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雨のち晴れときどき猫が降るでしょう
猫が降るでしょうの言葉は本当だった
しおりを挟む今日はクリスマスイブか。
新田は奥さんを迎えに行って来るなんて意気込んでいたけど大丈夫だったのだろうか。連絡はない。あれから一ヶ月以上経つっていうのに。あまり他所の家庭のことに首を突っ込むつもりはないが気にはなる。
それにしても今日は寒い。もしかしたらホワイトクリスマスになるかもしれない。裕は空を見上げてそう思った。
「うわっ」
な、なんだ。
くそっ、やられた。油断していた。ムギだ。まったくそのドヤ顔はなんだ。可愛いじゃないか。
「ニャ」
裕はしゃがみ込みムギの頭を撫でてやる。
「おまえ、寒いのに外にいるのか。猫はこたつで丸くなるじゃないのか」
「あっ、すみません。またムギが脅かしてしまって」
「いえ、大丈夫ですよ。いつものことですから。でも、今日は油断してビックリしてしまいましたけどね」
カフェわた雲の好美が「あら、じゃムギのドッキリ大成功ってことね」と頬を緩ませていた。
「そうですね」
裕は「かわいい奴だ」ともう一度ムギの頭を撫でてあげた。
「あのよかったら珈琲でもどうですか」
「いえ、これから『しんどふじ』に行くのですみません」
「そうなんですね。あっ、もしかしてそれ安祐美ちゃんにプレゼントですか」
手に提げていた紙袋を指差し好美がニコリとする。
「まあ、そんなところです」
なんだか照れ臭くなってしまって頭を掻いた。
「クリスマスですもんね。もしかして、安祐美ちゃんに告白しちゃうとか」
えっ、告白。いや、それはまずいでしょ。結婚している人に告白だなんて。好美はなにを言い出すのだろう。
「ちょっと、冗談はやめてくださいよ。安祐美先輩は結婚しているのに」
「えっ、淵沢くんは知らないの」
知らないのってなにを。どういうことだ。好美の言っていることがさっぱりわからない。
「安祐美ちゃんの旦那さんは交通事故で亡くなっているのよ。今は里穂ちゃんと二人っきりで独身なのよ」
「えっ、そ、そうなんですか」
知らなかった。考えてみれば店へ何度も足を運んでいるのに旦那の影すら感じられなかった。まさか亡くなっていたなんて。そうなのか。裕は急に胸が苦しくなった。やっぱり不幸なのは自分だけじゃない。悲しい思いを安祐美はしてきたのか。
「淵沢くん、どうかした」
「あっ、いえ、なんでもありません。僕、全然知らなくて。いろいろあったんだなって思ったらちょっと泣けてきちゃいました。涙もろくて、変ですよね」
「そんなことないわよ。淵沢くん、いい人だし。安祐美ちゃんを守ってあげてね」
「はい。あっ、いえ。その。ぼ、僕じゃちょっと頼りないし」
好美は声に出して笑い出す。
「ごめんなさい。大丈夫よ。淵沢くんなら」
好美は握り拳を作って前に突き出して応援してくれた。
「ニャ」
「ほら、ムギも応援しているって」
「ありがとうございます」
裕は手を振り『しんどふじ』へと足を向けた。振り返るとムギを抱えて手を振る好美の姿がありお辞儀をして再び前を向いた。
そうか安祐美は独身だったのか。それならば……。いやいや、自分じゃやっぱり頼りなさすぎだ。無職だし。告白なんてできやしない。するなら仕事をみつけてきちんとしてからだ。おいおい、なにを考えている。里穂もいるんだぞ。『お父さんって呼べないよ』なんて言われたらどうする。
馬鹿、馬鹿。妄想癖が酷すぎる。
なにもはじまっていないっていうのに。その前にこのプレゼントでは告白なんてできない。店用にと作って来た新聞紙で作った壁掛けの招き猫だ。なんか変だろう。これを渡して『好きです。付き合ってください』って言うのは。もうちょっと冷静に考えてからにしよう。
再会してそんなに経っていないし。いや、会ってからの日数じゃないか。会ってすぐにプロポーズした人もいるくらいだ。けど、自分には無理だ。
今日はお礼としてこの招き猫を贈ろう。そして美味しい料理を堪能しよう。
それにしても独身だったとは驚きだ。そうだ、これこそフミの話していた『猫が降るでしょう』なんじゃ。思ってもみなかったことだろう。確かいいことだって……。そういうことは、うまく交際に発展するのかも。
ああ、そうなってくれたら。
ちょっと待て。自分だけヒートアップするな。というか、自分はそこまで好きになっていたのか。自分でも驚きだ。ほら、心の中で祭囃子が鳴り響いている。気のせいか、これは。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。寒いのにそんなところでなにをしているの。顔が赤いし風邪でも引いたんじゃないの」
えっ。
「ああ、里穂ちゃん」
いつの間にか『しんどふじ』の店の前まで来ていた。タバコ屋のほうはシャッターが下りている。店のほうだけの営業らしい。もしもタバコ屋が開いていたらフミになにか嫌味でも言われていたかもしれない。いや、そんな人じゃないか。
「お兄ちゃん、どうぞ」
里穂に促されて店内へ入る。
「いらっしゃい」
「はい、いらっしゃいました」
「なにそれ。変なの」
里穂に笑われてしまった。確かに変だけど。どうも嬉しい情報に舞い上がってしまっているようだ。変なテンションになっている。そうだ、招き猫を渡さないと。
「あの、これ喜んでもらえるかわからないけど作ってみたんです。新聞紙で作った招き猫の壁掛けです」
「新聞紙で。淵沢くんが作ったの」
「はい」
紙袋から取り出して安祐美に渡すと「すごい。こんなの作れるんだ」と感心してくれた。
「ママ、里穂にも見せて」
安祐美が里穂のほうに招き猫を見せると「うわぁー、本当にすごい。これ本当に新聞紙なの」とこっちに飛んできた。里穂の目がキラキラしている。
こんなに喜んでもらえると作り甲斐がある。持ってきてよかった。
安祐美は早速飾る位置を確認していた。
「このへんがいいかしら」
「ママ、こっちのほうがいいよ」
安祐美と里穂は意見を言い合っていた。最終的には入り口を入って正面に見えるように飾ることになった。
この日、結局安祐美に告白することはなかった。そんな勇気はなかった。いつも通り美味しい料理を食べて他愛もない話で盛り上がって終わった。そんなものだ。
クリスマスイブということもあってケーキとスパークリングワインを特別に出してくれた。もちろん、ケーキは野菜で作ったものだ。カリフラワーのチーズケーキだとか。そんなケーキは初めてだった。なんでもケーキにできるのかと感心してしまった。
メインのクリームシチューも温まって美味しかった。鶏もも肉のスモークも美味だった。その中、安祐美と里穂の笑顔が一番のご馳走だったかもしれない。
幸せってこういうことを言うのだろうか。けど、幸せはそれだけではなかった。
思ってもみないことが三日後に起こった。
『しんどふじ』に来た客が新聞紙で作った招き猫をSNSにアップしたものが評判になり、なんと作成依頼が舞い込んで来た。商店街の人からも作ってくれないかとの依頼が来た。
依頼者からはいくらで作ってくれるのかとの言葉もあった。いくらって言われても、そんなの考えていない。材料費はほぼゼロに近い。どうしたらいいのだろう。
千円。二千円。うーん、それって安いのか。もっと高くていいのか。
んっ、値段がつくってことは。これって仕事になるんじゃないのか。いや、一過性のもので終わるかもしれない。ぱったり依頼がなくなる恐れだってある。けど、もっと評判になればもしかしたら、もしかするぞ。
そうだ、一過性のものにしないためにこのチャンスを掴み取るんだ。
絶対に成功してやる。
***(第一話 完)***
諸事情により第一話で投稿終了させていただきます。
読んでいただきありがとうございました。
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