からだにおいしい料理店・しんどふじ ～雨のち晴れときどき猫が降るでしょう～

雨のち晴れときどき猫が降るでしょう

おいしいけど危ないものもある

「ママ、あのおじさん、元気になったかな」
「そうね、少しは顔に赤みが出ていたとは思うけどね。通ってくれたら心も身体も元気になるかもね」
「そっか」
「あっ、里穂。お祖母ちゃんのところに居てって言ったじゃない」

　里穂は舌をちょっと出して「ごめんなさい」と謝った。

「まあいいわ。今はお客さんいないし。あと、おじさんって呼ばないでお兄さんって呼んであげてね。淵沢くんはママより若いのよ」
「えええ、嘘だぁ。どうみてもおじさんだよ」

　安祐美は思わずプッと吹き出してしまった。老け顔だから、しかたがないけど。きっと、おじさんって言われて傷ついただろう。自分が中学生と間違わられるのと同じ。言われ過ぎて慣れてしまったけど。

　それにしてもこっちに戻っているとは思わなかった。しかも、死の淵を彷徨っていたなんて驚きだ。開店日に再会するなんてなにか縁があるのかもしれない。

　淵沢裕か。

　懐かしい存在が突然目の前に現れて正直ドキッとした。当時はそれほど気にしていなかった存在だった。いや、気になっていたのだろうか。出会って懐かしい高校時代の思いがふと胸の内を熱くさせた。老け顔だけど、ちょっと頼りないところはあったけど優しかった。今も変わっていない気がする。怪我をさせた相手のことを気にしていた。あまり深くは聞けなかったけど、そう思えた。死ぬかもしれなかったのに、そんな相手を気遣うなんて本当にお人好しだ。そこがいいところでもある。なんだかそんな姿を見たら応援したくなってきてしまった。自分もお人好しなのだろうか。

「ママ」
「えっ、どうかした」
「どうかって、なんか上のほうずっとみつめていたよ。なにかいるの？」
「そうだったかな。ちょっと考え事していただけよ」
「そっか。パパが会いに来ているのかと思っちゃった」
「えっ」

　安祐美は天井にもう一度目を向けて、いないことを確認した。
　里穂もおかしなことを言う。でも、もしも本当にいたとしたら……。

『あなた、私に力を貸してね』

　見えないだけでどこかで応援してくれていたらいいと思い心の中で呟いた。

「ママ、パパがきっと笑っているよね」
「そうね、そうだといいね」
「絶対、絶対、ニコニコしているよ。いっつもそうだったもん」

　里穂の頭を軽く撫でて安祐美は微笑んだ。

「里穂、お祖母ちゃんところで遊んでいらっしゃい」
「うん、わかった。ママ、がんばってね」

　安祐美は手を振り出ていく里穂を見送ると使った食器を洗いはじめた。

『あなた、里穂は素直でいい子に育っているでしょ』

　安祐美は再び上に向かって声をかけた。返事がないことにちょっと胸が痛む。ダメ、ダメ。頑張ると決めたのだから。この店をしっかり切り盛りしなきゃ。

「安祐美ちゃん、来たよ」
「あっ、安角あずみさん、いらっしゃい」

　斜め向かいで鍼灸整骨院をやっている安角だった。お昼休みに来てくれたのだろう。

「からだにおいしいってなんか魅力的だよね。薬膳料理なのかな」
「いや、そういうわけじゃないんですよ。食材にはいろんな効果が期待できる栄養素がありますからね。それに、それぞれの季節の旬の食材がいろいろと助けてくれるんじゃないかって思ったんです」
「うんうん、そうだね」

　満面の笑みで安角は頷いている。

「ところで安角さんはどこか調子が悪いところってあるんですか」
「そうだねぇ。最近目の疲れが酷くてね。肩こりもあるかな」
「わかりました。そのへんを踏まえて料理を作りますね。うちはメニューがなくておまかせセットだけなんです。九百八十円ですからね。それとデザート付きは百円プラスにしています」
「そうなんだね。そりゃ楽しみだ」

　目の疲れと肩こりか。なにがいいだろう。
　鳥のレバーがいいかもしれない。あとは豆の料理もいいだろう。
　安祐美はいろんな料理のイメージを膨らませて安角への料理を作りながら問い掛けた。

「安角さん、ごはんは玄米焼きおにぎりとキノコの炊き込みご飯とありますけどどうします」
「そうだな。玄米焼きおにぎりにしようかな」
「はい、わかりました」
「うーん、いい匂いがしてきたね」

　玄米焼きおにぎりの香ばしい匂いとキャベツの味噌汁をまず安角の前に置く。続けて大豆とツナマヨサラダと奈良漬けも置いた。
　安角はアツアツの味噌汁へと口をつけた。

「生姜が利いているね。キャベツの甘みもいいね」
「ありがとうございます。本当は安角さんにはモロヘイヤがいいかなって思ったんですけどちょっと旬じゃないですからね」
「モロヘイヤか。確かにそうだね。けど、あれは茎に毒があるとか」
「はい、そうなんですよ。よく知っていますね」

　満足げに頷く安角。
　前から知っているように話してしまったけど本当のところは毒のことは両親から先日聞いたばかり。農家には常識な話ではある。一番危険なのは家庭菜園をしている人だ。知らずに育ち過ぎて一緒に種や硬くなった茎が混ざってしまったら大変なことになる。フグの猛毒に匹敵するくらいらしいから怖い。

　おっと、今は料理に集中しなくてはいけない。
　安角が笑顔で食している様子に安祐美は頬を緩ませて鳥レバーと黒酢を使って煮込んでいく。さっぱりとして食も進むだろう。

「はい、鳥レバーのさっぱり黒酢煮ね。豆乳シチューもどうぞ」

　安角は一口食べて「うまい」と唸った。

「ありがとうございます」

　安角の顔は笑顔になっている。小鉢で煮物も出したし、あとはデザートだ。
　柳原豆腐店で貰ったおからで作ったクッキーがある。ニンジンゼリーもあるけど、安角にはおからクッキーを出そう。

「安角さん、今日はデザートとドリンクをサービスしているんです。おからクッキーと野菜たっぷりのスムージーなんですけど、どうぞ」
「おからクッキーかい。いいね。スムージーもいいね。野菜ってあんまり食べないから丁度いいよ」

　安角は完食して「満足、満足」とつぶやいていた。

「あっ、そうそうさっき店から出て来た年齢不詳な客は安祐美ちゃんの知り合いかい。会ったことあるような気もするんだが」

　年齢不詳だなんて。思わず笑ってしまいそうになるのをグッと堪えた。

「安角さん、淵沢くんですよ。高校卒業してこの町を離れてしまったけど戻ってきたみたいで」
「淵沢って、ああ思い出した。商店街からちょっと先に家があったな。あそこの坊主か」
「そうです」
「そうかい、そうかい」

　安祐美は裕が話していた左手の痺れのことが頭を過り、安角に話してみた。検査しても異常がないらしいけど、どこかに異常をきたしているから痺れがあるのだろう。鍼灸でなんとかならないものだろうか。

「なるほどね。脳の検査で異常はなかったんだろう。なら、緊急性はなさそうだけど、本人は辛いだろうね」
「おそらく」
「治るかどうかはわからないけど、安祐美ちゃんから話してみてよ。来てくれれば、できるだけのことはやってみるからさ」
「はい、また食べに来るようなこと話していたからそのときに言ってみます」
「はいよ、じゃ今日はごちそうさん」
「ありがとうございました」

　やっぱり安角は優しい。話してよかった。