12 / 53
第二話「読心術奇譚書」
邪魔をする黒猫
しおりを挟むどれくらい歩いただろうか。一時間、二時間、いやそれ以上かもしれない。けど、実際には三十分も歩いていなかった。
同じ景色ばかりで面白味もないせいでそう感じたのかもしれない。
「いた。あそこ」
アキの言葉に皆同じ方向を見遣る。確かに、人影がある。
「ふむ、心の声も届いておるぞ。雅哉の帰りたいとの声が届いておる。それに、沙紀殿を呼んでおる」
雅哉が呼んでいると知った沙紀は突然駆け出した。
だが、すぐに転んでしまった。気づけばあたりは砂地に変わっていて足を取られやすくなっている。
「沙紀さん、慌てずに行きましょう。弟さんは大丈夫。意識を取り戻してくれますよ」
「ありがとう。そうよね、大丈夫よね」
彰俊は自然と手を繋ぎ、雅哉のもとへと歩み行く。
「なかなかやるな、阿呆」
ずっと押し黙っていたトキヒズミが彰俊に聞こえるくらいの小声で囁いてきた。大人しくしているかと思ったのに、口を開けば阿呆扱いか。まったく。
「んっ、ちょっと待たれ」
ドクシンが突如声を張り上げた刹那、大きな黒猫が砂地から砂を撒き散らして飛び出してきた。砂に混じった小石が身体にあたり痛みを生じる。あの猫はなんだ。
宙高く舞い上がった黒猫はギラリと光る翡翠色の瞳で睨み付け、鋭い爪を振り上げてくる。なぜ怒っている。
「危ない」
アキが黒猫の攻撃を避けたところに自分がいたため弾き飛ばされてしまった。彰俊は手を繋いでいた沙紀とともに倒れてしまい抱き合う格好になってしまった。
「あっ、ご、ごめん」
嬉しくもあるが気まずさが勝ってしまう。だが、そんな場合ではなかった。すぐに黒猫の攻撃が襲い掛かってくる。
「猫よ、お主の寂しさよくわかるぞ。だが、道連れにすることはいかがなものかと思うがな。落ち着きなされ」
黒猫は振り上げた手を下げるとドクシンを睨み付けて咆哮する。まるで虎だ。いや、豹だろうか。
「彰俊殿、そんなこと考えている場合ではないですぞ」
「あっ、ごめん」
ドクシンは咳払いをひとつして沙紀へと向き直る。
「沙紀様、すまぬがあの猫に話しかけてはくれまいか」
沙紀は頷き、笑みを浮かべつつ黒猫と対峙する。黒猫はまだ興奮しているのか、唸り声をあげ翡翠色の瞳をぎらつかせている。それでも攻撃を加えるつもりはないようだ。
その間、彰俊はドクシンの言葉に耳を傾けた。
「見える、聞こえる。そうであったか」
「あの黒猫の心が見えたのか」
頷くドクシンは、目を閉じ語り出す。
「あの黒猫は、ずっと一人ぼっちであったようだ。腹も空かせてフラフラと町中を歩き回り、車道に踏み込んでしまったのだな。そこに車が。万事休すと身を縮めたそのとき、温もりある胸に一時だが抱かれて、再び車道に投げ出されて転げ落ちてしまったようだ。その後のことは言うまでもなかろう。悲惨な事故現場だ」
彰俊は黒猫に目を向けて、続きに耳を傾ける。
「黒猫は結局死の運命から逃れることは叶わなかったわけだ。人の温もりを一瞬でも感じ取り、もう一度温かさが欲しくなってしまったのだな。雅哉は生と死の狭間を彷徨っておる。その雅哉と一緒にいたかったのであろう。一人ぼっちの寂しさは味わいたくはない。一緒に死の門を潜って欲しいと願っておる。なのに、邪魔する者が現れてしまった。再び一人ぼっちになどなるものかと必死なのだ。可哀相な奴だ」
沙紀もドクシンの言葉に耳を傾けていたようだ。
頬を涙で濡らしている。黒猫は涙を流す目の前の沙紀を不思議そうにしてみつめている。先程までの翡翠色の瞳でなくなり唸り声も消えていた。
「ごめんね。黒猫さん。一人ぼっちは寂しいよね。けどね、私も弟の雅哉を連れて行かれたら寂しいの。わかってくれるかな。弟はまだ生き返れるはずなの。だから、お願い。連れて行かないで」
気づくと黒猫は沙紀の足元に顔を擦りつけていた。
「わかってくれたのね」
沙紀は黒猫の頭を撫でようとしゃがみ込もうとしたところ、「ダメだーーーーーー」と彰俊は叫ぶ。
黒猫の身体から再び殺気が膨れ上がった。
「キャーーー」
沙紀の悲鳴が鼓膜を震わせた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―
島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる