からだにおいしい料理店・しんどふじ ~雨のち晴れときどき猫が降るでしょう~

景綱

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雨のち晴れときどき猫が降るでしょう

料理で笑顔に

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「いらっしゃいませ」

 着物姿の里穂が両手を前にそろえてお辞儀する。お人形さんみたいでほっこりする。

「里穂ちゃん、こんにちは」
「お兄ちゃん、こんにちは」

 里穂の笑みはどこか輝きを纏っている。母親の手伝いができて嬉しいのだろう。奥に戻っていく里穂の後姿を見つつ新田とともに店内へ足を向けた。

「淵沢くん、いらっしゃい。今日は友達も連れてきてくれたの」
「ええ、まあ」

 里穂が以前と同じように危なっかしい感じでお茶を運んで来た。新田の前にお茶を出したとき「ママの料理食べれば元気いっぱいになれるよ」と声をかけていた。新田はどう反応するだろうか。チラッと新田の顔を見遣ると里穂に向けて笑みを返していてホッとした。里穂から癒しを貰えたのではないだろうか。それとも子供のことを思い出しただろうか。新田の心の内のことはわからないけど、きっと感じるものがあったはずだ。そう信じたい。

 奥へ戻る後姿の里穂をチラッとみつつ、なんだか不思議な子だと思えた。癒しを纏った女の子ってところだろうか。
 里穂の屈託のない笑顔と言葉はある意味魔法かもしれない。

「新田、話は食べてからにしよう」
「ああ、けどあまり食欲はないな」
「それじゃ、今日の料理をと思ったけどお二人には特別メニューにしたほうがいいようね。心も身体も喜ぶ料理を作りますからね」

 新田はチラッと安祐美を見遣りすぐに下を向いてしまった。

「ねぇねぇ、お茶冷めちゃうから飲んで」

 里穂が新田と自分の間に顔を出してお茶をすすめてきた。

「あっ、ごめんね。里穂ちゃんがせっかく入れてくれたんだもんね」

 裕は新田に目で合図をしてお茶を飲むように促した。今日は、緑茶なのか。なんだか落ち着く。日本人なんだな。
 新田は小さく息を吐き緑茶をみつめていた。

「まずは白菜の浅漬けとほうれん草とブロッコリーの胡麻和えね。お味噌汁は長いもとカブの葉ですからね」

 並べられた皿は目で見ても楽しめる。

「見ているだけで美味いって言っちゃいそうだ」
「お世辞でも嬉しいな」
「お世辞なんかじゃないですよ」

 安祐美は微笑み「それじゃお二人の新たなスタートのためにも丹精込めて作りますね」と手を動かしていた。
 新たなスタートか。安祐美は自分たちのことを言っているのだろう。新田とさっき呼んだからきっとすべてを理解してくれたのだろう。事故のこと話しておいてよかった。
 さすが先輩だ。

「元気になって病気なんて吹っ飛ばせ」

 突然、里穂が叫びビクッとしてしまった。里穂なりに励ましてくれているのだろう。いい子だ。

「二人ともメインもすぐ出来上がるからどうぞ。あっ、そうそう今日は大根と豚バラの炊き込みご飯ですからね。里穂、よそって出してくれる」
「はーい」

 大根と豚バラのごはんか。
 裕はそう思いながら目の前の白菜の浅漬けを口にいれた。シャキシャキして美味い。ほうれん草とブロッコリーの胡麻和えもいい。朝採れ野菜だって話していたからな。やっぱり新鮮な野菜は違う。長いもが入った味噌汁なんてはじめてだけどこれもいける。カブの葉も具として使えるんだとひとり頷き食べていた。

「はい、炊き込みご飯、どうぞ」
「おっ、良い香りだ。ありがとう」

 新田のところにも炊き込みご飯を置くと里穂が「どうかな。ママの料理美味しいでしょ」と話しかけていた。

「う、うん、美味い」

 なぜか新田の目に涙が光っていた。どうしたのだろう。泣けるくらい美味かったってことだろうか。それとも、泣くような何かを思い出したのだろうか。今はそっとしておこう。新田は最初こそ少ししか口に運んでいなかったがだんだん口に運ぶ量が増えていた。それだけ料理が美味しいってことだろう。
 食欲がなくてもつい食べたくなる料理ってところか。やっぱり安祐美は凄い料理人だ。

「はい、できましたよ。鮭のネギ焼きです。どうぞ召し上がれ」

 鮭のネギ焼きか。シンプルだけどいい匂いがして美味そうだ。
 カウンターに置かれた鮭を見遣り思わずごくりと唾を飲み込んだ。

「ネギは胃腸にやさしいし疲労回復効果があるんですよ」

 そうなんだ。安祐美の言葉に頷いていると新田が涙目になって「全部美味しいです。白菜もほうれん草も大根も、田舎の母がよく出してくれていて。なんだか母にガンバレって励まされているような気持ちに……。ありがとうございます」
 そうだったのか。
 田舎の母の味か。そういわれればどこか懐かしいような味に思えてきた。
 裕は新田の肩にそっと手を置くと目を見て頷いた。

「お母さんもきっと身体のこと考えて旬の野菜を食べさせてくれていたのね。素敵な人ですね」
「ええ、母はそうなんです。いつも俺のことばっかりで自分のことそっちのけで……。だから、早くにいっちまって……」
「新田……」

 新田の母はいないのか。そうだったのか。悲しいこと思い出させてしまった。ここへ連れて来たのは間違いだったろうか。

「淵沢、ありがとうな。俺、ここの料理食べたら頑張れる気がしてきた。また、ここの料理食べにきたいよ。おまえとももっといろいろと話さなきゃいけないし。あいつともやり直したい。離婚なんてしたくない。また三人で暮らしたい」
「そうだな。それには頑張らなきゃな」
「ああ」
「新田、僕は大丈夫だからもう責任感じるんじゃないぞ。おまえが元気でいてくれたら僕も元気でいられるんだから」

 新田は涙のまま頬を緩ませて「ありがとう」とだけ口にした。
 気づくと安祐美まで目を潤ませていた。

「あら、私ったら。そうそう、デザートも食べていって。サービスするから。今日は安納芋プリンなの」
「お兄ちゃんたちもママも、泣き虫だな。里穂も泣きたくなっちゃうじゃない」

 里穂まで涙目になっているのを見て「ごめんな。そうだな、泣き虫じゃダメだよな」と里穂の頭を撫でて謝った。

「新田、安納芋プリンだってさ。食べよう」

 一口食べた新田が気のぬけたような顔をして「なんだか落ち着く」と口にしているのを見て思わず吹き出してしまった。

「なんだ、笑うなよ」
「だってさ」
「まったく。おまえもさっさと食べろ」
「わかったよ」

 裕も一口パクリ。「本当だ。落ち着くかも」と口にした。

「だろう」

 新田が笑っていた。駅で会ったときみたいに力ない笑いではなく満面の笑みだった。やっぱり食べるって生きる活力になるのかもしれない。特に安祐美の料理はその力があるに違いない。安祐美がこの『しんどふじ』の店をやってくれていてよかった。新田も立ち直れそうな気がする。自分もこの癒される場所ができて前向きになれている。なにかお礼をしなきゃいけないな。

 そうだ、リハビリを兼ねて趣味でやっていた新聞アートでも作って安祐美に贈ろう。金がないからそれくらいしかできないけど心を込めて作ればいいものができるだろう。なにがいいだろうか。やっぱり招き猫がいいかな。

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