謎部屋トリップ

景綱

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黄金色の珠

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 ラーメン屋にでも入って、話を聞いてみようか。
 いやいや、銀杏の木のほうを確かめればいいだけの話だ。そう思ったのだが、いい匂いに腹が鳴り、ラーメン屋に入ってしまった。

「いらっしゃいませ」

 威勢のいい声が飛んできた。
 一瞬、稲山様と錯覚してしまい、固まってしまう。なぜ、そう思ったのか不思議なくらいまったくの別人だった。

 あっさり醤油ラーメンを頼み、腹を満たしていく。
 魚介でとった出汁なのだろう。これは絶品だ。スープだけでも勝負できるんじゃないかと思えた。シンプルだけど奥深い味わいだ。細めのちぢれ麺もまたいい。
 待て、こんなところでゆっくりしている場合じゃないだろう。そう思いつつも、ラーメンを堪能する。

 何気なく店内に目を向けて、懐かしい景色が思い出された。不動産屋の雑然とした風景ではないが、間違いないと判断する。この横長の感じは、覚えがある。目に映るのは厨房だが、俺には書類山積みの机が見えていた。どこからか、稲山様とみのりが出てくるんじゃないかと期待してしまう。もちろん、いくら待ったところで出てくることはない。その思いは、ラーメンの湯気とともに消えていく。

 ここは、いつからラーメン屋になったのだろう。
 俺は、念のため店主に声をかけて確かめた。

「すみません。ここって、不動産屋じゃなかったですか」
「ああ、ここね。そうそう、以前は不動産屋だったね。けど、ずいぶん前のことだよ」

 やっぱり、そうか。ここもまた、書き換えられてしまったようだ。魔主の力は恐ろしい。早いところ、どうにかしなくてはいけない。それなら、急ごう。この店の前の銀杏の木が目的地だ。
 俺は、「ごちそうさま」と声をかけて店を出る。

 目の前の銀杏の木を見上げて、深呼吸をして近づいていく。
 祠があるんだったな。そこに、何があるのだろうか。
 木の向こう側には確かに細い道があった。暗くて先がまったく見えない。異世界に通じる道ってこんな感じだろうかと考えてしまった。生唾を呑み込み、歩みを進める。ふいに嫌なことが頭に浮かび、立ち止まる。

 魔主の罠。
 そんなことはない。だぶん。

 本当にそうか。
 目の前の暗がりを見遣り、不安が過る。すぐに否定をして、大丈夫だと言い聞かせた。考え過ぎだ。加奈の手紙も猫地蔵の言葉も真実のはず。あれが、魔主が陥れようと策略したものだとは思えない。

 大丈夫、大丈夫、大丈夫。

 心臓の鼓動が速まるのを感じつつ、意を決して先へと進む。進んでいくと、行く先に小さな明かりをみつけた。ロウソクの炎が揺らめいているのかと錯覚する温かみのある光だ。その一点をみつめながら突き進むと、突然世界が広がり眩い光に包まれた。手をかざして、目をすがめ、目の前にあるものを確認する。

 何かがある。あれは、祠か。
 光は祠の中から発せられている。

 この光は、間違いなく魔主のものではない。
 優しくぬくもりのある光だ。それにしても不思議な空間だ。真っ黒な壁に囲まれた四畳半くらいの狭い場所。地面は緑の芝生に覆われている。見上げれば、四角く切り取られた青い空。そんな場所に、祠がひとつ。

 祠をじっとみつめると、『おいで』と誘われている気分になった。祠の中に灯る光のせいだろうか。いったい、何の光なのだろう。

 ゆっくりと近づいて行くと、光の存在がはっきりする。丸く黄金色の珠が輝いていた。これが、魔主を倒す役に立つのだろうか。珠に手を伸ばし、触れた瞬間、轟音とともに一筋の光が黒い壁を切り裂いた。天を仰ぐと、暗雲に覆われていた。

 珠を力強く握り、眩しさにギュッと瞼を閉じる。それでも、瞼の裏にギラつく黄金色の一線の残像が映し出されていた。

 今のは、いったいなんだったのだろう。
 いつの間にか銀杏の木の前にいた。

 夢でも見ていたのだろうか。それとも幻覚か。
 違う。夢でも幻でもない。手には紛れもなく黄金色に輝く珠が握られている。なぜだか、手がビリリと痺れている。雷が詰め込まれた珠なのだろうか。時折、珠の中で光の花が咲いては消えて、また咲いてと繰り返していた。
 この珠が何の役にたつのかわからないが、ここは信じるしかないだろう。

 次は、アパートだ。
 謎部屋と呼ばれた例の場所。俺が住もうとしていたあの場所。どうなっているだろうか。どこかで心が躍る自分がいた。
 黄金色の花咲く珠をポケットに入れて、俺は次の場所へと向かう。

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