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第6章 心の雨には優しい傘を
(6-4)
しおりを挟む「あの、榊原さんのところの女の子は虐められているんですか」
「そうよ、あのね……」
おばちゃんは、左右に目を配ると「本当の本当にここだけの話にしてね」と小声で念を押してきた。やっぱりここだけの話は約束されないようだ。誰から聞いたのか、その人にここだけの話と言われていたはずだ。
「わかりました」
「あのね。この町に引っ越してきた人がいてね。男の子がいるんだけど、幼稚園の隣の小学校に通っているのよね。どうやら、その子が虐めているらしいのよ。詳しいことはわからないけど、『おまえも母親に似て嘘ついて騙すんだろう』って。このまえね、女の子が突き飛ばされていたって言っていたもの」
「そんなことが」
「ええ、まあ怪我はしなかったみたいだけどね。可哀想でしょ。お母さんが悪女だから虐められてしまうのよ」
彩芽さんは悪女じゃない。悪女だって言われるほうが可哀想だ。
なんで、こんなことになっちゃうんだろう。
虐めている子って、誰だろう。突きとめて、とっちめてやる。
ダメだ、ダメ。ここは平和的に解決させなきゃ。余計にこじれてしまう。
楓は大丈夫だろうか。虐められているって話してくれればいいのに。楓は我慢しているはずだ。心配かけたくないのだろう。
楓に訊けばわかるだろうけど、話してくれるかどうかはわからない。ふと小百合が思い浮かぶ。もしかしたら、楓は小百合には相談しているのかもしれない。
梨花はフゥーと息を吐き、小百合の声が聞えたらいいのにと天を仰いだ。今度、楓とふたりで話しをしようか。自分だけだったら話してくれるかもしれない。
虐めか。今も虐められているのだろうか。送り迎えは彩芽がしているはずだ。
相手が小学生だとしたら、いつ、どこで。
「あの、それっていつのことですか」
「えっ、いつって。さあね」
「そうですよね。わかりませんよね」
「あっ、そうそう、いつのこと、かわからないけど、あっちの公園での話だったかしらね」
公園か。彩芽は夕方出勤だから仕事に行ったあとの可能性が高い。
夕方の公園。それがわかったとして、どうしたらいいのか。
楓を公園に行かせなきゃいいのか。花屋に来させればいい。そうよ、それでうまく……。ああ、それだけじゃ根本的な解決にはならないか。
「あっ、ごめんなさいね。買い物いかなきゃいけないからさ。主婦はいろいろと忙しいのよね」
おばちゃんは行ってしまった。どこが忙しいのだか。さっきも井戸端会議を開いていたじゃない。こんな噂が広まっていたら彩芽も楓もそうとう酷い目にあっているのではないだろうか。
もしかして、そんなことがあるから花屋『たんぽぽ』にも行くなと話したのかもしれない。
迷惑がかかるから。
確かに悪い人がよく行く花屋だから、あそこで花を買っちゃダメだとか噂されることもあるのだろう。そんな噂が広まれば間違いなく店は潰れてしまうだろう。それこそネットに書かれてしまったら完全にアウトだ。まさか彩芽と楓の噂がネットで広まっているなんてことはないだろうか。
梨花は深く息を吐き、彩芽と楓のことを考えた。
一気に暗闇に引き込まれて、胸が痛んだ。
あの二人が悪い人のわけがない。あんないい子を育てる母親が悪い人のはずがない。花屋のことに気を使ってくれる人だ。そこはあくまでも想像の域を超えられない。
なんでこんなことになってしまったのか。噂を流した大元を探さないと。
誰かに恨まれるようなことがあったのだろうか。まさか、誑かされた張本人ってことはないとは思うけど。騙された男の妻だとか。
ううん、そんなこと彩芽がするはずがない。嫌な考えを頭から振り払う。
念のためスマホで検索してみたが、それらしき投稿はなかった。もっと詳しく調べないとネットに投稿されているかどうかはわからない。
裏サイトみたいものがきっとあるはず。
近所のおばちゃん連中は、ネットに書き込むとかあまりやらなそうだ。小学生もしないだろう。
本当にそうだろうか。今時の子供は自分よりも知識があるかもしれない。ないとは言えないか。そうだ、おばちゃんどころかお婆ちゃんまでパソコンを使う時代だ。ネット関連に詳しい人に調べてもらったほうがいいだろうか。そんな人いるだろうか。
警察にサイバー対策課とかあったはず。
きっと、調べてくれない。何も証拠はない。おばちゃんの証言が本当のことかわからない。警察が動くと思えない。
どうしようか。とりあえず、彩芽にはネットを見ないようにしてもらおうか。見なければ傷つくことはない。さっきの話のような嘘ばかりなのだから。それでいいのかはわからないけど。
自分だったら見るなと言っても見てしまうかもしれない。ああ、もう誰がこんな嘘を流すの。今はネットのことは考えないことにしよう。仮想空間じゃなく現実でのことを考えよう。とにかく、真実をみつけないと。まるく収まるといいけど。
梨花は溜め息を漏らして、項垂れる。
ネットって便利だけど、悪事に使われるとなると嫌な世の中だ。ちょっと、今考えないようにしようって言ったばかりじゃない。なんで自分はそうなのだろう。
今の問題はなんなの。よく理解して。梨花は自分自身に問い掛ける。
噂よ。発信源よ。そこを突き止めて、その先は……。うーん、そのとき考えよう。一人で考えるより皆で考えたほうがいい。
ああ、なんだか溜め息ばかりでてきてしまう。
噂なんて、嘘だ。そう嘘だ。嘘に決まっている。疑うなんて馬鹿だ。
本当に嫌になる。もっともっとこの世の中に明るい話題が溢れてほしいのに。
ふと楓の屈託のない笑顔が思い出されて、ギュッと抱きしめてあげたくなった。
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