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第1章 猫がくれた新たな道
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「実は……」
節子は事の顛末を庄平に話した。
「そんなことが。で、大丈夫なのかい」
「ええ、まあ。小城さんのおかげでねぇ」
「そうかい、そうかい。お嬢さん、ありがとうね」
「いえ、そんな」
「そうだ、お礼に夕飯を食べて行ってもらおう。どうだね、お嬢さん」
「それは、その、お礼だなんて」
「庄平さん、小城さんも何か用事があるかもしれないからねぇ。ねっ、お年頃だもんねぇ。お付き合いしている人もいるだろう」
「節子さん、あの、それは」
付き合っている人なんていない。そう言えずに、ただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。梨花は、結局夕飯をご馳走になることにした。食費が浮いてこっちとしてもありがたい。
料理は庄平が作ると話していた。その間、梨花は節子といろいろと話をした。すると、思わぬ事実を知った。
世間とは狭いものだ。梨花の住むアパートの大家が、この老夫婦だった。不思議な縁を感じつつ、ありがたい結果を齎してくれたことに感謝した。家賃は遅れてもいいと言ってくれた。しかも、『花屋で働けば問題解決だろう』だなんて。なんて優しいのだろうと目頭が熱くなる。
只今、運気上昇中。そう思ってもいいよね。
あっ、これもここに連れて来てくれた猫のツバキのおかげだ。どこにいるのかなとツバキを探すと、花屋の入り口脇にある窓辺で丸くなっていた。寝ちゃっているのかも。可愛い。けど、そろそろ日が陰ってくるから寒くなるだろう。
そうえいば、いつ雨やんだんだろう。今頃になって気づくなんて。病院に行くときも、確か雨はやんでいた。
雨の中みつめてくるツバキの顔が、不意に思い出される。猫って、濡れるの嫌いなはずなのに。やっぱり、節子のことを救いたかったのだろうか。
そう思うのが、自然だ。
そのおかげで、庄平と節子に出会えた。小宮山とも出会えた。
ツバキには、感謝しかない。
梨花はツバキのところに近づき、「ツバキちゃん、ここへ連れて来てくれてありがとう」と声をかけた。すると、ツバキは顔をあげて「ニャニャッ」と鳴く。
「ふふ、ツバキが『どういたしまして』って言っているよ」
節子が、店と奥の部屋を仕切る暖簾の前まで来ていた。
「節子さん、大丈夫なんですか」
「痛み止めが効いているんだろうねぇ。なんとか、大丈夫だよ」
節子は、そばにあるイスに座り、やってきたツバキを膝の上に乗せて撫でていた。
この町に来てから二年。いままで、辞めた会社の人以外と接点はなかった。もっと早くこの町を探索していればよかった。こんな温かい人がそばにいたら、あの会社でももっと頑張れたかもしれない。それは、違うか。けど、もっと早く相談はできていたはず。
そうじゃないのかな。
これも、タイミングってものがあるのかもしれない。心の余裕がないとき出会っても、素通りしてしまっていたかも。ツバキなんて、目に留まらなかったかも。
きっと縁ってそういうものだ。
だって、庄平も節子も自分の住むアパートの大家さんだから、知り合っていてもおかしくなかった。
縁って不思議。
今が、ベストタイミングだった。そういうことだ。
まだこの町にいていいみたい。実家に帰らなくていいみたい。
ここで、働く。花屋の店員として働く。なんだか、心が喜びでいっぱいだ。
ちょっと、待って。よく考えなきゃダメだ。
花屋の仕事って楽そうだけど、きっとそんなに楽じゃないはず。手荒れが酷くなるなんて話を聞いたことがあるし。きちんとケアしなきゃいけない。
ううん、後ろ向きになっちゃダメ。
頑張らなきゃ。
ここにいれば、あの優しいカッコイイ人ともまた会えるかもしれない。
『小宮山さん』
きっと、また来てくれる。そんな期待が膨らんでいく。そうだ、『花ホタル』を自分も買って帰ろう。
「おーい、節子に梨花ちゃん。ちょっと早いけど夕飯にしようや。ツバキもおいで」
「はい、はい。今行きますよ。あの人ったら梨花ちゃんだなんて、ちょっと慣れ慣れしいんじゃないかねぇ」
「あ、いえ。私は、気にならないです。節子さんも梨花って呼んでください」
「そうかい。なら、そうしようかねぇ」
「はい」
ツバキが奥の部屋へと駆けて行く。
「おやおや、ツバキはごはんとなると、一目散で行っちまうね」
節子に肩を貸して、ゆっくり歩いて行く。痛み止めが効いているとはいえ、無理はしちゃいけない。そう思ったら「いたたたた」と節子は顔を顰めていた。
もしかしたら、我慢していただけかもしれない。
「無理しないでください」
梨花は一歩一歩時間をかけて、節子と足並みを揃えて歩みを進めていく。
ああ、いい匂いがする。
食卓には、鮭の香草焼きと大根の味噌汁にゴボウのサラダとツヤツヤのごはんが並んでいた。
「美味しそう」
鮭の香草焼きの匂いを思わず、嗅いでしまう。
「その鮭は、パセリとバジルの入った香草パン粉をたっぷりまぶして焼いているんだ。ニンニクも使っているから、いい香りだろう」
「はい」
なんだかこういうの久しぶり。コンビニ弁当とか外食がほとんどだったから。
実家に帰れば、母が作ってくれるけど。たまには帰ったほうがいいかも。きちんと今の状況を説明して、再出発するからと報告しに行くべきだろうか。老夫婦と猫のツバキといれば、きっといい方向にいくはず。そんな予感がする。
アパートの大家の花屋で働いていると話せば、きっと安心してくれるだろう。大丈夫。自分にはまだまだツキがある。そうだ、あの残高の七七七円はこのことを予兆していたのかもしれない。
ラッキーが舞い込む数字と思うことにしよう。
節子は事の顛末を庄平に話した。
「そんなことが。で、大丈夫なのかい」
「ええ、まあ。小城さんのおかげでねぇ」
「そうかい、そうかい。お嬢さん、ありがとうね」
「いえ、そんな」
「そうだ、お礼に夕飯を食べて行ってもらおう。どうだね、お嬢さん」
「それは、その、お礼だなんて」
「庄平さん、小城さんも何か用事があるかもしれないからねぇ。ねっ、お年頃だもんねぇ。お付き合いしている人もいるだろう」
「節子さん、あの、それは」
付き合っている人なんていない。そう言えずに、ただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。梨花は、結局夕飯をご馳走になることにした。食費が浮いてこっちとしてもありがたい。
料理は庄平が作ると話していた。その間、梨花は節子といろいろと話をした。すると、思わぬ事実を知った。
世間とは狭いものだ。梨花の住むアパートの大家が、この老夫婦だった。不思議な縁を感じつつ、ありがたい結果を齎してくれたことに感謝した。家賃は遅れてもいいと言ってくれた。しかも、『花屋で働けば問題解決だろう』だなんて。なんて優しいのだろうと目頭が熱くなる。
只今、運気上昇中。そう思ってもいいよね。
あっ、これもここに連れて来てくれた猫のツバキのおかげだ。どこにいるのかなとツバキを探すと、花屋の入り口脇にある窓辺で丸くなっていた。寝ちゃっているのかも。可愛い。けど、そろそろ日が陰ってくるから寒くなるだろう。
そうえいば、いつ雨やんだんだろう。今頃になって気づくなんて。病院に行くときも、確か雨はやんでいた。
雨の中みつめてくるツバキの顔が、不意に思い出される。猫って、濡れるの嫌いなはずなのに。やっぱり、節子のことを救いたかったのだろうか。
そう思うのが、自然だ。
そのおかげで、庄平と節子に出会えた。小宮山とも出会えた。
ツバキには、感謝しかない。
梨花はツバキのところに近づき、「ツバキちゃん、ここへ連れて来てくれてありがとう」と声をかけた。すると、ツバキは顔をあげて「ニャニャッ」と鳴く。
「ふふ、ツバキが『どういたしまして』って言っているよ」
節子が、店と奥の部屋を仕切る暖簾の前まで来ていた。
「節子さん、大丈夫なんですか」
「痛み止めが効いているんだろうねぇ。なんとか、大丈夫だよ」
節子は、そばにあるイスに座り、やってきたツバキを膝の上に乗せて撫でていた。
この町に来てから二年。いままで、辞めた会社の人以外と接点はなかった。もっと早くこの町を探索していればよかった。こんな温かい人がそばにいたら、あの会社でももっと頑張れたかもしれない。それは、違うか。けど、もっと早く相談はできていたはず。
そうじゃないのかな。
これも、タイミングってものがあるのかもしれない。心の余裕がないとき出会っても、素通りしてしまっていたかも。ツバキなんて、目に留まらなかったかも。
きっと縁ってそういうものだ。
だって、庄平も節子も自分の住むアパートの大家さんだから、知り合っていてもおかしくなかった。
縁って不思議。
今が、ベストタイミングだった。そういうことだ。
まだこの町にいていいみたい。実家に帰らなくていいみたい。
ここで、働く。花屋の店員として働く。なんだか、心が喜びでいっぱいだ。
ちょっと、待って。よく考えなきゃダメだ。
花屋の仕事って楽そうだけど、きっとそんなに楽じゃないはず。手荒れが酷くなるなんて話を聞いたことがあるし。きちんとケアしなきゃいけない。
ううん、後ろ向きになっちゃダメ。
頑張らなきゃ。
ここにいれば、あの優しいカッコイイ人ともまた会えるかもしれない。
『小宮山さん』
きっと、また来てくれる。そんな期待が膨らんでいく。そうだ、『花ホタル』を自分も買って帰ろう。
「おーい、節子に梨花ちゃん。ちょっと早いけど夕飯にしようや。ツバキもおいで」
「はい、はい。今行きますよ。あの人ったら梨花ちゃんだなんて、ちょっと慣れ慣れしいんじゃないかねぇ」
「あ、いえ。私は、気にならないです。節子さんも梨花って呼んでください」
「そうかい。なら、そうしようかねぇ」
「はい」
ツバキが奥の部屋へと駆けて行く。
「おやおや、ツバキはごはんとなると、一目散で行っちまうね」
節子に肩を貸して、ゆっくり歩いて行く。痛み止めが効いているとはいえ、無理はしちゃいけない。そう思ったら「いたたたた」と節子は顔を顰めていた。
もしかしたら、我慢していただけかもしれない。
「無理しないでください」
梨花は一歩一歩時間をかけて、節子と足並みを揃えて歩みを進めていく。
ああ、いい匂いがする。
食卓には、鮭の香草焼きと大根の味噌汁にゴボウのサラダとツヤツヤのごはんが並んでいた。
「美味しそう」
鮭の香草焼きの匂いを思わず、嗅いでしまう。
「その鮭は、パセリとバジルの入った香草パン粉をたっぷりまぶして焼いているんだ。ニンニクも使っているから、いい香りだろう」
「はい」
なんだかこういうの久しぶり。コンビニ弁当とか外食がほとんどだったから。
実家に帰れば、母が作ってくれるけど。たまには帰ったほうがいいかも。きちんと今の状況を説明して、再出発するからと報告しに行くべきだろうか。老夫婦と猫のツバキといれば、きっといい方向にいくはず。そんな予感がする。
アパートの大家の花屋で働いていると話せば、きっと安心してくれるだろう。大丈夫。自分にはまだまだツキがある。そうだ、あの残高の七七七円はこのことを予兆していたのかもしれない。
ラッキーが舞い込む数字と思うことにしよう。
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