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金吾龍神社東京分祠
しおりを挟む小田急線の南新宿駅で下車をして改札を通り抜ける。
見上げれば、建ち並ぶビルとともに望む青い空。そこに流れてきた白い雲が、どことなく龍が泳いでいるように思えた。もしかしたら、アラハバキ神が歓迎してくれているのだろうか。そうであってほしい。
マンションに鎮座する神様か。都会らしいといえばそうなのだろうが、狭苦しく感じないものなのだろうか。神様にはそれほど関係ないのだろうか。物理的な空間は狭くても、神様たちの世界では、どんなところであっても広大な空間に成り得るのかもしれない。猫地蔵堂がそうだった。仏様も神様もきっと同じだ。
スマホで地図アプリを見つつ、目的地へと進む。
左手にあるコンビニを通り過ぎ、アプリの案内通りに足を向けると、道がいくつも分かれている場所に出た。地図アプリがなきゃ、迷っていたかもしれない。駐車場が左側にある。右へ行けばいいようだ。
あそこか。あのマンションだ。グーグルマップで確認していたおかげで、すぐにわかった。そうそう、『大蔵大臣』の看板。目印としては十分過ぎる存在感だ。いったい、ここは何の建物だろう。ふと、CMを思い出す。あの会社だろうか。
今はどうでもいい。目的地は違う。金吾龍神社があるマンションは反対側だ。
マンションを見上げて、本当にここにと思ってしまう。知らなければ、絶対に通り過ぎてしまいそうだ。
入り口で深呼吸をしてエレベーターへと向かう。五一〇号室だったか。マンション内にあるとわかっていても、なんだか変な感覚になる。扉を開けたら、「よく来た。早う、入れ」なんて神様が出迎えてくるんじゃないかと想像すると、笑えてきた。すぐに想像を消し去り、真面目な顔つきになる。失礼なこと考えるんじゃない。今から会うのは、古の神様だ。おそらく、厳しい存在だ。ここは、姿勢を正していかなくてはいけない。
五階でエレベーターを降りて、目的の場所へと向かう。可愛らしい龍のイラストとともに『金吾龍神社 東京分祠』と記された絵馬の形をしたものが置かれていた。本当にあるんだ。当たり前だ。ここまで来て、なかったら困る。もちろん、扉を開けたら神様が出てきたりはしない。出迎えてくれたのは巫女さんだ。入ってすぐに、なんとも清々しい気分になった。
龍の置物に目を向けつつ、巫女さんの説明を聞いた。そのあと、本殿へと案内されて、不思議とあたたかなものを感じた。
ここには、間違いなく神様がいる。室内なのに、心地よい風が吹いた気がした。
神社としては小さいが、家にある神棚としては大きい。
ご挨拶をしなくてはと、思ったところで参拝の作法という貼り紙に目が留まる。
『三礼、三拍手、一礼』とあった。
古の神々に対しては参拝方法が違うのか。俺は、作法通りにして、自分の境遇を心の中で簡単に話して本来の人生へ戻れるよう願った。
そうだ、アラハバキ神に話さなくてはいけないと、後ろを振り返ると、そこにアラハバキ神社があった。
社の前に立つと、急に眩暈を感じて眉間を押さえて瞼を下ろす。次の瞬間、波音とともに風を感じた。えっと思い、あけた目が捉えたものは大海原と空に浮かぶ龍だった。
ここは、フゴッペ岬か。
行ったことはないがホームページで見た景色に似ていた。それにしても、あの龍の存在感は半端じゃない。古の龍神なのだから当然なのだろう。黒色のようで黄金色のようにも思える不思議な色合いの龍に、圧倒される。
人とはなんとちっぽけな存在なのだろう。そんな気持ちにさせる。
「ふん、我とこうして会えることに感謝するのだぞ」
アラハバキ神のその言葉で、なぜか涙が溢れ出す。不思議な優しさが感じられる。これが神様の慈しむ心なのだろうか。
「どうした。人の子よ」
人の子か。アラハバキ神にとっては、俺は子供同然なのだろう。本当に、俺みたいな者がお願いをしてもいいのだろうかと思ってしまう。
「あの、実は」
言葉が詰まってしまう。
「緊張せずともよい。我は、人の子たちの信仰心に助けられておるのだぞ。心根の優しい声に、我の力も増すのだ。ときに、厳しくすることもあるが基本、人の子のことは好きだ。安心せい」
「は、はい」
生唾を呑み込み、大きく息を吸い、吐き出すと気持ちを落ち着けた。そうだ、まずは三つの珠だ。
鞄から珠を取り出して、顔を下に向けて前に掲げて差し出す。
「あの、猫地蔵から言われた通りに持ってきたのですが、俺には。あっ、いや。私にはこの珠をどうすればいいのかよくわかっていません」
「うむ、我がわかっておる。大丈夫だ」
なんだろう。少ししか話していないのに、妙に疲れる。アラハバキ神の力が強大過ぎるのだろうか。俺の身体では耐えきれないってことか。きっとそうだ。対面しているだけで、体力を消耗してしまうとは、本当に凄い。息が荒くなっていく。まずい。あまり長居をしてはいけないのではないか。それでも、心地よい気もする。
「あの、その」
「すまぬ。もうしばしの辛抱だ。我といることで、人の子にも力が宿る。今は、耐えるのだ。その先に未来はある。それと、今ある状況をすべて理解した。本来なら我が直接手を貸すことはない。だが、今回は背後に龍が関わっておるようだ。龍のことは、我がなんとかしよう。あとは、人の子と狐神、猫地蔵に任せるぞ。それでよいな」
「は、はい」
それしか返答できなかった。
気づけば、三つの珠は手から消えていた。
「うむ、では、我の鱗を授けよう。行くのだ、再び過去へ。そして、過去の我のもとへ行き、鱗を渡すのだ。いいな」
「は、はい」
俺は、やっとの思いで返事をするとその場で気絶してしまった。
目を覚ましたとき、自室のベッドで寝ていた。どうやって帰ってきたのかまったく記憶がない。金吾龍神社に行ったことが夢であったのではと思ってしまうくらいだった。けど、夢ではない証拠を抱え込んでいた。大きな鱗がきらりと光る。
慌てて飛び起きて、まじまじと鱗を眺める。本物なのか、これ。見ているだけで、力を感じる。流石、龍の鱗だ。
そういえば、ここは。
俺の家なのは間違いようもない。問題は、いつかだ。
過去なのだろうか。それとも、これから過去へ行かなくてはいけないのだろうか。過去じゃないとしたら、どうやってタイムトリップすればいいのだろう。
あのアパートはない。稲山様もみのりもいない。猫地蔵もいない。
このアラハバキ神の鱗で戻れるのだろうか。
俺はテレビ横に置かれたカレンダーに目を向けて、小さく息を吐いた。
二〇二一年とあった。
アラハバキ神は、『再び過去へ』と話した。何が何でも過去へ行く方法を考えなくてはいけないってことだろう。どうする。下を向き考え込んでいたら、突如、稲光がして爆音が耳を貫いた。
雷か。今の感じだと近くに落ちたんじゃないのか。
外の様子を窺おうと窓へ目を向けて、動きを止めた。
「なんだ、その目は。そう驚くことではあるまい。まあいい、急ぐぞ。俺様について来い」
「おい、待て。おいらと、こいつらもいるんだぞ。勝手に行くなよ」
「ふん、わかっておる」
カラスにイタチ。それに、三人の幽霊。
いったい、こいつらは何者だ。
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