことが気にかかる。最初に選ぼうとしていたスクラッチが実は大当たりしているんじゃないか。いやいや、疑ってはいけない。ここは素直にぷくを信じよう。
三千円を渡して再びぷくの頭を撫でた。
「選んでくれて、ありがとう」
「幸運が訪れますように」
フミに笑顔で見送られて裕は家路に着いた。その場で削ってもよかったのだが、家に帰るまでの少し間だけでもワクワク感を楽しみたかった。二千万円が当たったとしたら何に使おうかと妄想を膨らませるのも一興だ。
もしもこれで本当に大当たりしたら、鍵を銜えてここまで連れて来たあの麦わら猫にも感謝しなきゃいけない。まあ、だいたいが三百円の当たりで終わる。よくて千円だろう。運が悪けりゃ、三百円もなしだ。あっ、このスクラッチは千円の当たりはないのか。三百円の次は三千円だ。当たればいいけど。
福猫のぷくは自分をどう見たのだろうか。大当たりさせても大丈夫だと判断しただろうか。それとも大金を持つとダメになると判断したのだろうか。
なんだかこれって猫に占われているみたいだ。ふと鋭い目でこっちを見遣るぷくを思い出す。なんとなく只者ではない気がした。やっぱり神が宿っているのかも。まさか、それはないか。考え過ぎだ。
あっ、悪戯猫。いや、違う。落し物をみつけてくれた優しい猫だ。そう思うことにしよう。
「なあ、もしもの話だけど。宝くじが当たったらおまえにも美味しいものご馳走してあげるからな。ハズレたら無しだけどな」
ふと猫に話している自分がおかしくなった。何をしているのだろう。
「馬鹿だよな、猫に話しかけるなんて」
「ニャ」
えっ、まさか返事したのか。おいおい、そんなはずがないだろう。偶然だろう。
苦笑いを浮かべて「じゃあな」と猫に手を振った。
*
裕は家に帰るなり階段を上がり自分の部屋に直行して十円玉でスクラッチを削り出す。
んっ、どうだ、大当たりか。そう思うだけでなんだか興奮してきた。
一枚目はハズレか。よし、次だ。
おぉっ、もしかして……。なんだ、三百円か。次こそ、ワクワクドキドキしながら削り続けて七枚目で三千円の当たりが出た。これで一応三百円の儲けか。
あと三枚だと息を吐き出す。
福猫のぷくの顔がふと浮かびスクラッチカードを凝視する。もしかして、大当たりするのか。そんな予感がした。
「裕、いるの」
母の声が階段下から飛んでくる。
「いるよ」
「いるなら、ちょっと手伝って」
いいところなのに。まあいいや、あとのお楽しみってことで。
「手伝うって何を」
「障子が破れちゃったから張り替えてほしいんだよね」
障子の張り替えか。
チャチャッと終わらせてしまおう。
「じゃ、お願いね」
「えっ、ひとりでやるの」
「そうよ。私は忙しいからね」
母はそう口にしてどこかへ出かけてしまった。
しかたがない、やるしかないか。
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