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残りふたつの珠
しおりを挟むアパートが立っているだろう場所に辿り着き、またしても、あれっとなった。
場所を間違えていないはずなのに、目の前には空き地が広がっていた。
周りの景色を見回して、確認する。やっぱり、ここだ。
どうなっているのだろう。これもまた、魔主の仕業なのか。そうだとしても、前に進むしかない。あそこに銀杏の木がある。アパートがなくても問題はない。
本当に問題はないのか。あのアパートの謎部屋がなければ、過去へ飛べないのではないのか。過去へ行く必要はないのだろうか。
わからない。
西武新宿駅近くの場所へ行けば、再び魔主との対決が待っているってことか。今のところ、俺ひとりしかいない。アラハバキ神に協力してもらえば、問題ないってことなのか。ポケットの黄金色の珠を取り出して、銀杏の木へと目を向ける。
たとえ、ひとりだろうとやるしかない。
母と暮らせる世界。加奈が隣にいる世界。死ぬはずのない人が生きている世界。
取り戻してやる。
ひとり頷き、珠をしまい銀杏の木へと歩みを進める。
木の裏手には、一つ目の祠と同じように細い道はあった。暗くて先が見えないのも一緒だ。それでも突き進む。魔主の罠ではないことは、明らかだ。まったく魔主の気配を感じない。一つ目の祠で手にした黄金色の珠をもう一度取り出して「大丈夫だよな」と声をかける。とはいえ、この暗さは正直避けて通りたいところだ。どうにも、この感じは苦手だ。黄金色の珠の光が暗がりを少しだけ明るくするが、先ははっきりしない。これは、何かの力が施されているのだろうか。もしかしたら、かなりの昔に張られた結界なのかもしれない。
それなら、なぜ俺が通れるのだろう。
ポケットに何かが入っていると気づき、取り出すと何も書かれていない紙だった。違う。うっすら鳥居と五芒星が描かれている。そうだった。これは猫地蔵からの術がかけられた書類だ。忘れていた。これを持っているから通れるってことか。
とにかく急げ。さっさと暗い道を抜けたい。俺は、自然と速足になっていた。
おっ、来た。
ほんの僅かの小さな光。あそこに祠はあるはずだ。
その思いが一気に目的地へと引き寄せられる。太陽光が差し込み、開けた場所に出る。
またしても、四角く切り取られたような狭い空間に出た。敷き詰められた芝生に、四角いキャンバスに描かれたような青い空。あの空は、もしかしたら別の場所かもしれない。確信があるわけではないが、間違いないはずだ。
深呼吸をして、目の前に鎮座する祠へと目を向けた。前回ほど眩しく感じない。なぜだろうと思いつつ、閉ざされた祠の扉を開けた。そこには鈍色の珠が太陽光に反射して輝いた。黄金色の珠もそうだが、この珠には何かが宿っている。それが、何なのかは定かではないが気のせいではないはずだ。
ほら、何かが動いている。凝視していると、鈍色の中に薄っすらとだが黄色い花が開いて消えた。なんとも不思議な珠だ。
珠を手に取ると、突然、風が舞いはじめた。黒い影が珠から飛び出し、左右に影が伸びていく。まるで広げられた翼だ。
これは幻覚か。何もなかったかのように、一瞬のうちにもとの鈍色の珠に戻っていた。首を傾げて、転がしてみたら再び風が舞った。そのせいで砂埃がたって口に砂が入り込みじゃりじゃりして、気持ちが悪くなる。すぐに唾とともに吐き出すが、じゃりついているのは変わりなかった。その間も、風は吹き荒れていた。
おい、やめろと言おうとして舞い上がった砂埃がまた口に入り、気持ち悪くなり唾を吐く。気づけば、風が渦状になりつむじ風が発生していた。
これは、攻撃されているのかと一瞬思ったが、そうではなさそうだった。俺を包み込んだつむじ風は、子守歌のような心地よい奏とともに優しく撫でてくれた。瞼を下ろして、柔らかなもてなしに身を任せた。
どれくらいそうしていただろう。いつの間にか、子守歌も撫でられる感触もなくなり瞼を上げた。
あれ、ここは。
そうか、アパートがあったはずの空き地か。
手には、鈍色の珠がひとつ。これで、二つ目か。順調だ。これも、鳥居と五芒星の書類のおかげだ。俺を魔主から守ってくれている。
最後の三つ目は、会社の裏手だ。光る苔が生えたところだろう。正直、裏に行ったことないからわからないけど、本当にあるのだろうか。ここは、信じるしかない。
次は、どんな珠があるのだろう。想像すると楽しみになってくる。
とにかく、急ごう。
***
会社の裏手に回ると、薄暗さの中に淡い光りが地面を覆っていた。『細道はここだよ』と教えているかのように、道の入り口を照らしている。これが、ヒカリゴケか。
こんなところに植生しているなんて、知らなかった。
ずっと眺めていたいという衝動にかられたが、暗い細道を急いだ。いままでと同じように、開けた場所に出ると、その真ん中に祠を確認した。
青々とした芝生に黒い壁、見上げれば青い空。三度目にもなるとそれほど驚きを感じない。それなのに、俺は口をぽかんと開けて立ち尽くしてしまった。
三人の人がいる。ただ、向こう側の景色が透けて見えている。
幽霊か。あれ、消えた。
気のせいだったのだろうか。祠の後ろに、確かに三人の人が立っていた。見間違いじゃない。それなら、幻覚でも見たのか。それも違うように思えた。一人は子供だったから、家族だったのかもしれない。
なんだか嫌なもの見てしまった。
この祠は、お墓でもあるのだろうか。
そんなことがあるのかわからないが、なんとも寂しそうな顔をしていた。思い出して、ブルッと身体を震わせた。
俺は、手を合わせて『成仏してください』と祈る。
ここは、なんとなく冷える。長居はしないほうがよさそうだ。祠の扉を開けて、真っ白な珠を手に取り踵を返す。
「うわっ」
思わず声をあげてしまった。身体がスッと引っ張られる感じがしたかと思うと、会社の正面に立っていた。
地の底へでも落ちていくのかと思った。
胸に手を当てると、心臓が激しく音をたてて驚かすなと抗議していた。
自社ビルを見上げて、息を吐き出す。ここに再び帰ってくることができるだろうか。魔主とまた戦いを挑むことで、俺はこの世から消滅してしまう可能性だってある。加奈が消されたように。
俺はすぐに頭を振り、『大丈夫だ』と言い聞かせた。次こそは、うまくいって笑顔でここに立っているはずだ。
何はともあれ、これで三つの珠が揃った。あとは、アラハバキ神のもとへ赴くのみ。
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