24 / 32
黄金色の珠
しおりを挟むラーメン屋にでも入って、話を聞いてみようか。
いやいや、銀杏の木のほうを確かめればいいだけの話だ。そう思ったのだが、いい匂いに腹が鳴り、ラーメン屋に入ってしまった。
「いらっしゃいませ」
威勢のいい声が飛んできた。
一瞬、稲山様と錯覚してしまい、固まってしまう。なぜ、そう思ったのか不思議なくらいまったくの別人だった。
あっさり醤油ラーメンを頼み、腹を満たしていく。
魚介でとった出汁なのだろう。これは絶品だ。スープだけでも勝負できるんじゃないかと思えた。シンプルだけど奥深い味わいだ。細めのちぢれ麺もまたいい。
待て、こんなところでゆっくりしている場合じゃないだろう。そう思いつつも、ラーメンを堪能する。
何気なく店内に目を向けて、懐かしい景色が思い出された。不動産屋の雑然とした風景ではないが、間違いないと判断する。この横長の感じは、覚えがある。目に映るのは厨房だが、俺には書類山積みの机が見えていた。どこからか、稲山様とみのりが出てくるんじゃないかと期待してしまう。もちろん、いくら待ったところで出てくることはない。その思いは、ラーメンの湯気とともに消えていく。
ここは、いつからラーメン屋になったのだろう。
俺は、念のため店主に声をかけて確かめた。
「すみません。ここって、不動産屋じゃなかったですか」
「ああ、ここね。そうそう、以前は不動産屋だったね。けど、ずいぶん前のことだよ」
やっぱり、そうか。ここもまた、書き換えられてしまったようだ。魔主の力は恐ろしい。早いところ、どうにかしなくてはいけない。それなら、急ごう。この店の前の銀杏の木が目的地だ。
俺は、「ごちそうさま」と声をかけて店を出る。
目の前の銀杏の木を見上げて、深呼吸をして近づいていく。
祠があるんだったな。そこに、何があるのだろうか。
木の向こう側には確かに細い道があった。暗くて先がまったく見えない。異世界に通じる道ってこんな感じだろうかと考えてしまった。生唾を呑み込み、歩みを進める。ふいに嫌なことが頭に浮かび、立ち止まる。
魔主の罠。
そんなことはない。だぶん。
本当にそうか。
目の前の暗がりを見遣り、不安が過る。すぐに否定をして、大丈夫だと言い聞かせた。考え過ぎだ。加奈の手紙も猫地蔵の言葉も真実のはず。あれが、魔主が陥れようと策略したものだとは思えない。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
心臓の鼓動が速まるのを感じつつ、意を決して先へと進む。進んでいくと、行く先に小さな明かりをみつけた。ロウソクの炎が揺らめいているのかと錯覚する温かみのある光だ。その一点をみつめながら突き進むと、突然世界が広がり眩い光に包まれた。手を翳して、目を眇め、目の前にあるものを確認する。
何かがある。あれは、祠か。
光は祠の中から発せられている。
この光は、間違いなく魔主のものではない。
優しくぬくもりのある光だ。それにしても不思議な空間だ。真っ黒な壁に囲まれた四畳半くらいの狭い場所。地面は緑の芝生に覆われている。見上げれば、四角く切り取られた青い空。そんな場所に、祠がひとつ。
祠をじっとみつめると、『おいで』と誘われている気分になった。祠の中に灯る光のせいだろうか。いったい、何の光なのだろう。
ゆっくりと近づいて行くと、光の存在がはっきりする。丸く黄金色の珠が輝いていた。これが、魔主を倒す役に立つのだろうか。珠に手を伸ばし、触れた瞬間、轟音とともに一筋の光が黒い壁を切り裂いた。天を仰ぐと、暗雲に覆われていた。
珠を力強く握り、眩しさにギュッと瞼を閉じる。それでも、瞼の裏にギラつく黄金色の一線の残像が映し出されていた。
今のは、いったいなんだったのだろう。
いつの間にか銀杏の木の前にいた。
夢でも見ていたのだろうか。それとも幻覚か。
違う。夢でも幻でもない。手には紛れもなく黄金色に輝く珠が握られている。なぜだか、手がビリリと痺れている。雷が詰め込まれた珠なのだろうか。時折、珠の中で光の花が咲いては消えて、また咲いてと繰り返していた。
この珠が何の役にたつのかわからないが、ここは信じるしかないだろう。
次は、アパートだ。
謎部屋と呼ばれた例の場所。俺が住もうとしていたあの場所。どうなっているだろうか。どこかで心が躍る自分がいた。
黄金色の花咲く珠をポケットに入れて、俺は次の場所へと向かう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる