猫縁日和

景綱

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第3章 花屋『たんぽぽ』に集う

(3-7)

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「わたしの旦那は、五年前に亡くなったんだけどね。心筋梗塞しんきんこうそくでね。その旦那が最後にくれた花が、このサイネリアだったんだよ。まさに、この白い花弁に青紫色が滲んでいるような色合いのサイネリアだった」

 そうなのか。もしかして自分は天才かも。心が読めるみたいな、凄い才能があったりするのかも。ちょっと待って、そんなわけないじゃない。なんでそう思っちゃうんだろう。
 まさか小百合の旦那の幽霊がどこかにいて、こっそり教えてくれたとか。

 いるの、ここに幽霊が。いやいや、ない、ない。けど、不思議なことってあるもの。ないとは言い切れない。
 ああ、なんでそんなこと考えているのだろう。とにかく、サイネリアが想い出の花なのよね。

「でね。この花をススメてくれたのが、節子さんだったんだよ。旦那がわたしの話をしたらしくてね。そうしたら、この花がいいって。なんでも花言葉が『いつも快活』『喜び』だって言うじゃないか。わたしにピッタリじゃないかってね」

 小百合の目にキラリと光るものが見えた。

「おや、わたしったら嫌だね」

 着物の袖で涙を拭い、優しい眼差しでこっちをみつめてきた。
 梨花は何か言葉をかけようとしたが、口籠くちごもってしまった。小百合はそんな自分に「ありがとうね」と。

 目の前にいる小百合は、別人みたいだ。なんだか、しとやかで繊細せんさいな女性に映る。

 ガサツって思っていたわけでもないが、どこか今日は違う。
 大きな声で話す元気なお婆さんという印象が強いから、そう思うのだろう。小百合のことはまだ数回しか会っていないから、どういう人か正直よくわかっていない。

 なんだか混乱してきた。

 それにしても、小百合はなんで自分にこんな話をしてきたのだろう。サイネリアの花がそうさせたのだろうか。大事な人との想い出の花だから。

「あの、私」

 何か言葉をかけなきゃとは思ったのに、結局何も言葉が出てこなかった。

「おやおや、何を湿っぽい話をしているんだい。小百合さんは元気でいてくれなきゃ。そうだろう」
「節子さん。そうだね。わたしは元気でいなきゃいけないね。ツバキがびっくりするくらいにね」

 ムクッとツバキが起き上がり、こっちをみつめていた。まるで小百合の言葉がわかっているみたいだ。けどそうじゃないだろう。きっと、ツバキという言葉に反応しただけだ。

「そうだよ。けど、ツバキを驚かすのも程々にしておくれよ」
「そんなことわかっているよ。そこまで馬鹿じゃないさ。ツバキが旦那を誘ってくれなきゃ、節子さんとのご縁はなかっただろうからね。わたしにとって、ツバキは大事なお猫様だよ。さてと、そろそろ帰るとしようかね。サイネリアは、梨花さんのプレゼントってことにしておくれよ。それじゃね」

 えっ、プレゼント。
 小百合はニヤリと悪い笑みを残して、店をあとにした。なんだかしてやられた感が否めない。そんなに高い花じゃないからいいけど。まあ、これで小百合が元気になってくれたらいいか。

「なんだかんだ言って、小百合さんも寂しいのかもねぇ」

 節子はそんなことを言いながら、涙を拭っていた。梨花も雰囲気に吞まれてしまいウルッときてしまった。ツバキも何かを感じ取ったのだろうか、節子の足下で上目遣いをして身体をこすり付けていた。

 梨花は、ツバキをみつめて微笑んだ。

『小百合さんもまた、ツバキが縁を結んだひとりだったんだね』

 本当に凄い猫だ。

 梨花はこぼれそうな涙を拭い、さっきまでそこにいた小百合の涙を思い出す。
 小百合は、本当は人のことを思いやれる繊細な心の持ち主なのかもしれない。


***


 なんで、新人さんにあんな話をしてしまったのだろう。小百合は手に持ったサイネリアをみつめて頬を緩ます。

 あの子はいい子だ。梨花とか言ったか。不思議な空気感を持っている子だ。つい話したくなって想い出話を語ってしまった。この花のせいかもしれないけど。まあ、節子のことはあの子がいれば大丈夫そうだ。自分がいなくなっても問題はないだろう。

 本当に、縁とは不思議なものだ。
 別れもあれば、出会いもある。そういうものだ。

 娘のところにやっぱり行ったほうがいいのかもしれない。ひとりではいろいろと問題があるから。けど、この町で、人生を終えたい気持ちもある。どうしたものか。本当は相談したかったのだけど……、いろいろと。

 胸元を押さえて小さく息を吐く。

「あなた、わたしもそろそろかもしれないよ」

 そう呟き、空を見上げた。

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