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霊界アドバイザー黒神
見知らぬ場所
しおりを挟むなんだか頭が重い。昨日飲み過ぎただろうか。二日酔いかもしれない。それはそうとここはどこだろう。記憶がどうもはっきりしない。
えっと公園か。いやそれにしては何にもないか。今座っているベンチだけ。あっ、一軒だけ家があるか。
家なのか本当に。公園に普通家はない。管理棟とかか。
じっと建物をみつめて首を捻る。どう見ても平屋の一軒家だ。
こんな寂しいところに住んでいるなんてどんな奴だろう。待てよ、寂しいと思っているかはわからないか。もしかしたら悠々自適で楽しく思っているかもしれない。見晴らしは良いし空気はいい。こんな暮らしもいいのかもしれない。
鳥の羽ばたく音がして空を見上げると数羽の鳩がグルッと円を描いて飛んでいた。鳩小屋はここからだと見えないが、もしかしたらあの家で飼っている鳩なのかもしれない。
それにしてもここはどこなのだろう。
見覚えのない場所だ。
んっ、向こうに見えるのは雲か。雲海。
山頂なのかもしれない。あそこは山小屋ってことか。違うのだろうか。
「七十七番の番号札をお持ちの方。こちらへお越しくださいませ」
建物から誰かが出て来た。
んっ、なんだあいつ。
白猫が二本足で……。問題はそこじゃない人の言葉を話している。目を擦りもう一度見遣る。あれ人だ。真っ白なスーツを着た女性だ。猫と人を見間違うとは、どうやらまだ酔っぱらっているらしい。我ながら情けない。
「七十七番の番号札をお持ちの方。いませんか」
それにしても七十七番の番号札ってなんだ。あそこは何か商売でもしているのか。というか俺以外誰もいない。あたりを見回してみたがどうみてもここにいるのは俺だけ。
「七十七番の番号札だって言っているだろうが。さっさと来やがれ」
突然の豹変にビクッとなり目を逸らす。相当やばい奴なんじゃないか。あれ静かになった。チラッと女性の方へ目を向けると目が合ってしまった。まずい、睨まれた。近づいて来る。嘘だろう。喧嘩でも吹っかけられるんじゃないのか。
「ああ、もう。やっぱりおまえか。あたいが呼んでいるのによ。まったく反吐が出る。ちゃんと返事をしろっていうんだよ。その耳は作りもんか。せっかくのチャンスだっていうのによ。わかってんのか。ド阿呆が」
な、なんだこいつ。うわっ、爪が鋭く伸びている。顔が猫っぽい。人なのか。妖怪とか化け物の類か。こりゃ逆らったら大変なことになりそうだ。よくわからないけどとんでもないところに来てしまった。
とにかくここは謝るしかない。
「す、すみません。気づかなくて」
あれ、この紙。
頭を下げて初めて紙の存在に気がついた。
確かに七十七との数字が書かれた紙を手にしていた。いつの間にこんなもの手にしていたのだろう。
「あっ、私としたことがなんてはしたない言葉を」
女性は顔を赤らめて苦笑いを浮かべるとすぐに真顔に戻り何もなかったかのようにしてこっちに向けて微笑んだ。
「早く私と一緒に来てください。いつまでもあんなところに座っていたら連れて行かれてしまいますよ」
なんて変わりようだろう。同じ女性とは思えない。鬼かと思えば仏のようでもある。いったい何者なのだろう。本当に妖怪なんじゃ。
思ったよりよりも強い力で手を引っ張られて建物の中へと連れて行かれると玄関扉の鍵を閉めて女性はふぅーと息を吐く。
なんだか嫌な予感しかしない。なぜ鍵を閉める。そういえばさっき連れて行かれるとかなんとか言っていなかったか。まさに今俺はここへ連れて来られてしまった。それってまずいんじゃないのか。違うのか。
「あの、その、連れて行かれるっていうのは」
「はい、それはですね。あっ、丁度いい。ほら、あそこをごらんなさい」
あそこってと思いながら女性が指差す窓の外を見遣る。
眼つきの悪い男が血相を変えてこっちへ駆けて来るところだった。
「おい、こっちへ来るぞ。あいつ助けてくれって叫んでいないか。入れてやらなくていいのか」
「あの人はダメです。ここに入れるのは決まった人だけですから」
決まった人。
俺は番号札を見せて「これのことか」と訊いた。
「はい、本日のラッキーさんは七十七番さんです」
ラッキーさんってなんだかテレビでやっている占いみたいだ。
あっ、なんだあれ。あんな馬鹿デカい奴がいるなんて。眼つきの悪い男の後ろからのっしのっしと歩み寄って来る二人の巨漢がやって来た。二メートルは優に超えているんじゃないのか。胸板が凄く厚い。まるで仁王像が動き出したって感じだ。相当な怪力なんじゃ。
「来ましたね。地獄の番人が」
「地獄の番人」
「はい、そうです」
地獄の番人か。確かにピッタリなネーミングだ。
「おい、助けてくれ。おれは嫌だ。地獄なんて行きたくない。おい、誰かそこにいるんだろう」
あれ、向こうからはこっちが見えていないのか。マジックミラーみたいになっているのか。
「ほら逃げるんじゃない。おまえは地獄の最下層行きだ。さっさとこっちへ来い」
男は抵抗しようとしたが首根っこ掴まれると両脇から抱え込まれて連れて行かれてしまった。まるで大人と子供だ。
「あの人は相当な悪いことしたんでしょうね」
どういうことだ。そう思っていたら隣で「やっぱり」との声が聞こえた。いつの間にか何かのファイルを見ていた。チラッと覗くとそこにはさっきの眼つきの悪い男の写真とともに『強盗・拉致監禁・殺人。そして自殺』と記されていた。
んっ、自殺。
あいつは死んでいるのか。いや待て。今、外で騒いでいたじゃないか。生きているんじゃないのか。見間違いか。もう一度ファイルを覗き込もうとしたところでパタンと閉じられてしまった。
「ちょっと見せてくれよ」
「いえ、いけません。ですが、あなたもここの一員となれば好きなだけ見ることができます。だから早いところ手続きを済ませてください」
「手続きってなんの」
「はい、はい、こっちへ来てください」
「おい、だから手続きって」
「うるさい黙れ。いいから言うこと聞いていればいいんだ」
うぅっ、まただ。
突然の豹変に心臓が凍りつく。
「おい、わかってんのか」
胸倉を掴まれて睨みつけられ震えながら「は、はい」とだけ返事をする。
「あら、嫌だ。またはしたない言葉を。ごめんあそばせ」
いったいなんなんだ、こいつは。化け猫か。そんな気がしてきた。それにここは何かの事務所なのか。一般家庭の家じゃなさそうだ。
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