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ふたたび、過去へ
しおりを挟むカラスにイタチ。それに、幽霊をまじまじとみつめる。
いったい、どういう組み合わせだ。子供の幽霊と目が合い、すぐに逸らして背後の男女の
幽霊に目を向けた。家族だろうか。
首を傾げて、黙考する。
「ああ、それにしてもあの珠は狭苦しかったな」
何、珠って言ったか。あの中にいたのかと、再びカラスたちを見回した。そういえば、あの家族、祠で見た人たちか。影が作り出した翼はこのカラスが入っていて、ビリビリした珠にイタチがいたってことか。
魔主退治に何か関係があるのだろうか。
「おい、まだ気づかないのか。俺様をよく見ろ。ただのカラスではない」
他に誰もいないから、俺に言っているんだよな。足を突き上げて憤慨している。
「おいらも見ろ。イタチじゃないからな」
なんだっていうんだ。
あっ、カラスの足が三本ある。八咫烏か。神様の使いなのか。ということは、イタチも神様の使いなのか。よくわからないけど。
んっ、よく見れば、イタチの後ろ足が四本あるじゃないか。やっぱり、神様の使いってことか。
「おい、わからないのか」
カラスが地団駄を踏んでいる。こいつ、気が短い奴だな。神様の使いとして、それってどうなのだろう。
「八咫烏なんだろう。神話にも出てくる。道先案内人的な」
「うむ、わかっておるではないか」
カラスは頷き、落ちつきを取り戻している。
「おいらのことも、わかったんだろう。ほら、言ってみろ」
「ごめん、わからない」
「な、なに。そ、そうか。まあ、仕方がないか」
イタチは項垂れてなにやらぶつぶつ言っている。
「落ち込むな。今からおまえの力を発揮してもらわなきゃいけないんだからな。ビリビリッと頼むぞ。雷獣よ」
「わかっているよ、ヤタさんよ」
雷獣?
それって、妖怪か。
あっ、さっきの落雷ってもしかして、こいつの仕業か。
「なあ、もしかして雷を落とせるのか」
「ああ、そうだな。でもよ、落とせるというか、おいらが地上に降りると落雷になっちまうってだけだ」
なるほど。
「それで、そっちの三人は」
「わたくしは、小栗家の者です。隣が妻で、こいつが息子です。なんでも我が家で祀っていた狐神が悪さをしているとかで呼ばれたのだが、どうすればよいのでしょう」
小栗家か。
俺は、猫地蔵に見せてもらった過去のことを思い出した。
やっぱり、ここにいる面々は、魔主討伐と関係はありそうだ。
「おい、そろそろ行くぞ」
カラスがまたしても急かす。いったい、どこへ行こうというのだろう。そう思っているうちに、壁に穴が開かれていた。向こう側は真っ暗闇だ。どこと繋がっているのか。あっ、みんな行ってしまった。躊躇している場合ではなさそうだ。
俺は、意を決して穴に飛び込んだ。
その瞬間、胸の奥が疼いて息苦しくなった。
***
ここは、謎部屋があったアパート。
この間は、空き地だったはず。もしかして、もう過去に戻ったのか。
俺は目を擦り、もう一度見遣る。
あれ、アパートがない。空き地だ。幻覚でも見たのだろうか。違う。アパートが薄っすらとだが見える。そうかと思うと、はっきりと像を結ぶ。これは、不思議だ。
「ここは、磁場が強い。魔主も完全に消しきれないくらい、不安定な地なのだ。四次元世界の扉が開きやすい場所とも言える。そこに過電流が起きればタイムトリップだ」
カラスが胸を張って、演説さながらで説明していた。
「おいらの出番だな」
「うむ」
「あの、わたくしたちは」
カラスに睨まれて小栗家の人たちは目を伏せる。
「ちょっと、そこまで睨まなくても」
そう口にしたとたん、鋭い視線がこっちに向けられて口を閉ざした。問答無用と言わんばかりの視線には、心臓を鷲掴みされた気分になる。
「いいか。これは戦いだ。いや、違うな。それが間違いのもとだったのだ。救いの旅にしなくてはいけない。猫地蔵の考えだが、それはおそらく正解なのだろう。俺様が、四次元世界に取り残されないようしっかりと連れて行ってやる。行くぞ。雷獣、そこの土地の中央へ飛び込め」
「はいよ」
雷獣が雷の如く光を帯びて飛び込んだ。そのとたん、ぼんやりと見えていたアパートの像が結ばれた。
「急げ。二階角部屋だ」
カラスはひとっ飛び。小栗家の面々も一瞬で二階に。
俺だけ取り残されて、慌てて駆け出す。階段を駆け上がり、部屋の前に着いたときには扉は開け放たれていてみんな中にいた。
「遅い。さっさと来い」
まったく厳しいカラスだ。
神様よりも眷属のほうが厳しいってどこかで聞いたことがある。どこでだったろう。まあいいか。これ以上、怒鳴られたくはない。
部屋に入ろうと靴を脱ごうとして、「阿呆、そのまま来い」とまた言葉の刃に切りさかれてしまった。俺の心はズタズタだ。
「ほら、扉は閉めろ」
「は、はい」
ああ、もう。なんで俺だけそんなに言われなきゃいけない。
扉を閉めて、土足で部屋に上がり込む。
うおっ。眩しい。
トリップはすでにはじまっていた。
収納の扉が開き、光の矢が目を射貫く。そうかと思ったら、部屋に渦巻く風の攻撃。足を取られて尻餅をつく。またしても、収納のほうへと引っ張られていく。わかっていても、身体が強張り、変な汗をかく。
突然の暗転。強い光を見たせいで、三原色がチラチラする。
あのときと、同じだ。これで、また二十年前に戻るのか。母の生きている時代に。そこには、きっと稲山様もみのりも猫地蔵もいる。魔主に封印される前の時間に戻ることができる。やり直しだ。今度こそ、もとの未来を取り戻す。
以前の俺とは違う。こっちには、古代の神、アラハバキ神もついている。それに、八咫烏、雷獣、小栗家の人たちもいる。正直、小栗家の人たちの役目がわからないが、猫地蔵と再会すればわかるだろう。
宇宙空間のような浮遊感のある暗い中をユラユラと進んでいく。
色鮮やかな光のカーテンの中を通り抜け、恐竜の咆哮を耳にして、母の待つあの場所へと迷うことなく一直線に突き進む。八咫烏のおかげだろう。前回、うまく母の生きた時代に辿り着けたのは、運がよかっただけなのかもしれない。
「よし、あそこだ。ほら、行け。人の子よ」
えっ。カラスの三本足に背中を蹴飛ばされてひとつの扉へと吸い込まれていく。
突然の眩い光に包まれて、目を眇めた。同時に、腰の痛みに顔を歪める。
気づくと、真新しいアパートの部屋に大の字になっていた。
なんで、こうなる。
確か、前回も腰を打った。天井に空いた穴をみつめて、腰を擦る。他に到着の仕方はないのだろうか。
「あの」
突然、半透明の三人に覗き込まれて「うわっ」と叫び、飛び起きて部屋の隅へと後退りする。んっ、なんだ、小栗家の人たちか。胸の奥で暴れる心臓をどうにか落ち着かせようと深呼吸をする。
「すみません」
「あ、いや。こっちこそ、すまない」
小栗家の人たちの腰の低さに、申し訳なくなる。
もう一度、深呼吸をして部屋に八咫烏と雷獣がいないことに気がついた。どこへいったのだろう。あたりを見回していたら小栗家の主が「八咫烏様と雷獣様は、役目は終えたと帰りましたよ」と教えてくれた。
そうか、帰ったのか。
「あの」
「んっ、どうかした?」
「いや、その。本当にもとの未来を取り戻してよいのですか」
「もちろん、いいに決まっている」
「ですが、そうなると。いや、なんでもありません。わたくしが口を出すことではありませんね」
「なんだって言うんだ。言いたいことがあるなら、はっきりと」
「あのですね。実は」
小栗家の当主が話そうとしたとき、天井から雷のような凄まじい音が鳴り響き見上げる。
「これ、小栗」
カラスの目が真っ赤になり小栗家の当主を睨みつけていた。当主は頭を下げ、後ろへ下がってしまった。
「なぜ、睨む。それに、なんで戻ってきたんだ」
「うるさい、阿呆。忘れ物だ。ほれ、受け取れ」
言葉と同時に放り投げられた龍の鱗が落ちてきて頭にぶち当たる。
カラスの奴、渡し方ってものを考えてくれ。俺は、頭を擦り、もう一度天井を見上げる。もう、いないか。その代わり、玄関扉が大きな音を立てて開かれた。
「ゆづっち、みのりが来たよ」
威勢のいい声音とともに抱きつかれて、目を見開き、またしても胸の奥で暴れ太鼓が激しく高鳴った。
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